123 幼馴染と過去 終
「そもそも、いつから見てたんだ?」
「……最初からだよ。ずっと雫に相談されてたからね。それで今日も見届けてほしいって」
「最近ずっと一緒にいたのはそういう理由かよ」
ようやく納得がいった。
けれどいま大切なのはそんなことじゃない。
「それで、もう一度聞くけれど、どうしてあんな断り方をしたんだ?」
先ほどの智也の返答では納得できなかったのだろう、優は同じ質問をしてくる。
「……最初から見ていたなら分かるだろ?」
「いいや、分からないよ。僕には必死に言い訳しているようにしか見えなかった」
「言い訳だと?」
「そうだよ。智也が雫のことを好きだなんて見てたらすぐ分かる。智也が自分の生い立ちにコンプレックスを持っているのは本当なんだろうね。けど雫なら、それを一緒に乗り越えてくれるってことくらい理解できてたんじゃないかい?」
「…………」
優の言うとおりだった。
智也は自分に自信がなく、雫が傷つけてしまうことを恐れている。
雫はそれに耐えられたとしても、智也は耐えられないと考えていた。
けれど雫はきっと、そんな智也の弱さもまとめて好きになってくれたのだ。
だからこそ彼女は泣いたのだ。
自分が好きな人が、自分の好きなものを嫌っているという事実に。
「ねえ、智也、いい加減にしなよ」
思考の沼にはまりそうになった時、優の声が意識を現実に呼び戻す。
優は怒っていた。未だ決断することのできない智也を見て。
「智也が本当に雫をそういう対象としては見れなくて、それで断るのなら仕方ないと思う。けど実際は違うだろう。智也はまだ本心を彼女に伝えていないはずだ。言い訳をして、それで泣かして、それだけはどうしても許せないよ」
「……優」
ぎゅっと握り締められた優の両手はぷるぷると震えていた。
どれほどの感情を抑え込み、そう言ってくれているのだろう。
ああ、そうだ。知っていた。優はきっと、雫のことが――
「……分かったよ」
「本当かい?」
「まだ完全に決断できたわけじゃない。けど優の言う通り、さすがにさっきの言い方はなかった。自分の考えがまとまってなかったにしても酷すぎる。だからまず、それを謝ろうと思う。そして許してくれるなら、その後に返事を考える時間をもらおうと思う」
「……うん。きちんと話せばきっと、雫は智也の答えを待ってくれるはずだよ」
思うところは他にも色々とあるだろうに、優はそう頷いてくれた。
智也は覚悟を決めて立ち上がる。
雫はまだそう遠くには行っていないはずだ。
今すぐ追えば間に合うはず――
「きゃぁああああ!」
突如、叫び声が辺り一帯に響き渡る。
「叫び声?」
「向こうの方から聞こえたね。何かあったのかな」
優が指さしたのは、奇しくも雫が駆けていったのと同じ方向だった。
急に心音が激しくなる。嫌な予感がする。
「……行こう」
「智也? 待って、僕も行く!」
思わず走り出した智也の後ろを優が追ってくる。
何もないはずだ。自分がいま抱いている不安など気のせいに違いない。
そう信じたかった。だけど、いとも容易く眼前には凄惨な光景が映る。
「……し、ずく?」
「そんな、うそ、だよね?」
十字路には大量の人が集まっていた。
一台の軽自動車が歩道に乗り上げ、建物にぶつけたのか大きく凹んでいる。
そしてその横には真っ赤な血を流しながら横たわる少女――雫がいた。
「な、んで……」
誰かが震える声で救急車を呼んでいるのが聞こえる。
あまりにも悲惨な様子を見て膝を曲げる者もいる。
そんな野次馬たちを掻き分け、雫のもとに向かう。
頭から血が大量に出ている。
もうこれは助からないと、一目で分かる。
嘘だ、これは現実じゃない。どれだけそう思おうとしても、惨たらしい状況が夢ではないと告げる。
ふいに、ぴくりと雫のまぶたが動いた気がした。
「っ、雫! 雫!」
「目を覚まして、雫!」
それぞれ雫の手を握りながら、必死に訴えかける。
まだ辛うじて意識はあるのか、雫は焦点の合わない目で智也と優を見て、小さく笑った。
こんな状況だというのに微笑む彼女を見て、最悪の未来が脳裏によぎる。
それはまるで覚悟を決めたかのように見えた。
駄目だ。こんなのは駄目だ。
まだ想いを伝えていない、謝っていない。それなのに、それなのに、こんな結末なんて――
言うべきことはあったはずだ。
だけどそれを言ってしまえば本当に終わってしまう気がした。
何も言えないでいる智也と優に反して、雫はゆっくりと口を動かす。
音はなかった。だけど何を言いたかったのかは分かる。
大好きだよ、と。雫はそう言ったのだ。
それを最後に、雫の眼がゆっくりと閉じていく。
「雫! 目を覚ましてくれ!」
「そうだよ! こんな終わり方なんてないだろう!」
涙を流しながら、必死に彼女に呼びかけ続ける。
それでも雫はもうぴくりとも動かない。
智也と優が諦めかけたその時、不思議な現象が起こった。
「……え?」
「光が……」
どこから現れたのか、淡い白色の光が雫を包み込む。
あまりにも幻想的な光景に目を奪われる。
まるでここではない別の世界と繋がっているかのような。
