125 心
まず初めに動いたのはトモヤだった。
広間を規則性なく縦横無尽に駆けながら、魔力を溜め攻撃の機会を窺う。
先刻の戦いでトモヤのスキル発動を防がれたのは、ヘリオスに先読みされ、未然に対応されたからだ。
そうできないように戦闘スタイルを変え、相手の隙を探す。
ヘリオスの死角に入ったタイミングで、スキルを発動する。
空間魔法、魂魄魔法、流転魔法。一見しただけでは効果が分かり辛い魔法の数々だ。
空を裂き、魂に働きかけ、夢現をひっくり返す。
通常ならばそのような結果を生み出すはずの多彩な攻撃は、しかし――
「まだ分からぬか? そのような力、我の前には塵芥と同じことよ!」
それらもやはりヘリオスに届く前に魔力干渉を受け霧散していく。
魔法構造を乱し、無効化したのだ。
ヘリオスはただ圧倒的な魔力によって発動を防いでいるのではなく、魔法構造を理解した上で技術的に妨害してきているのだ。
欲しかった情報が一つ集まった。
「対する貴様はどうだ!? これを防げるか!」
攻撃権はヘリオスに映る。
ヘリオスは鎧がぶつかる音を鳴らしながら右手を天に掲げる。
それに合わせるように天井が消え、夜の闇の中に七色の魔力が集う。
虹色に輝き、円転するその様は、まさに蒼穹の日輪が世界を覆い照らすかのようであった。
くる。最大火力の攻撃が。
世界を破壊する絶望の力。
「疑真魔技、最終奥義――」
その力の名を、ヘリオスは高らかに唱える。
「光天覆地!」
放たれた虹色の光。
迸る魔力の奔流がトモヤに迫る。
この力はもはや常識では計り知れない。
“鍛えぬかれた眼力”により構造と効果を把握する。
この魔法は幾万のプロセスの上に成り立つ、地上における最高の技術。
“自身のステータス以下の存在によって生み出されたもの全て”を消滅させるだけの特性を有している。
例えこの攻撃を浴びてもトモヤが死ぬことはない。
けれど防壁で守られるテラリアやルナリアを巻き込んで、世界そのものを崩壊させるには十分だ。
逃げられない。立ち向かうしかない。
けれどありとあらゆる魔法はヘリオスの手によって防がれ、発動しようにもあの力の前には消し去られてしまう。
もはやどうしようもない。
“トモヤだけの力”では――
けれど、トモヤは知っている。
自身の持つステータスやスキルでは辿り着けないはずの領域に至った者たちのことを。
終焉の剣が教えてくれた、限界のその先を。
奇跡を起こした者たちの記憶を――
トモヤが覚悟を決めてから魔王城に到着するまでに、彼らの記憶を参照し、自らの体に宿した。
絶望の前で抗ってみせた者たちの奇跡を、いまここで一つの形に昇華させる。
世界の理を覆すために。
「記憶参照・終末――」
漆黒の光が集い、球状と化す。
絶望を煮詰めたかのような禍々しい黒。
生命のおぞましさを証明するかの如く、漆黒は渦巻く。
やがて、一点の白い光が現れた。
簡単に掻き消されてしまいそうな希望の光は、それでもなお輝きを強める。
純白の光はやがて漆黒を浄化し、眩い光へと姿を変える。
ヘリオスの放った光天覆地が自分以下の存在を消滅させる力ならば。
これは、自分以上の力を持った存在に対抗するための力。
スキルという枠組みを超越した、概念そのものに干渉する最弱最強の力。
――人々の願いの終着点。
その願いを、今ここで高らかに唱える。
「森羅理覆!」
虹色の光と、純白の光が衝突する。
互いに互いを喰らわんとすべく、空間を揺らし、軋むような爆音を鳴らしながらひしめき合う。
一瞬が永遠にも思えてしまうような濃密な時間が過ぎていく。
戦況は互角で、いつまでも決着がつかないのではないかと思えた。
けれど、それを覆す存在がいた。
彼女たちは勇気を振り絞り、絶望に打ち勝つために叫ぶ。
「――かって、トモヤ!」
「どうか、お願いします!」
背中からルナリアとテラリアの声を聞き、トモヤはにっと笑う。
森羅理覆は人々の願いの力。彼女たちの意思を受け継ぐことで、その力は増す。
拮抗が、崩れる。
最後の一押しに、トモヤは全力を注ぐ!
「うおぉおおおおおおおおおおおお!」
「っ、なんだと!?」
純白の光が虹色の光を呑み込んでいく。
その光景を前にヘリオスは驚愕の声を漏らす。
だが現実は変わらない。虹色の光の姿が消えると、純白の光は一筋の柱となり、空高く昇っていった。
「……ありえん。我の力が敗北するなど。あれはなんだ? ミューテーションスキル……いや、違う。そんなものではない。あれは我が手にした深奥の、さらに先にあるもの――」
自分の絶対が覆されたのは、ヘリオスにとって初めてのことだったらしい。
原因を追究するべく、今はもう消えてしまった光の柱に手を伸ばしている。
その光景を見て、確信を持った。
――本番はこれからだ。
森羅理覆は自らに迫る絶望を消滅させる、ただそれだけの効果を有した概念魔法だ。光天覆地を消滅させたことで、その力を失ってしまった。
ヘリオスを倒さなければならないのは、外ならぬトモヤ自身。
覚悟を決め、ヘリオスに向けて走り出す。
「ッ!」
トモヤから意識は逸れていたにも関わらず、驚くべき反射速度で身構える。
しかし、ほんのわずかに遅れた。
通常ならば気付くことすらできない程わずかな隙。
――その隙が契機となった。
全ては、この瞬間のためにあったのだ。
今ここで、その作戦を決行する。
(リーネ!)
