135 姉大戦とこれから テラリア編
マーレとテラリアの邂逅から数分後。
急遽整えられた闘技場は緊張に包まれていた。
向かい合うマーレとテラリア。
マーレの手には木の弓が握られており、テラリアは素手で相対している。
それを観戦するトモヤ、ルナリア、シア、メルリィの四人。
この状況にトモヤは疑問を抱かずにはいられなかった。
「なんでマーレとテラリアが戦う流れになってるんだ? 姉対決ってもっと、世話力とか包容力とか、そういう部分を競うものだと思ってたんだけど」
「甘いわねトモヤ、姉力とは物理よ」
「トモヤくん、安心してください。全てが片付いた後、ちゃんと甘えさせてあげますからね」
キリっとした表情のマーレと、優しい笑みを浮かべるテラリア。
両者ともに目の奥には熱い炎が宿されており、勝負に対して真剣であることが分かる。
なぜこんなことになったんだろうと未だに理解しきれないが、流れに身を任せるようにしてトモヤは戦いの開始を宣言する。
「それでは、始め!」
先に動いたのはマーレだった。
彼女は腰に下げている筒から数本の矢を取り出すと、矢継ぎ早に放っていく。
一本一本が空を穿ち、大地を割るかのごとき鋭くも重い攻撃。
しかし、対するテラリアに恐れはなかった。
表情を変えないまま、テラリアはステップするようにして矢を躱していく。
「この程度の速度でかつ、直線的な攻撃は私に通用しませんよ」
「くっ、やるわね。ならこれはどう!?」
再びマーレから放たれる十数本の矢。
しかし今度は先程と違い、直線的な軌道ではなく曲がるようにテラリアに襲い掛かる。
風魔法を使用しているのか、射出時になんらかの工夫をしているのかは分からないが、縦横無尽に迫ってくる攻撃を防ぐのは難しいはず。
そう思ったトモヤだったが――
「甘いですよ、いつまでも私が守りに専念するとでもお思いになられましたか?」
「――――!?」
いつの間にか、テラリアは先ほどまでいた場から直進し、マーレのすぐ手前まで辿り着いていた。
マーレが驚きのあまり目を見開く。
「何をしたの!?」
「――スキル、無去。一時的に相手の認識から自分の存在を消すスキルです。私のミューテーションスキル、スキル創造でたった今生み出しました」
「なんですって――と、でも言うと思ったの?」
「ッ!?」
ミューテーションスキルを保有しているという、通常ならそれを聞いただけで降参したくなるような言葉を聞いたマーレだったが、何故かそのタイミングで不敵に笑う。
「私の攻撃はまだ終わっていないわよ?」
「な――――!」
次の瞬間、テラリアの背後に通り過ぎていったはずの複数の矢が、それぞれに衝突する。
すると矢はまるで狙ったかのように、テラリアの背中に目掛けて跳ね返っていく。
「これは……お姉ちゃんの必殺技」
シアは覚えがあるのか、感心したようにそう呟いた。
あの神がかり的な矢弾きを、マーレは意図的に行ったらしい。
とんでもない実力だ。ルーラースライムを倒したという話にも頷ける。
だが、これで決着がついた訳ではなかった。
「まだです、防壁!」
「これも防ぐの!?」
テラリアは素早く防御態勢を整え、自身に迫る矢を全て弾き飛ばす。
今回ばかりは自信があったらしいマーレは、演技ではなく唇を噛み締める。
「けれど、それでこそ倒しがいがあるわ! まだまだいくわよ!」
「ええ、望むところです」
決着はつかず、楽しそうに戦いを続ける二人。
――集中力が切れたトモヤは、ここでいったん休憩に入ることにした。
トモヤはあぐらの上に座るルナリアの頭をポンポンと叩いた。
「ふえっ? どうしたの、トモヤ?」
「いや、二人は盛り上がっているみたいだからこっちはこっちで楽しもうかなって思って。ルナ、何かしたいことはあるか?」
