101 岐路
部屋に入ってきたアグロスの娘スーシャは、室内を見渡し父親の姿を見つけるとパアっと表情を輝かせて駆け寄っていく。
「パパ!」
「おっと」
その小さな体を、アグロスは驚きながら受け止めた。
皆からの注目を受ける中、おかまいなしと言った様子でスーシャは言う。
「パパ、いつまでおはなししてるの? はやくママのところにもどろ?」
「……スーシャ」
可愛らしくねだるスーシャだが、なぜかアグロスは気まずそうな表情を浮かべていた。
トモヤは助け船を出すことにする。
「大丈夫だ、行ってもらって。話はまた後でもできるから」
だが、そう言ってもアグロスの表情は変わらなかった。
「ああ、いや、そうではなくて。この子の母親は、今この町にいないのだ。もともと私とこの子はここから遠く離れた町で暮らしていて、用事でデッケにきていただけでな。だからこの子のいう母親のところとは、そっちの町のことで」
「なるほど」
ならば、今すぐに母親のもとに行くというわけにはいかないだろう。
少なくとも、この町の今後の方針について決めるまでは。
アグロス達には、それに携わる義務がある。
そして、それこそがトモヤの望む――
「スーシャ、今は大切な話をしているんだ。少しだけ、静かにできるかな?」
「? ママのところ、もどらないの?」
「それも含めての話だよ……さて、話を中断したようですまなかった。とはいえ、魔王軍に関して私達から伝えられることは今ので全部だ。次にこの町の復興について話し合いたいのだが……」
アグロスはそこで少し間をとると、覚悟を決めた表情になりトモヤの方を向く。
「恥を忍んでお願いしたいことがある」
「お願い?」
「ああ。私達が貴方がたを襲ったことについてだ。本来ならば、その罪を贖うためには私達の命をも差し出さねばならないだろう。貴方がたが命を奪うのが心苦しいというのなら、それに値するだけの罰でも受け入れよう。だが、少しだけ罰を待ってもらいたいのだ」
「…………」
「魔王軍に襲われ、町を破壊され、数々の仲間たちの命が奪われていく横で生き延びた私達には、この町を元の姿に蘇らせる義務がある。それを成し遂げた後ならば、どんな罰でも受け入れよう。だから……だから、その時までどうか、待っていただけないだろうか?」
言い終えると、アグロスは力強く頭を下げた。
周りにいる他の者達も、続けて頭を下げる。
きっと、事前に話し合い決めていたことなのだろう。
そんな彼らの覚悟を見て。
トモヤはリーネやシアと視線を交わし頷きあった後、彼らに向けて告げる。
「元から、そのつもりだった」
「……え?」
「俺が貴方達に求めるつもりだった贖罪は、この町の復興に身を尽くすことだ。元から命を奪おうだとか、不要な罰を求めるつもりはなかった」
そう、それこそがトモヤの望むことでもあった。
トモヤが本気を出せば、壊れた建物や街並みも全て元通りにすることができるだろう。
だが、それでは駄目なのだ。命に危機が迫る時ならばともかく、何もかもをトモヤが手助けする訳にはいかない。
他人に頼ることしかできなくなった者は、瞬く間に衰えてしまう。トモヤはこの町を、そんな風にはしたくなかった。
それに何より、傷付いた人々の心を癒せるのはトモヤではなく、彼女達と長い時間を過ごしてきた者達だけだから。
トモヤの言葉に込められたそんな思いの数々をアグロス達も理解できたのだろう、彼らは目に涙を溜めながら頭を下げた。
「感謝する! 本当に……本当に、ありがとう!」
その感謝の言葉をトモヤは静かに受け止める。
アグロス達も分かっているはずだ。
彼らにとって本当の困難は、これから待ち受けているということを。
さらには罪の意識を背負って生きていかねばならないことも。
だからこそトモヤにできることは、彼らの未来に心からの贖罪が訪れることを願うことだけだった。
そうして話し合いは終わり、全員がその結果に納得する――
「パパ、ママのところにかえらないの? どうして? やだよ、ママに会いたいよ!」
――中で、スーシャだけは反論の意志を示した。
細かい部分はともかく、父親がこの町に暫く残り続けることになったということは理解できたのだろう。
「スーシャ、それはできないんだ。パパはもう少しだけここにいなくちゃいけない。やるべきことがあるんだ」
「でも、やだ! だったら、スーシャだけ先にママのところに戻るもん!」
「……スーシャ」
娘の言葉に、アグロスは困ったようにうろたえるだけだった。
あれほどの事件があった後だ、スーシャのような幼い子供が母親に会いたいと思うのは仕方ないことだろう。
だが、肝心のアグロスがこの町から離れることはできない。やるべきことが残っているから。
だからといって当然、スーシャが一人で別の町まで行くというのも危険すぎるため許可できない。
そう説明しても、スーシャが諦めることはなかった。
適当な妥協点が見つからないという状況の中、トモヤはふっと息を吐いた。
「なあ、アグロス。その子の母親はどこにいるんだ?」
「ミリャ……スーシャの母親なら、ここから南に馬車で30日ほどかかる場所にあるプティモという町にいる。さすがに私がミリャのもとに送り届けた後、ここに戻ってくるという訳にもいくまい」
「詳しい位置を教えてくれ」
「あ、ああ」
トモヤが異空庫から中央大陸の地図を取り出し広げると、アグロスはプティモがある場所を指差す。
どうやら中央大陸の中心から少し右にずれた位置にある町らしい。
もともとトモヤ達は大陸の東部を沿うようにして南大陸に向かうつもりだったため、そこを通る予定はなかった。
だけど……
「……仕方ないか」
「?」
その小さな呟きに、そばにいるルナリアが不思議そうな表情でトモヤを見上げる。
ルナリアの頭に手をぽんっと乗せた後、トモヤはリーネとシアに視線を向ける。
「リーネ、シア。少し予定が変わるが、こっちのルートから行くってことでいいか?」
「もちろんだ」
「うん、構わない」
二人の許可を貰ったところで、最後にまだ状況を把握していない少女に向けて。
「ルナ」
「なに、トモヤ?」
「同行人が一人増えることになるけど、大丈夫か?」
「……! うんっ」
トモヤの意図を理解したルナリアが、力強く頷いてくれる。
これで全員からの賛同を受けることができた。
そして、トモヤはアグロスに向けて提案する。
「アグロス、その子についてなんだが、プティモまで俺達がついていこうと思うんだが」
「ッ、本当か?」
その提案に最初は驚きつつも、やがてアグロスとスーシャは受け入れた。
そしてこの選択こそが、後にトモヤとルナリア――そして“彼”と“彼女”の運命を大きく変えることになることを。
この時はまだ、誰も知る由がなかった。
◇◆◇
“彼女”は、荒れ果てた大地に一人佇んでいた。
空を見上げると、底冷えするような深い闇が世界を覆っていた。
それを見ているだけで、恐怖と絶望に押しつぶされそうになる。
けど、その中で唯一、明るさを保つ存在があった。
そう、それは月。
どんな闇の中でさえ輝きを放ち、世界に光を与えてくれる。
ただ地を這うことしかできない彼女とは違う。
そんな少女がいたことを、覚えている。
彼女――テラリアは、空に瞬く輝きを眺めながら、想いを馳せ囁く。
「――――ルナ」
いつの日か失った、最愛の少女の名を。
ようやく第四章の本番です。




