102 始まりの日―裏
◇◆◇
「動揺させてしまって申し訳ありません。わたくしはフレアロード王国第二王女、レイナ・フォン・フレアロードです。これから、事情を話させていただきます」
それを初めて聞いた時、何をふざけたことを言っているのだろうと思った。
いつも通りの放課後、気の合う友達と共にいた。
その中の一人が忘れ物があるということで教室に戻ると、その瞬間、教室中に眩い光が現れ彼らを包み――そして気が付いた時には、こんな所にいた。
日本に存在する建物とは思えない宮殿のような一室に、これまた中世に取り残されたかのようなドレスを着た金髪の女性達がいた。
女性は告げた。
ここはアルフィスという名の異世界で、魔王を討伐する勇者を召喚した結果、自分達が呼ばれたのだと。
普段なら妄想だと一蹴して当たり前のはずだが、その時の状況は異質過ぎた。
まず、それを説明するレイナと名乗った女性や周りにいる者達から嘘や騙そうという雰囲気を感じ取れなかったこと。
それに、光に包まれたと思った次の瞬間にここにいたのは事実だ。
そして、何より――
「…………」
すぐ隣にいた“彼”が、このような状況にもかかわらず、焦った様子もなく、むしろ呆れたような表情を浮かべていることに苛立った。
自分が彼と同じような行動をとっていることに微かに嫌悪し、そして一応はこの場に適した対応をするべきだろうという判断から、“まるで相手の言葉を信じたかのような返事”をすることに決めた。
自分の考えを理解してか、その言葉に賛同する三人の友達(一人は素で信じていたような気がするが)。
だけど当然のことだが、彼は微動だにしなかった。
その後、合流した国王フレッドによって、なぜ自分達が召喚されたか説明された。
なんでも、異世界の人間ならば、神から与えられる祝福が強力であるという。
その証拠に、渡されたステータスカードには、この世界の人と比較して優れた数値が現れた――周りの者は驚いていたが、そうでなくては話にならないだろうと思った。
続いて、友達のステータスも例外なく優れていることが明らかになった。
そう――“友達以外”は。
(彼は……どうだったんだ)
「おい――、君はどうだったんだ」
「いや、それは……」
歯切れが悪く、彼は答えようとしなかった。
そんな彼からステータスカードを取ったフレッドは、目を見開き叫んだ。
「ステータスが全て00だと!? 神から何の力も与えられてないではないか! こんな者を我が国の勇者として認める訳にはいかん!」
(――――え?)
それは明らかに、彼を非難する言葉だった。
ステータスが全て00。それが事実なら、彼には何の力もないことになる。
異世界に召喚され、何も与えられるものはなく、頼らざるを得ない存在には否定される。
そんなことをされれば、心が折れてしまってもおかしくはない。
なのに。
そのはずなのに。
彼は僅かに目を細めるばかりで、やはり大きく表情を崩しはしない。
ああ、それが、またしても無性に苛立った。
だから。
「ふっ、なんだ――、君のステータスはそんなに弱いのか」
つい、皮肉の言葉の口にした。
だけど。
「…………」
やはり、彼が向けてくるのは冷たい視線ばかりで。
国王より追放を命じられた彼は、その言葉に反論することなく受け入れた。
力も持たず、身寄りもない。
そんな彼は――夢前智也は。
果たして、どこにいくのだろうか?
