122 幼馴染と過去 序
夢前智也の人生は波乱続きだ。
幼い頃に事故で両親を亡くし、親戚の家に厄介になることになる。
保険金や遺産を目当てに引き取ったようで、最低限の世話はするが、愛情を与えられたことはない。
両親がいたころの記憶も、もうほとんどなかった。
肩身の狭い、息苦しい毎日。
絶望とはまた違う、世界に対する失望のようなものを抱きながら過ごす。
そんな日々の中で智也の支えになっているのが、二人の友人だった。
「だからさ、智也はマイナスに考えすぎなんだよ。やったら案外できちゃうもんだって」
「……雫は簡単に言いすぎだ。どう考えたって俺が主役はないだろ。優の方が向いてる」
「そんなことはないよ。智也ならできるはずだよ」
視線を地面に下ろしながら覇気のない言葉を吐く智也を励ますのは、優と雫だ。
地毛の茶髪が特徴的な、優し気な表情が特徴的な少年が九重優。勉強も運動もでき人柄もいいため、男女問わず人気がある。
綺麗な黒髪を肩まで伸ばす、活発な印象を受ける少女が水瀬雫。彼女もまた明るく優しいため、誰からも好かれている。
対する智也は、大した特徴もない普通の子供。
この三人で一緒にいることに、多くのクラスの者達は疑問を抱いている。
いま行われている会話は、六年生にもなって行わる学芸会についてだ。
何という残酷な方法か、役者をくじ引きで決めることになった。
そして最悪なことに、智也が主役に選ばれてしまったのだ。
自分がそんな大役を任せられるような存在だとは思ってないし、やる気もない。
どう先生に言って断ろうかと考えているところに二人がやってきたのだ。
雫は智也の態度を見てむーっと頬を膨らませる。
「もー、智也はいつもそうだよね。自分じゃできないことはやりたくないって」
「いや、普通はそうだろ」
「それじゃ成長できないよ! いろんなことに挑戦していかないと! 若いうちにね!」
「なんでそんな達観したような言い方を……」
雫の人生観はともかく、智也は自分の考えを変えるつもりはなかった。そもそもそう簡単に変えられるものでもない。
自分にできないことなら、初めから手を出さないほうがいいに決まっている。
逆にできることに対してなら全力を注ぐだけのバイタリティはある。
雫の言葉を借りるなら、確かに智也達は若いが人生は有限なのだ。するべきことを適切に見極めていかなければ無駄な時間を過ごすことになる。
「智也の考え方は僕も理解しているつもりだけど、雫の言いたいことも分かるよ。ねえ智也、どうせたかが学芸会だよ? 失敗したって何かがあるわけじゃないし、主役じゃなくなったところで参加しなくてよくなる訳じゃないんだから、失う時間は一緒だよ。それなら少しでも得られるものが多い方がいいんじゃないかな?」
相手の心情を慮りながらも、現実的な提案をする優を見て、ますます自分のどうしようもなさに嫌気がさしてしまう。
こんな風になりたいと強く思うわけではないが、人として正しい在り方なんだとは思う。
「……分かったよ、優がそう言うならな」
「ねえちょっと、私の言葉は?」
「きっかけにはなったよ、きっかけには」
「……むー」
再び頬を膨らまし、納得いかないとばかりに細めた目で見てくる雫を見て、小さく笑いが零れてしまう。
「うわ、ひどいっ! 私を見て智也が笑ったよ! ねえ、優もそう思うよね」
「うん、そうだね。今のは確かに智也がひどいね」
「うわーん、私を慰めてくれるのは優だけだよー」
「あはは」
しくしくと、泣いた演技をする雫の頭を、優が苦笑しながら撫でる。
その光景を見てチクリと胸が痛むが、それだけだ。
何か行動に移すわけでもない。
僅かなしこりを残したまま、学芸会に向けて頑張るという結論だけが残った。
結果から言うと、学芸会は無事に終わった。
優も言っていた通り、たかが六年生の演技だ。保護者達も質の高さなんて求めていない。
普通に演じて、普通に終えて、普通に拍手をもらって。特別な満足感を得るでもなく、ごくごく普通の結果だった。
それでも、日々を楽しく過ごそうと思っている人たちにとっては違ったらしい。
