124 光
◇◆◇
ルナリアは駆けていた。
行かなくちゃいけない場所があった。
ヘリオスから念話で告げられた。
テラリアを捕え、身動きのできない状態にした。そしてもし、ルナリアがやってこなければ彼女を殺すと。
だから、行かなくちゃいけない。
ルナリアはもう強かった。
一人きりでは中央大陸で生き抜けなかったあの頃とはもう違う。
圧倒的なステータスによって目の前に立ちはだかる魔物たちをものともせず、あっという間に魔王城に辿り着く。
止まることなく魔王城の最深部にまで到達すると、その大きな扉を開ける。
そこにはずっと会いたくて仕方がなかった彼女がいた。
「……ルナリア」
彼女――テラリアはルナリアの姿を見て目を見開いた後、苦痛に耐えるかのような表情になる。
「っ、おねえちゃん!」
そんなテラリアのもとに、ルナリアは全力で駆け寄る。かつて否定された言葉を叫びながら。
本当はこのまま抱きつきたかった。
けれど透明の壁が、二人の間を遮る。
「えっ、どうして?」
「防壁によって私が捕えられているからです。そんなことよりもルナリア、どうして貴女がここにいるのですか? どうして……」
「……ったから」
「え?」
「おねえちゃんを、たすけたかったから!」
「――――――」
ルナリアの想いを聞き、テラリアは言葉を失う。
少しの間が空き、絞り出すように彼女は問う。
「なぜ、私を助けようと思ったのですか? 私は貴女に何もしてあげられなかった。愛情を注いであげられませんでした。守ってあげられませんでした。最後の悪あがきとして貴女を逃がした結果がこの様です。それなのに、なぜ……」
「……もらったもん」
「…………」
「ルナリアって名前、もらったから! ルナって呼んでくれたから! おねえちゃんがいなかったら、トモヤたちとも会えなかったから! ぜんぶ、ぜんぶ、おねえちゃんからもらったもん!」
「――――ルナリア」
「……ちがうもん」
「え?」
「呼ぶときはルナ、だよ?」
「ッ。ええ、そうですね、ルナ」
「――――うん!」
ルナリアとテラリアは満面の笑みを浮かべ合う。
何年もお互いに想いを伝えることができずにすれ違ってきた。
それがいまこの場で、ようやく二人の道が重なったのだ。
「きたか」
けれど、そんな時間がいつまでも続くことはなかった。
骨の髄まで響く、恐怖を具現化したかのような声が聞こえたから。
ルナリアとテラリアの父親、そしてこの世に君臨する魔の王――ヘリオスだ。
思わず身構えるルナリアに向けてヘリオスは告げる。
「テラリアは防壁の魔法によって捕えている。身動きはできん。貴様を生かしたまま逃がした罰として、この後処分する――」
「…………」
「――予定だったが、その必要はなくなった。全ての諸悪の根源たる貴様がこの場に来たのだからな」
ヘリオスは右手に漆黒の魔力を集め、それをルナリアに向ける。
その光景を前に、ルナリアは身動き一つとれない。
「矮小なる身でありがながら、ミューテーションスキルなどという忌々しき力を携える愚者よ。貴様は今ここで死ね」
「ッ――ルナ!」
放たれた魔力が、ルナリアに迫り反射的に目を瞑る。
刹那、様々な記憶が脳裏によぎる。
テラリアと過ごした日々。一人で生きなければならないと思った日。
そして――トモヤと出会ったあの瞬間。
奇跡だって思った。自分には二度と訪れないであろう奇跡。
だけどそんな奇跡を、もう一度現実となる。
「……貴様は」
いつまで経っても痛みはない。
ヘリオスは何かに苛立ったような声を漏らす。
目を開いた。
そしてそこにいる彼の後ろ姿を見て、涙が出そうになった。
「……トモ、ヤ」
「おう」
そしてトモヤはルナリアを見て、そう笑った。
◇◆◇
何とか間に合った。
ルナリアに迫るヘリオスの攻撃を防いだトモヤは、安堵感とともにルナリアに微笑みかける。
ルナリアはまるで信じられないといった顔をしていた。
いつもならそんな表情も可愛いと感想を漏らすところだが、今回ばかりはそういうわけにもいかない。
トモヤはルナリアの前にしゃがむと、彼女の顔に手を伸ばし、
「ふえっ? いひゃいよ、ほおや」
ルナリアの頬を少しだけ力を入れてつまんだ。
ルナリアは不思議そうに首を傾げる。
少しだけ雰囲気がいつも通りになっていると感じたので手を放す。
すると、ルナリアは疑問に満ちた顔をする。
「どうして、きたの?」
「決まってるだろ、ルナが嘘をついたからだ」
「……うそ?」
「ああ、俺とテラリアに生きてほしいって言っただろ?」
「うそじゃ、ないもん……! トモヤにも、おねえちゃんにも、いきていてほしいから!」
「でもそれが、一番の願いじゃないだろう」
トモヤは複雑な紋様が描かれた左手をルナリアに見せる。
彼女と出会った日に結んだ契約を証明する契約紋だ、
「今の言葉でも、この契約紋は反応していない。改めて聞かせてくれ、ルナ。お前が俺と一緒にいてどう思うのか、どうしたいのか。本当のお前の願いを」
きっかけなんて、何でもよかった。
トモヤはとっくにルナリアを助ける覚悟はできている。
けれどルナリア自身もそれを望んでいることを聞けたのなら、それ以上に心強いものはない。
気が付くと、ルナリアは涙を流していた。
想いを抑えきれなかったのだろう。ルナリアはこれまでに聞いたことのないような程の声で、自らの願いを叫ぶ。
「おねえちゃんと、トモヤと、みんなと、いっしょにいたいよぉ!」
契約紋から、眩い光が放たれる。
その光はトモヤの体を包み込み、力を与える。
「任せろ」
もう、一切の迷いはない。
覚悟はできた。
ルナリアの小さな体をぎゅっと抱きしめた後、立ち上がりヘリオスに視線を向ける。
彼もこの後の展開が想像できているのだろう。不満と愉悦が入り混じったかのような表情をしていた。
「貴様は言った、その無能の願いを叶えると。だが我はそれを許さない。となると取れる行動は一つのみ」
「ああ、もう避けようがないんだろうな。けれど問題はない。俺は言ったはずだ。もしお前が俺の大切な存在に手を出したのなら、世界を壊してでも――」
今回はもう、中断はない。
必ず決着がつく。
だからこそ、覚悟を込めて宣言する。
「――お前を殺すと」
そして、最強同士の戦いの火ぶたが切られた。
次回は7月21日(日)更新予定です。




