126 皆で過ごす時間
ヘリオスが気絶して間もなく、防壁の制限時間が過ぎテラリアは解放される。
その瞬間、ルナリアは全力で彼女の胸に飛び込んだ。
「おねえちゃん!」
「はい、ルナ。私は、貴女のお姉ちゃんです」
テラリアはルナリアの小さく華奢な体を壊してしまわないように、それでいて力強く抱きしめる。
幾年もの努力の末、辿り着いた光景を前に、思わずトモヤの頬も緩む。
「無事、解決といったところだな」
「うん、みんな平気」
こちらに合流していたリーネとシアも、満足そうにそう呟く。
彼女たちがいてくれなければこの光景は生まれなかった。トモヤは改めて二人に向き合うと頭を下げた。
「リーネ、シア、本当にありがとう」
「よしてくれ。私と君の仲だろう。初めについてくるなと言われた時はどういう意図かと疑ったが、ヘリオスの隙を生み出すためだったとはな。少しでも力になれたなら、私も報われるよ」
「私も。皆の力になれたのならよかった」
彼女たちにはヘリオスの意識外からミューテーションスキルを使用してもらうため、あえて魔王城から離れた場所に待機してもらっていたのだ。
二人はトモヤの想像を超える働きをしてくれた。既に感謝は伝えたが、それだけでは収まらない気持ちが心の中にある。
けれどいつまでも、安堵している場合ではない。
今すぐにでも解決しなければならない問題がある。
目の前で気絶するヘリオスの取り扱いだ。
……実を言うと、もう決めてある。
あまり気が進まない方法だが仕方ない。
「テラリア」
呼びかけると、彼女は顔を上げトモヤを見た。
意思が伝わったのか、一度ルナリアの頭を優しく撫でた後、トモヤのそばにやってくる。
「いかがなさいましたか」
「力を貸してほしい」
トモヤの考えを伝えると、テラリアは迷うことなく頷く。
「それが私の使命なら、当然お受けいたします」
「ありがとう」
テラリアは一礼した後、その場で直立し目を瞑る。
両手を胸の前に出し、手のひらを空に向ける。
「スキル創造、発動」
唱えた瞬間、手のひらに灰色の光が集う。
それはやがて球体へと形を変える。
サッカーボール程の大きさから、凝縮されビー玉ほどのサイズになった。
それをテラリアはトモヤに差し出す。
「これが貴方の望むスキル、隷属魔法です。正しく使用するためにはある程度修練が必要ですが……」
「いや、望むとおりに造ってくれたのなら、多分大丈夫だ」
球体を受け取ると、徐々に灰色の魔力がトモヤの体に浸み込んでいく。
使用するために必要な要素は把握できた。記憶参照に比べたら遥かに容易だ。
トモヤは未だ気絶するヘリオスに向けて、そのスキルを使用する。
「隷属魔法、森羅理覆、発動」
隷属魔法は体ではなく、心に直接働きかけるスキル。
成立を阻むべく無意識下でヘリオスの魔力が抗ってくるが、全て森羅理覆が消滅させる。
やがて、隷属魔法は完了する。
それは言ってしまうなら、相手の了承を必要としない一方的な契約魔法。
トモヤの定めた自己防衛の範疇を超えた虐殺行為を禁ずる制約を施す。
制約に抗おうとすれば、数々の絶望の記憶が彼に襲い掛かる。それに耐えて魔法を発動しようにも、森羅理覆が発動し、それらの魔法を全て消滅させる。
実質、ヘリオスは自身の力を失うことになる。
これが彼を殺すことのできないトモヤが思いついた、魔王を無力化する方法だ。
自分の体に起きた異変に反応したのか、ヘリオスは目を覚ます。
そして数秒だけ間抜けな顔をした後、忌々しいものを見るような視線をトモヤに向ける。
「貴様、これは……!」
「理解したみたいだな。これでもう、お前が力を好き勝手振舞うことはできない」
現実を突きつけられた後、ヘリオスは認められずに暴れるのではないかとトモヤは考えていた。
けれど意外なことにヘリオスは暫し目を強く瞑った後、諦めたかのように深く息を吐いた。
「……貴様は甘いのではないか? なぜ我を殺さぬ? 制約の中に自害を組み込めばよかったであろう」
「森羅理覆では自身を守るために発動した魔法を消滅させることはできない。お前なら簡単にその制約を破れるはずだ。限度を見極めた結果、今の制約を施した」
「なるほど……つまらぬ結果だな。しかし、我が敗北したのは事実だ。たったあれだけの悪意に耐えられぬほど虚弱な精神になっていたとはな……本当に、つまらぬ結果だ」
そう呟くヘリオスの眼は、ここではないどこかに向けられていた。
いつの日か誰かのもとに置いてきてしまった感情に想いを馳せているのだろう。
しかし、それに構ってやるほど、トモヤはヘリオスを許してはいない。
戦闘に勝利した今、問わなければならないことがあった。
ちらりと視線を背後に向け、他の皆が離れた場所にいることを確認した後、トモヤは訊く。
「ヘリオス、お前に一つ訊きたいことがある。ここではない世界に渡るための方法を知っているか?」
これはどうしても訊いておかなければならないことだった。
トモヤたちがこの世界に呼び出され魔王を倒すことを命じられた一番の理由は世界に平和をもたらすことだが、それと同じくらい元の世界に帰還するための方法を知ることも大切だったのだ。
