100 魔王軍
「……終わったか」
ゼーレの魔力が完全に消失したことを確認し、トモヤは小さく呟いた後、剣を異空庫の中に戻す。
同時に、押し寄せてくるのは軽い頭痛と倦怠感だ。
これが終焉の剣を使った際に生じる反動。
やはり、そう多用できるものではない。
さて、気を取り直しトモヤは周囲を見渡す。
そこにいるのは、先ほどまでゼーレに操られていた女子供達だ。
彼女達の安全には気を遣っていたとはいえ、さすがに少しは不安を抱いていたトモヤだったが、
「……あれ? 僕、いままで何してたんだろ?」
「えっと、たしか私達は魔王軍の人に捕われて……」
「ねぇ! 魔王軍の人達、なぜか全員気絶してるわよ!」
見ての通り、どうやら命に別状はないようだった。
ゼーレに操られていた時の記憶もないらしく、戸惑いの表情を浮かべている。
「けど、一番うるさかった人は見当たらないわね……って、貴方は?」
ふと、その中の一人の女性が、この場には不適なトモヤの存在に気付いた。
彼女達の疑問を晴らすべく、トモヤは言う。
「俺はアグロス達の救援に応じ、貴女達を助けに来ました。教会内にいた敵は見ての通り既に気絶させています。外についてもそろそろ、っと。ちょうどですね」
話しながら、トモヤは教会に入ってくるリーネとシアの姿に気付いた。
二人はトモヤを見ると、小さく微笑みながらこくりと頷いた。
それに対してトモヤもまた頷き返し、続けて皆の視線をそちらに誘導する。
「外にいる見張りについても、彼女達が片付けてくれたので、もう心配はいりませんよ」
その言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか。
皆はしばらく呆然とした後、自分達が助かった事実を理解し一斉に歓声をあげるのだった。
「中も無事に片付いたようだな」
「お疲れ、トモヤ」
「ああ。リーネもシアも、問題なかったみたいでよかったよ。ありがとな」
「うん、どういたしましてだ」
「もっと褒めてくれていい」
期待した面持ちで身を寄せてくるシアを避け、トモヤは次に大切な行動に移ることにした。
「よし、それじゃあ外に待機してもらってるアグロス達を呼ぶか」
念話で無事に救出を終えたと伝えてから数分、急いでいる足音が外から聞こえてくる。
教会内に飛び込んできたのは、当然ながらアグロス達だった。
その中にはもちろんルナリアの姿もあり、アグロス達が自分の家族の無事を確かめる中、彼女はトモヤのもとに駆けよってくる。
「トモヤ!」
「おっと」
勢いよく飛び込んできた小さな体を受け止めると、ルナリアは顔を上げて嬉しそうに微笑む。
トモヤはそんな彼女の頭を優しく撫でる。
「悪いな、ルナ。心配かけて」
「ううん、心配なんてしてないよ。トモヤならだいじょうぶだってしってるから!」
「……そうか」
その信頼に応えられてよかった。
そう思い、トモヤはふっと笑みを零す。
「……スーシャ!」
「パパ!」
そんなトモヤ達の横では、娘の無事を確かめることができたのか、感極まったように抱擁するアグロスの姿があった。
スーシャという名の金髪の少女は、父親の胸に顔を押し付けたまま涙を流す。
緊張からの解放と、父親の姿を見て生じた安堵による涙だろう。
この光景を見ただけでも助けた甲斐がある。
そしてそれを誰より望んだ少女なら、きっと自分以上にそう感じているだろうとトモヤは思い……
「……ルナ?」
なんと表現するべきなのだろうか。
喜びに笑みを浮かべるのではなく、真剣な表情で二人を見つめるルナリアの姿がそこにはあった。
きゅうっと、無意識にか、繋がれたトモヤの手を握る力が強くなる。
そんなルナリアを見た瞬間、トモヤは言いようも知れぬ感情を抱いた。
何と声をかけるべきなのか分からない。
それでも必死にこの場に適した言葉を探していると、それを見つけるより早くルナリアが口を開いた。
「よかったね、トモヤ。みんな、助かって」
「……ああ」
「うん、ほんとに、よかった。ありがと、トモヤ」
そう呟いて、ようやく笑みを浮かべて身を寄せてくるルナリアに、結局トモヤは最後までそれ以上何も言うことができなかった。
◇◆◇