「やったね、智也、優! 大盛況だったよ!」
学芸会後、雫は満面の笑みで喜びをあらわにする。
……彼女が楽しそうならそれでいいかと、ようやくほんの少しの満足感を得た気がした。
そんな風に日々は過ぎゆく。
代わり映えのしない毎日だったけど、それで十分だった。
だけど、そんな日常がいつまでも続くものではないと心の中では理解していた。
ある日、雫に学校近くの公園に呼び出された。
ここ最近、少しだけ距離を開けられているような気がしていたから意外に感じたが、断る理由もなかったので向かう。
雫は一人でブランコに座りながら智也のことを待っていた。
(……優はいないのか。最近はよく二人で一緒にいたのに)
疑問を抱きながらも、彼女のもとに歩いていく。
「待たせたな、雫」
「あっ、と、智也!」
自分から呼び出しておきながら、何故か雫は焦ったように忙しない様子で立ち上がる。
「それで、どうしたんだ?」
「え、えっと、そのね。ちょっと待って! ふー、ふー」
まるで緊張を緩和するかのように深呼吸を繰り返す雫を見て、智也の頭の中にあり得ない可能性が思い浮かんだが、まさかと首を振る。
「あのね、智也!」
雫は覚悟ができたのか、真剣な表情でトモヤを見つめる。
その眼を見て、今度ばかりは智也も確信を抱いた。
「き、気付いてたかもしれないけど、その……私、ずっと智也のことが好きだったの! だからその、私と付き合ってください!」
勇気を出して差し伸べられた手を見て、鼓動が早くなるのを感じた。
雫が自分に好意を持っていてくれているなんて、気付いていなかった。
優のことが好きなんじゃないかと思っていたくらいだ。
けど、彼女の言葉が本心からのものなら。
こんなに嬉しいことはない。
「俺も――」
言葉を紡ぎ、手を掴もうとした。
けれどその刹那、どすんと目には見えない重みがのしかかる。
そして心の底にいる自分が訴えてくる。
愛情を受けずに育ったお前に、誰かを愛することなんてできるのかと。
金縛りにあったように体は動かない。
思考も靄がかかったかのようにまとまらない。
そんな状態で何とかひねり出した答えは最低なものだった。
「ごめん、それは無理だ」
「えっ……」
雫は瞳に涙を溜めて智也を見つめる。
「……どうして?」
「雫も知ってるだろ、俺がどうやって育ったか。俺なんかが誰かと付き合うなんてできない。そもそも雫に釣り合っていない」
「そんなの私は気にしないよ? 智也は智也だもん。智也のいいところ、私いっぱい知ってるよ。優しくて、たまに見せる笑顔が可愛くて、それに何より――」
「――俺が無理なんだよ!」
「っ」
思わず、感情が溢れた。
自分でも何を言っているのか分からないまま、口は動き続ける。
「雫が気にしなくても、俺は気にするんだ。例え俺たちが付き合っても、俺はずっと雫に引け目を感じ続ける。もらった分の愛情を返すことができなくて、迷惑ばかりかけて、そんな自分に嫌気がさす。それがどうしても耐えられないんだ」
「どうして……」
「だから、いま言ったとおりで……雫?」
断る理由を聞かれているのかと思った。
けれど違った。雫はぽろぽろと涙を流しながら、痛みに耐えられないといった表情で智也を見る。
「なんで、そんな風に言うの? 智也はすごいんだよ。私知ってるもん。ずっとずっと、見てきたから……大好きだったから」
「雫……」
「……でも、ごめんね。私のせいで、智也を傷つけた」
「っ、それはちが――」
否定しようにももう遅かった。
雫は両手で顔を抑えたまま、公園から飛び出していく。
その光景が鮮明にまぶたに焼きつく。
それを追う気力はもう智也には残されていなかった。
自分がどうするべきなのか、もう分からない。
「……智也」
俯いていると、智也を呼ぶ声がした。
見上げるとそこには優が立っている。
無表情を装っているが、怒りの感情を隠しきれていない。
見ていたのだろう、先ほどの光景を。
「なんで、あんな断り方をしたんだ?」
「……俺の方が聞きてぇよ」
その返答を聞き、優はため息を一つ零した。
次回は7月14日(日)に更新します。