「そうか。やはり貴様も、あやつらと同じ場所から来たのか……」
あやつらとは、ユウたちのことだろう。
ヘリオスは鋭い眼光をトモヤに向ける。
「その答えとしては、無論知っている」
「――っ、本当か?」
「ああ。しかし、それを今実行に移すことはできん」
「……どういう意味だ?」
不可解な言葉に問いかけると、ヘリオスはポツポツと話しはじめる。
もともと異世界召喚は地球からこちらの世界へしか行われない。一方通行なのだ。
アルフィスから地球に行く方法はただ一つ。アルフィスに召喚されたものが帰還する場合のみ、特殊な魔法によりその扉は開かれる。
ヘリオスは知識としてその魔法の理を知っている。対象さえいればすぐにでも発動できる状態だった。
が、数年前、世界の理がわずかに変化した。他の魔法には一切影響はないが、異世界人が帰還する魔法だけ発動できない状態になったのだ。
発動できるのであれば、ユウたちを実験台に試していたとも告げていた。
「……数年前」
ピリッと、側頭部に不思議な感覚が生じる。
だがすぐにそんなものは意識から消えていく。
重要なのは、現時点で元の世界に帰還するための方法がないということだけだ。
原因を調べる必要があるだろう。
何はともあれ、必要な情報は手に入れた。
ここからは未来の話をしなければならない。
ヘリオスを生かしておく以上、その責任はトモヤが取らなければならない。
もしもの事態を起こさないためにはどうすればいいかリーネたちにも相談するために、ヘリオスのみを残し場所を代える。
話し合いが始まると、真っ先にテラリアが手を挙げた。
「私が魔王様と共に、この場に残りましょう」
「なっ」
「おねえちゃん……?」
トモヤたちは衝撃を受け、ルナリアは寂しそうにテラリアに抱きつく。
テラリアはそんなルナリアを見て微かに瞳を揺らしながら、それでも力強く告げる。
「ルナのためとはいえ、私がこれまで魔王様……いいえ、お父様に協力してきたのは事実です。その罪を贖う必要がございます」
「罪を贖う?」
「ええ。貴方のおかげでお父様は他者に悪逆非道な行いをすることはできなくなりました。しかし彼の配下である魔王軍の者達は違います。まずは彼らの行為を止め、その後人々のためにできることを探します。そのためならば、お父さまもその力を存分に振るえるでしょうから」
「けど、それだと……」
テラリアにかかる負担が大きすぎるんじゃないか?
そう尋ねようとすると、テラリアは優しい笑みを浮かべることでそれを遮った。
「大丈夫です。もう不安はないのです。ルナが幸せに暮らしてくれることが私の何よりの望みですから。それに安心してください、これで今生の別れとなる訳ではありませんから……姉として、トモヤくんのためならいついかなる時でも駆け付けますからね」
「テラリア……ん? 姉? トモヤくん?」
不思議な単語がいくつか聞こえた気がする。
それを問うと、テラリアは堂々と胸を張って告げる。
「ええ、私も理解できました。トモヤくんはルナと心が結ばれた存在、やがてその関係も進展していくはずです。つまり、私の弟になるということですね」
「ちょっと何を言っているのか分からない」
「妹はまだ幼いので……色々と発散したいときなどはぜひ私を頼ってくださいね」
「本当に何を言っているのか分からない!?」
先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこにやら、一気に場が混沌と化してきた。
「……どういうことだ、トモヤ? まさか私たちがいない間に彼女と何かあったのか?」
「私の方がトモヤと出会ったのは早いはず。発散させるのは私の方が先……!」
「リーネ!? シア!?」
「ふえっ? どういうこと」
なぜか怒りの感情を向けてくるリーネとシアの対応に追われている中、きょとんと首を傾げるルナリアを見てやっぱり天使だなと実感する。
そして、そんな光景を見て心からの笑みを浮かべるテラリアを見て理解した。ああ、きっと彼女はこれまで感情を抑えてきた分、楽しくてはしゃいでしまっているだけなんだと。
だというのなら、トモヤは怒る気にはならない。
だってテラリアの言葉は冗談のはずだから。
冗談の、はず……
(冗談だよな……?)
ひとまずそうだと思い込むことにしておく。
「ねぇ、トモヤ!」
「っと」
先ほどまでテラリアのそばにいたルナリアが、ぎゅっとトモヤに抱きついてくる。
彼女は深い海のような碧眼をきらきらと輝かせ、満面の笑みでトモヤを見上げる。
「やっぱり、みんなといっしょだと楽しいね!」
「――――」
トモヤが望み、ルナリアが応えてくれた願いの在り方を思い出す。
きっとルナリアは、こんな未来を過ごしたかったのだろう。
その力になれたのならこれ以上嬉しいことはない。
「そうだな、ルナ。俺も皆と過ごすこの時間が大好きだよ」
「――うん! わたしも、だいすき!」
二人の会話が聞こえていたのか、リーネたちも自然と笑いはじめる。
他には変えられない幸せな時間が、そこにはあった。
第四章は後4話です。
これからほんわかシーン書いていきたいです。