皆は無事を確かめ合った後、いつまでも休んではいられないと行動を開始した。
まずは町を占領した者達が逃げることのできないように拘束し(トモヤのスキルを利用した)、次に今回の一件で亡くなった者達の葬儀をまとめて行った。
救われた者がいる反面、確かに失われた命はあったのだ。
その後、自分の家が無事な者はひとまずそこに戻り、それ以外の者は教会に残ったままだ。
壊れた建物や路地などを含めた町の復興は、外に追放されていた男連中が戻って来てから行うらしい。
少なくとも、本格的な復興開始は数日後からになるだろう。
そこで、残されたトモヤ達は今回の件について情報を共有することとなった。
彼らが町を占領した目的は、主犯格であるゼーレが女子供の魂を取り込み自分の糧にしようとしたため。
そして彼が自らを魔王軍の精鋭と名乗ったこと。
この辺りは、意識を取り戻したゼーレの仲間にも聞き出し、確認を取ったため間違いないだろう。
ことの経緯と目的が分かった今、トモヤには気になることがあった。
「なあ、訊きたいことがあるんだけどいいか?」
その言葉に、この場にいるリーネ、シア、ルナリア、そしてアグロスを含む魔族数名がこくりと頷いた。
「魔王軍のことなんだが、聞いていた話と随分違うっていうか。今回みたいに、魔王軍が魔族の暮らす町に襲ってくるってのはよくあることなのか?」
その問いに答えたのはアグロスだった。
「無論、よくあることではない。他大陸に攻め込むならまだしも、同族である魔族を襲うならなおさらな……だが、決して過去に例がない訳ではない」
「過去にも同じようなことがあったのか。けど、よくそんなことをしておきながら、魔王軍は存続できてるんだな。普通、反抗する者達が出てきてもおかしくないと思うんだが」
「もちろん、魔王に歯向かった者も過去には存在した。中央大陸にいる魔族の精鋭が魔王討伐に向かったこともあったと聞く。だがな、それは無駄なことだったのだ。なぜなら――」
「そんな奴らは相手にならないほど、魔王が強力な存在だったから」
「――その通りだ」
トモヤの推測をアグロスは神妙な面持ちで肯定する。
だが、そうなると余計に疑問が浮かび上がってくる。
「それなら魔王は何でわざわざ町を襲ったりするんだ? 別にこの町に、魔王を脅かすほどの強者がいた訳でもない。町そのものを支配したかったのなら、そこに住む人々を皆殺しにしようとしたゼーレの行動も理解できない。なら、どうして」
「いや、それは違う。おそらく今回の襲撃に魔王は関与していないのだろう。ゼーレは自分の目的だけのために、このデッケを襲撃したのだ」
「なっ」
アグロスの推測に、トモヤは思わず目を見開いた。
本当にそうだとしたら、それはとんでもないことだ。
今回のゼーレによるデッケ襲撃は、規模としては中々のものに思える。
中央大陸の中では有数の多くの魔族が暮らす大都市を占領し、そこにいる者を皆殺しにしようとしたのだから当然だ。
もしトモヤが魔王の立場ならば、自分の部下が独断でそのようなことを行えば激しい怒りを抱き処分を下すだろう。
しかし、ゼーレの言動にこれから処分を受ける者の恐れはなかった。
それはつまり、魔王は部下の独断での行動に対し口出しするつもりがないということ。
まともな指示系統が存在しているとはとても思えない。
それでもなお、長きに渡り世界中に恐怖を齎す魔王軍という存在。
そのあまりにも歪な在り方に、トモヤは底知れぬ恐怖を感じた。
(ああ、そういえば……)
ふと、トモヤは思い出した。
思えば自分がこの世界に呼び出された理由も、魔王を討伐してほしいというものだった。
あの時は馬鹿馬鹿しいと一蹴した国王や王女の発言すら、今なら信じられる気がする。
そして召喚された時のことを思い出せば、必然的に連想される者達がいて……
「ん?」
不意に、トモヤ達が借りている一室の扉が開かれる音がした。
そちらに視線をやると、そこには一人の少女がいた。
水浴びでもして汚れを落としたためか、先ほどよりもきらきらと輝く金髪を乱雑に切り揃え、縦長の瞳孔が特徴的な目をした、ルナリアと同じ年頃の少女。
アグロスの娘、スーシャだ。