やがてその光は雫に触れる智也と優にも伝い、二人の体を包む。
それは時間にしておよそ十秒程度。
光は霧散し、智也たちの意識が現実に呼び戻される。
変わらぬ残酷な光景が目の前には広がっていた。
水瀬雫はその事故で亡くなった。
居眠りした運転手が、歩道に乗り上げてきたために起きた事故。
目撃者から状況を聞いて、智也は頭が真っ白になった。
その時、雫は泣いていたらしい。両手で顔を抑えるようにして。
だから自分の方に突っ込んでくる軽自動車に気付くのが遅れたんじゃないかと、そう聞いた。
体が潰れてしまいそうなほどの重圧が襲い掛かる。
世界から行動を制限されているがごとく、その場につっ立ったまま智也は自問自答する。
雫が泣いていたのは何故だ? ――自分のせいだ。
軽自動車に気付けなかったのは? ――自分のせいだ。
彼女が亡くなったのは? ――自分のせいだ。
軽自動車の運転手もまた、事故の際に亡くなったらしい。
雫が死んだ悲しみと憎しみを向ける先がもう、自分しか残っていなかった。
誰もが、事情を知っている優すらも、雫が亡くなったのは智也のせいじゃないと言ってくれた。
だけど、智也自身だけは理解している。
彼女が死んだのは自分のせいだ。
自分があの日、雫に向き合うことができなかったから。
自分にできることなんてたかが知れている。
だから自分が力を注ぐのは、できることだけにするべきなんだ。
そうしないと、全部失うことになってしまうから。
「何をしているんだ、君は……」
卒業を間近に迎えたある日、優は智也に怒りをぶつけていた。
生きる意味を失い、自堕落な生活を送っている智也に対し思うところがあったらしい。
「まだ雫が亡くなったのは自分のせいだと責めているのか? そんなこと、本当に雫が望んでいると思っているのか!?」
「……望んでいる望んでいないは関係ない」
「なんだと?」
「雫はもういないんだよ。あいつがどう思うかなんて、もう知ることはできない。俺に罪があると責められるのは、もう俺しかいないんだよ」
「……ふざけるな!」
優と殴り合いになったのは、後にも先にもこの一度だけだ。
雫を失った苦しみと、譲れない思いと、どうしようない鬱憤が爆発した。
結局、どんな風に決着がついたのかは覚えていない。
それから優とは徐々に疎遠になっていった。
中学が別になったことも関係しているが、やはり一番の理由は雫に関わる件だ。
中学では仲のいい相手も作らず、自分一人で過ごし続けた。
高校では一人暮らしをすることに決め、進学先で優と再会した。
だがもう昔とは違う。お互いにお互いを無視し、まるで他人のように振舞った。
そんな日々が過ぎ去り――高校三年生のある日、異世界に召喚された。
そして、ステータス・オール∞という規格外の力を手に入れた。
誰かに与えられただけの力かもしれないけれど、できることは確かに増えた。
できることがあるなら、行動する勇気も出る。
そんな風に行動を始めて、得たものが数えきれないほどあった。
リーネと出会った。シアと出会った。シンシアと出会った。
――ルナリアと出会った。
自分を愛し信頼してくれる存在と出会い、トモヤはようやく心から思えた。
彼女達のことを愛していると。
だから、だから――――
できないことから、怖いことから逃げるのはもう止めにしよう。
向き合わなくちゃいけない。色々なことに。
今後こそ間違えないように。
この世界で出会った全ての奇跡が、自分の力になっているはずだから。
さあ、目覚めよう。
前に進むために。
◇◆◇
「トモヤ、トモヤ!」
「はやく、目を覚まして」
自分を呼び掛ける声によって、徐々に意識が覚醒する。
焦った表情でトモヤを見るリーネとシアの顔を見て、ひどく懐かしいような気分になった。
「っ、起きたか!」
「ああ、待たせて悪かったな」
「そんなことは構わない! それよりルナがどこにもいないんだ!」
「魔王のところに向かったんだよ」
「なっ」
体を起こしながら、手短に事情を説明する。
ヘリオスとテラリアがどういう状況か。そしてそれを知ったルナリアがどんな行動に出たか。
話を聞いたシアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめん、トモヤ。ルナから寝付けないって聞いたから、渡した睡眠薬が、そんな風に使われるなんて考えてもいなかった」
「いや、それは仕方ない。ルナにねだられて断れる奴なんてこの世界にはいないからな」
そもそもルナリアの様子は変だった。
トモヤやリーネでも、寝付けないというのを言葉通り受け止めてしまうだろう。
それよりも大切なのは、ルナリアを救い出すこと。
彼女の願いを叶えてやることだ。
もう絶対に迷わない。
決意を込めた眼差しを、リーネとシアに向ける。
「俺は今から魔王城に向かう」
「っ、ならば私も」
「うん、ついていく」
ルナリアを救い出すため、ヘリオスという絶対の脅威に立ち向かうことを宣言する二人。
だけどそんな二人に向けて、トモヤは言った。
「いいや、二人は来るな。ヘリオスのもとには、俺一人で行く」