(ああ! ――永久残火!)
「なにっ!?」
刹那、広間全体に満開の火炎の花が咲く。
視界は灼熱の炎に埋め尽くされ、ヘリオスの声だけが聞こえる。
衝撃を受けているはずだ。彼はきっと、トモヤがどのような攻撃を仕掛けてくるのかに注意していた。
だが実際には、この魔王城にすらいないリーネのミューテーションスキルによってこのような現象が発生している。
先刻の戦いでリーネが放った斬撃の跡を利用していることにすら気付いていないだろう。
ヘリオスはミューテーションスキルだけは解明できない。今は混乱の中にいるはずだ。
ゆえにこの瞬間、トモヤだけが一瞬先の未来に辿り着ける。
そして未来でヘリオスに立ち向かうために必要な要素がもう一つだけ存在する。
(シア!)
(うん――空間飛射)
瞬間、トモヤの手に何かが収まる感触があった。
剣先から柄まで漆黒に染められた、終焉の剣だ。
もしトモヤが腰元、もしくは異空庫からこれを取り出そうとしていれば、ヘリオスは未然に防いできただろう。
けれどシアのミューテーションスキルを利用することで、こうしてトモヤの手に収まった。
準備は整った。
もう、するべきことは一つだけ。
「おぉおおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながら、火炎の中を突き進みヘリオスに肉薄する。
そして未だ驚愕に目を見開くヘリオスに向けて、終焉の剣を突き刺す!
そして――
ヘリオスの喉元に切っ先がぶつかった瞬間、キンッという高音が鳴り響いた。
「……少々肝を冷やしたが、結局はこうなるのだ。所詮、この程度だったということか」
そう、切っ先はヘリオスの防御ステータスに打ち勝つことができず、皮一枚裂くことなく止められていたのだ。
ヘリオスは無様な者を見下すような目をトモヤに向けながら、自信満々にそう告げた。
トモヤは床に視線を落としながら、小さく零す。
「……さっきお前を殺すと言ったが、あれは嘘だ」
「ほう、敗北を認めるのか? しかしもう手遅れだ。我が貴様を殺すことは確定しているのだから――」
「お前には、死ぬ以上の地獄を見てもらう」
「――なに!?」
その違和感にヘリオスはようやく気付いたのだろう。
終焉の剣から漏れ出る漆黒の魔力がヘリオスに吸い込まれていく。
そこに込められたのは、ヘリオスですら辿り着けなかった神域の記憶。
それは彼が何よりも追い求めているもの。トモヤがルナリアの想いを拒絶できなかったように、“ヘリオスもまた、この記憶を拒絶することはできない”。
ゆえに唱える。
ヘリオスに絶望を与えるための言葉を。
「万能の叡智は汝が贄に」
記憶の奔流が加速する。
そこにあるのは当然、希望だけではない。
悪意と絶望こそが、本来その記憶に込められているものなのだ。
自分の領土を手に入れたいがために、そこに住む罪のない人々を殺す。
同じ種族の人々を救うために、他の種族の者を殺す。
生きるために、自らが食す獲物を殺す。
それらを行った者達と、行われた者達の記憶が存在する。
その全ての記憶が、ヘリオスに襲い掛かっている。
「っ、がはっ、なん、だ、これは……っ! こんなもの、こんなものは知らぬ! 我が、このような感情を抱くなど……!!」
ヘリオスは生まれながらにして最強の力を持ち、痛みや苦しみという感情とは無縁だった。
“かつて愛した女性が死んだ時”でさえ、心を操り悲観することはなかった。
だから知らないのだ。人が誰かに武力や言葉で傷つけられた時、どんな思いをするのかを。
そんな人間が、この数多の絶望を受け止められるはずなどなかった。
ヘリオスは痛みと苦しみに耐えきれないとばかりの形相を浮かべる。
そんな彼を眺めながらトモヤは心の中で呟く。
先ほど、トモヤはヘリオスに対し、お前を殺すのは嘘だと告げた。
あれは半分が嘘で、半分は本当だ。
トモヤの力でもヘリオスの命を奪うことはできない。
だけど、数多の絶望の記憶を見せることで心を殺すことだけならばできる。
だからこそ、あえてヘリオスの敗因を告げるとするならば。
「お前の敗因は――」
ぷつりと、糸切れたように意識を失い崩れゆくヘリオスに向けて言う。
「ただの豆腐メンタルだ」
こうして、最強同士の戦いが終わりを告げた。
本日の感想分から、返信をしていきたいと思います。
よろしくお願いします。




