105 歪な優しさ
「……はぁ。さて、どうするか」
あの後、一時は宿屋でリーネ達と合流したトモヤだったが、少し気まずさを感じ、こうして宿の外に出ていた。
リーネ達が、ユウ達について訊くべきか訊かないべきかを悩んでいる様子を見て、トモヤはどうすればいいのか分からなかったのだ。
彼らについて説明することになれば、必然的にトモヤが異世界の人間であると明かさなければならない。
いや、それ自体は構わない。
すでに彼女達とはそれを明かせるだけの信頼関係を築いてきた。
ただ、それを言ってしまえば、続けて話題にあがるであろうことに今は向き合いたくなかったのだ。
――もし元の世界に戻る方法が見つかれば、自分はどちらの世界を選ぶのか。
その答えは既に決まっているはずだった。
迷いなどないはずだった。
だけど、それらをリーネ達に伝えることから逃げている時点で、きっとまだ覚悟できていないのだろう。
ユウとの会話のせいかもしれない。
「……はぁ」
幾度目かの溜め息を零す。
宿の外はもう暗く、人々もほとんど見当たらない。
まるで世界全てが自分だけのものになったかのような錯覚を覚えていると、ふと視界に一人の少女の姿が映った。
「あれ、夢前くん? こんなところで何してるの?」
「……柳か」
もう夜だというのに運動用の動きやすい格好に身を包んだ、茶色のポニーテールが特徴的な少女――柳 結衣だった。
トモヤとの関係といえば、もともと同じ高校のクラスメイトだったくらい。
事務連絡でしか言葉を交わしたことがない程度でしかない。
そんな彼女が今自分の目の前にいることを不思議に思いながらも、トモヤは問いに答えることにした。
「いや、ただ風に当たりにきてるだけだ。柳の方は? こんな夜に一人で出歩くなんて危ないだろ」
「私は体を動かしてきたの! それに、今の私は強いから一人でも平気だよっ!」
「……そうだったな」
自分やユウのステータスに意識を割かれ忘れそうになるが、ユイ達も同様に優れたステータスを持っていたことを思い出す。
彼女達ならば、確かに魔物や悪人に襲われようとどうとでもなるだろう。
「それに、それを言うなら夢前くんの方が心配だよ。だって確か、夢前くんって何の力も与えられてなかったよね? それなのにこんなところに一人でいるなんて……」
「……? 九重から聞いてないのか。一応、俺も戦う力は持ってるんだ」
「え、そうだったの!? びっくりだよ! でもなんで召喚された時、恩恵が与えられてないだなんて国王様は言ったんだろ? あ、それともあの後になって、力が与えられた感じなのかな?」
「まあ、そんなところだ」
嘘をついていることに微かな罪悪感を抱きながらも、さすがに本当のことを言う訳にはいかないためそのまま誤魔化しきる。
ユイはトモヤを疑う様子もなく、信じ込んでいた。
ほっと安心した様に胸を撫で下ろし、ユイは言った。
「けど、ほんとによかったよ。優から王都以外の町で保護されてるっては聞いてたけど、どんな扱いをされてるのかは心配だったから。何はともあれ、万事おっけーだね!」
「……保護、か」
「? どうかした?」
「いや、なんでもない」
きっとトモヤの力を何らかの手段で知ったユウあたりが、ユイ達を説得するために適当な理由付けをしたのだということはすぐに分かった。
「ん? あれ? でもさ、夢前くん。夢前くんに力があるなら、どうして私達のところに戻ってこなかったの? そうしたら一緒に魔王を討伐しにいけたのに。じゃないと、夢前くんだけ元の世界に帰る方法が分からなくなっちゃうよ?」
「あんな風に追い出されてから戻るのも味が悪いからな。それに、俺が戻ったところで九重が受け入れるとは思わない」
「そうかな? だって優だよ? 困っている人が目の前にいたら助けなくちゃ気が済まないようなお人好しな優が、そんなことするとは思わないよ」
「さて、どうだか」
「そうに決まってるよ! 優は優しいんだもん! ……優し過ぎて、たまにはこっちにも頼って欲しいと思ったりはするんだけどね」
ユイの声量が、徐々に小さくなってくる。
彼女は何かを思い悩んだ表情で地面を見つめていた。
どことなく、そんな彼女は悲しそうに見えた。
「……この世界に来てからさ、いろんな魔物と戦ってきたんだ」
「ああ」
「ほんとはすごく怖かったけど、強くならなくちゃいけないから頑張って倒したんだ」
「……ああ」
「けど、その中には人の形をした敵もいてね。魔族っていうらしいんだけどね。言葉の通じる人と戦うのは魔物を相手にする時とは比べ物にならないほど怖くて……私や理子や美穂が足をすくんで動けない時、優だけは違ったんだ」
「…………」
「優はね、苦しそうな顔をして……だけど迷わず、倒しちゃったんだ。私達の背負うべき罪も、全部自分のものにしちゃって。普通なら、とってもかっこよくてヒーローみたいだなって思うはずなのに……その時、私、よくわかんなくなっちゃったんだ」
「…………」
「優の優しさが、なんだか取り返しのつかない、歪なものなんじゃないかなって思って。えへへ、なんだかごめんね。こんなよく分かんない話しちゃって」
「いや、そんなことない。分かるよ」
「……え?」
「あいつは昔から、そんな奴だったから」
自分ではない誰かのために自分を犠牲にする。
それが九重優という存在だということを、トモヤはずっと前から理解していた。
その在り方は、大切な誰かと共に自分も幸せになるという道を選ぼうとするトモヤの在り方とは、似ているようで大きく異なるということも。




