121 決別
◇◆◇
――――ルナリアの様子がおかしい。
ルナリア達と合流し宿に戻った後、トモヤは彼女に事情を説明した。
魔王ヘリオスからユウ達を救い出し、トモヤ達も無事だったこと。
そしてテラリアという女性が、ルナリアの身を案じていたこと。
特にテラリアの話を聞いてから、ルナリアはずっと何かを考えこむようにぼーっとしている。
放ってはいけない気がした。
もう眠るには良い時間だが、少しくらいならいいだろう。
「ルナ、飲み物をいれたんだけど一緒に飲まないか?」
「……うん」
寝室のベッドに二人で腰掛けながら、温かい紅茶を手に会話を始める。
ルガール、フィーネス国、セルバヒューレなどで起きた出来事について、取り留めもなく話し続ける。
シンシアやアンリ、フラーゼやメルリィなどの名前が出るたびに、彼女たちとの思い出が蘇る。
ルナリアもそれらの話題になるとようやく笑みをこぼした。
「また、みんなと会いたいなっ」
「そうだな。皆と会って、これまでの旅の話なんかしたら楽しそうだな」
「うんっ」
えへへと頷くルナリアを見て、少しほっとした気分になる。
ふと気が付くとカップの中はもう空っぽだ。
「そろそろ眠るか? それとももう少し話すか?」
「……もっと話したいな。そうだ、わたしがおかわり入れてくるねっ」
「そうか、なら頼む」
ルナリアは二つのカップを手に、扉の外に出ていく。
宿の共同スペースで飲み物を入れてきてくれるのだろう。
ベッドに座ったまま帰ってくるのを待つが、なかなか戻ってこない。
何かあったのだろうかと疑問を抱き探しに行こうと腰を上げると、ようやくルナリアが戻ってきた。
「……ルナ?」
少し違和感があった。
彼女の視線は下に向いており、まるでトモヤから顔を隠しているかのような印象を受けた。
「どうした? 大丈夫か?」
「うん、だいじょうぶだよ。はい、どうぞ……」
「ああ、ありがとう」
やっぱり返答の仕方が少しいつもと違う気がしたが、気にしすぎなのかと結論付けカップを受け取る。
そのまま口をつけて飲むと、紅茶にしては随分と甘い気がした。砂糖を多く入れているのだろうか。
カップの中に視線を落とすと、群青色の紅茶がたぷんと揺れている。
……群青色?
「ルナ、これは……」
「……ごめんね、トモヤ」
「……え?」
身に覚えのない謝罪の言葉に一瞬耳を疑う。
けれどルナリアの泣きそうな表情を見て、それが聞き間違いではないことに気付いた。
いったい何に対して謝っているのだろう。
そう思った矢先だった。
急激に眠気が襲ってくる。
目を開いておくだけで精いっぱいだ。
しかしなぜ急にこんな眠気が……
そこで数日前の出来事を思い出した。
眠気と群青色というワードが一つの記憶と結びついたのだ。
トモヤはすぐさま紅茶に鑑定を使用する。
【アロンティー(睡眠薬入り)】
やはり、それは以前にシアがトモヤに飲ませようとしていたものに他ならなかった。
だが、どうしてルナリアがそれを持っているのか。
そして何よりトモヤに飲ませようとしたのか、意図が分からなかった。
眠気に耐え、理由を問いたださねければならない。
だけど体は思うようには動かない。
そんなトモヤに対しルナリアは告げる。
「……いまね、聞こえたの。あたまの中に、お父さまから」
「頭の、中、……お父、様……ま、さか」
最悪の想定が思い浮かぶ。
頭の中にヘリオスの言葉が聞こえたということはつまり、ルナリアに対し念話を使用してきたということではないだろうか。部屋から離れたたった数分の間に。
けど、だとしたら何のために。何を伝えたのか皆目見当がつかない。
分かるのはそれによって、ルナリアがこのような行動に出たということだけだ。
失敗した。今この状況で、一時もルナリアの傍から離れるべきではなかった。
自分の行動を後悔するトモヤの前でルナリアは続ける。
「わたしが行かないと、おねえちゃんがころされるってっ。だから、行かなきゃいけなくて……」
「テラ、リアが……?」
「ごめんね、トモヤっ。トモヤなら、きっとついてきてくれるって思って。けど、お父さまに勝つなんてできないから……トモヤとおねえちゃんが生きるためには、こんなほうほうしか分からなくて、ごめんね……っ」
当然だ。ルナリアが一人でヘリオスのところに行くなど許せるはずがない。止めるか、もしくはトモヤが代わりに行くに決まっている。
けれど頭ではそう考えているはずなのに体は動かない。∞の防御ステータスを誇るトモヤでさえただの睡眠薬に打ち勝つことができない。
その理由は簡単だ。
トモヤはルナリアと初めて出会った日に誓った。彼女の全てを受け入れると。
もしいつかルナリアがトモヤのことを嫌い、離れたいと願う瞬間がきたら、彼女の望むとおりに応えなければならないと思っていた。
だから、抗えない。もし今ここで無理やりルナリアの思いを断ち切るようなことをしてしまえば、あの日の誓いに背くことになる。
――本当は怖いだけなんじゃないのか? 自分の選択でルナリアを傷つけることになるのが。
そんな考えが脳裏をよぎる。
ルナリアの言った通りトモヤがヘリオスとの戦いに向かった結果、ステータス上の問題から自分はともかくとして、テラリアが殺されるようなことになってしまえばどうなるだろうか。
決まっている。ルナリアはひどく悲しみ、その責任は全てトモヤが背負うことになるだろう。
本当はそうなるのを避けたいだけなんじゃないか?
誓いなんてものはどうでもいいんじゃないか?
弱い自分が、全力でそう訴えかけてくる。
お前には選択する勇気がないだけだと。
そんな風に葛藤する時間もほとんど残されていなかった。
薄れていく意識の中、視界に映るルナリアはぽろぽろと涙を流しながらトモヤに背を向ける。
「ごめんねっ、トモヤ。さよ、なら……」
駆け出していくその後ろ姿が、かつてトモヤに好きと言ってくれた少女と被る。
トモヤの意識は完全に闇の中に落ちていく。
そして夢を見る。
長い、長い、後悔の夢を。
水瀬雫という少女がいた。
◇◆◇
幼少期。
夢前智也、九重優、水瀬雫の三人は常に一緒にいた。
幼馴染だった。