その答えは、今の自分には――――
◇◆◇
「ちょっとちょっと、どうするの!? 夢前くん追い出されちゃったよ! ほっとけないよ!」
あの説明の後、自分達は別室に連れて行かれ、休息をとるように言われた。
そこでは、結衣が焦った様子でそう告げていた。
さすがにあの場の空気では言えなかったことを、こうして仲間だけになったタイミングを見計らって口にしたのだろう。
「うん。さすがに、アレはまずいと思う」
「そうよね~。けど、私達が口出ししてどうにかなる問題なのかしら?」
理子と美穂も意見自体には賛同するが、取るべき手段が分からないと嘆く。
やがて、三人は残る一人に視線を向けた。その者は一つ息を吐いた後、諦めたように口を開く。
「僕が様子を見てこようと思う。少しだけ待っていてくれ」
告げると、彼女達は期待を込めた目になった。
別に、彼を助けたいだとか、そんな風に思っている訳ではない。
ただ、このまま彼が死んだりすれば……この国に対する信頼を失ってしまう。
自分が召喚した物を見殺しにする国だと。
ただ、それだけだ。
そう思っていたからこそ、その光景には目を疑った。
「…………は?」
彼――トモヤが向かった先を無理やり聞き出し追いかけた先に、確かに彼はいた。
そして彼は、“自分の拳で地面に大穴を開けていた”。
ただ殴っただけでだ。
「……どういうことだ?」
彼からは見つからない場所に身を隠し、思考する。
トモヤには力が与えられていないはずではなかったのか?
なのに何故、あんなことが可能なのだ?
「嘘……だったのか?」
トモヤが本当のステータスを隠した理由として推測できるのは、面倒事を避けたいだとかだろうか。
彼は自分一人で、見知らぬ世界で生きることを選んだのだ。
では、もう一人のあの人は、何故わざわざ嘘をつく必要が?
何も分からない。分からないことだらけだ。
ただ少なくとも、今すぐトモヤの命に危機が及ぶわけではないということは分かった。
最後にもう一度だけトモヤの姿を見た後、踵を返した。
城の中。結衣達のいる部屋に戻る途中、一番話を聞きたかった人物に出会った。
「……国王様。少し、お尋ねしたいことがあるのですが」
「ほう、貴様か。なんだ?」
国王フレッド。自分達を召喚した一番の責任者。
彼に訊かなくてはならなかった。何故あんな嘘までつき、トモヤを追放したのか。
「彼の……夢前智也のことですが」
「――ッ」
その名を口にした瞬間、なんとフレッドは激しく表情を歪めた。
続けて、信じられないようなことを言う。
「あの者の名は、二度と口にするな」
「なッ……」
その対応には、さすがの自分も我慢できなかった。
我慢できなかった。だけど……
フレッドの様子がおかしいことに気付いた。
彼が抱いている感情は、怒りだけではない。
……恐れているのか、何かを?
そんな風に、自分は感じた。
少なくとも、自分に対して敵意のようなものは向けられていない。
それはつまり、フレッドがトモヤを追放した理由には“彼が口にした以外の理由がある”ということだ。
そしてそれをフレッドが言うつもりはないということも分かった。
「……分かりました。これ以上、理由は問いません」
「そうか」
「ですが、最低限の説明を僕の仲間達にする許可をください。このままでは、彼女達は自分の知り合いに対してあのような対応を取ったこの国のことを信じられなくなるはずです。ですから、何でもいいんです、追放したのはこの都市からだけで、他の町で保護しているとだけでも言わせてください」
どちらにせよ、トモヤが無事なことは分かっている。
今は結衣達を安心させるのが先決だった。
その提案に、フレッドは暫く悩んだようだったが。
「……承知した。そのように説明をしておいてくれ」
「はい」
最終的には、頷いた。
「ほんとっ!? そっか、よかった! とりあえず夢前くんは無事なんだね?」
「うん、そうみたいだよ」
部屋に帰って、さっそく偽りの説明をすると、結衣は心から安心したようだった。
残りの二人はどことなく信じきれないような表情を浮かべているが、自分がそういうからには何か理由があると思ってくれているのだろう。追及はしてこない。
(……ひとまず、今できるのはこんなところか)
心の中だけで思う。
これから自分達は魔王を倒し人々を救うため、修練を重ね戦いに赴く。
それ自体は構わない。大切な誰かを救うためなら……命だって投げ出す覚悟は既にある。
けど、本当に自分にそんな未来が訪れるのか。
そして今はもうこの場にいない、彼は一体どんな未来を歩むのか。
その答えは、今の自分には――――
九重優には分からない。
きっと、分かりたくもなかった。