「ううん! こうやってトモヤやおねえちゃんといっしょにいられるだけで幸せだよっ!」
「る、ルナ……!」
深い青色の目を細め、嬉しそうに満面の笑みを浮かべるルナリアを見て、トモヤの胸に温かい気持ちが溢れていく。
その光景を隣で見ていたシアが、不満そうにぷくぅと頬を膨らませた。
「トモヤ、今ルナにやったのと同じことを私にもするべき」
「シア?」
それ以上言葉を紡ぐことなく、ずずいっと頭を突き出してくるシア。
多少悩みはしたが、特に断る理由も見当たらなかったため、要望に応じてシアの頭を撫でる。
セルリアンブルーの髪はとても柔らかく艶やかで、撫でている側のトモヤも気持ちいいと感じるほどだった。
とはいえ、その喜びはシアの感じたものには到底敵わなかったようで。
シアは小さく肩を震わせながら、ふふふと声に出して笑いだした。
「ふふふ、最高。私はこれを待っていた。これはもう、私とトモヤが結婚したと言っても、過言ではないのでは?」
「何をいってるんだお前は」
さすがは突飛な発想をすることで有名なシアだった。
頭を撫でたという事実が、上級行為として受け入れられてしまっている。
訂正しようとしても長い耳がこちらに向いている気配がなかったので、トモヤは諦めた。
「相変わらず、お義兄さまとお姉さまは仲がよろしいですね」
「メルリィもか。いや、仲がいいことは否定しないけど。メルリィにお義兄さまと呼ばれるような関係じゃないぞ」
「またまた、お義兄さまはご冗談も上手なのですね!」
「話が通じない……だと?」
もう信じられるのはルナリアだけだと思い、再び彼女の頭を撫でようとする。
が、それより早くトモヤの支配権を握る存在が現れる。
「さあ、トモヤくん。存分に甘やかしてあげますね」
「テラリア? ってうおっ!」
いつの間にか背後にいたテラリアが、トモヤの肩を掴みその場で横にする。
だが、トモヤの頭は地面ではなくテラリアの太ももに乗せられることになった――膝枕だ。
そこから見える光景の中には、地に転がっているマーレの姿があった。
どうやら姉大戦とやらはテラリアが勝利したらしい。
さすがにマーレとはいえ、ミューテーションスキル持ちには敵わなかったのだろう。
シアとメルリィはマーレのもとに駆け寄り、落ち込んでいる彼女を慰めていた。
しかし、解せぬ。
なぜその結果、トモヤが膝枕をされるような事態になるのだろうか?
その疑問を伝えるべきか悩んだトモヤだったが――
「ふ~ふん、ふん、ふ~ん」
楽しそうに、そして幸せそうに鼻歌を歌うテラリアの表情を見てしまえば、それを言う気にはなれなかった。
寝心地がいいことにも変わりはなかったため、トモヤはゆっくりと目を閉じた。
「おねえちゃん、つぎは私だからね!」
「ええ、もちろんです。貴女が望むなら、その全てに応えてみせます」
ルナリアが楽しそうにテラリアに抱きつきながらおねだりする声と、幸せそうに返事をする優しい声が聞こえる。
それはトモヤの心を落ち着かせるには十分で、気が付けばそのまま眠ってしまうのだった。
何気ない日常。
かけがえのない幸福とはきっと、こういうものなんだと思った。
◇◆◇
そして、それからさらに数日が過ぎた。
既に皆とは別れを済ませ、ここにはトモヤ、ルナリア、リーネ、シアの四人だけが残っている。
中央大陸に入ってから。
楽しくて、悲しくて、嬉しくて、苦しくて、それでもやっぱり幸せで。
様々な思いを実感した日々だった。
新たな意思を胸に抱き、トモヤたちは進む。
「じゃあ、行くか」
「おー!」「ああ」「うん」
目指すは南大陸。
トモヤたち四人は、こうして新たな一歩を踏み出した。




