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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
序章:空の島より
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誠実なだけではもめない4

 空は真っ暗になっていて、星がきれいだった。


「なーにやってんだか」


 フリートークの言葉が容赦なくぼくに突き刺さる。


 反省だけなら猿でもできる。

 でもいまのぼくはそのお猿さんすらできることすら放棄して、ただただ現実逃避にコミックに目を通していた。


「……」


 笑えるやつは読みたくなかった。

 初々しいバカップルのラブコメも見たくないし、ちょっとだけエッチな展開の話も読みたくなかった。


 ぼくの網膜はただ単に絵を映し出すための道具になっていて、そこに何が描いてあるかだなんてことを判別する気も起きなかった。

 その適当に開いたページのうえにフリートークがべちゃっと着地する。


「なにをするんだ」


 読めないじゃないか、と抗議の声をあげるぼくに、フリートークはやれやれと首を横に振った。


「ほんとわかりやすいやつだよ、お前さんってやつは。上下逆向きでいったい何を読んでるってんだ。だいたいよ、どうせ失敗するなら当たって砕けときゃあいいもんをよ、逃げちまうんだもん」


「そうだよ、ぼくは間抜けさ。言われなくてもわかってるさ」


 万能農業用作業ユニットなんて御大層な名前がついてるけど、どこが万能だっていうんだろう。


 ちらりと窓から下を見下ろした。


 図書塔のふもと、灯りのついたログハウスにはメルペチカさんが宿泊している。

 モームさんのほうはもともと住んでいた居住区の自宅に戻っているらしい。


「……」


 開いたページの上をフリートークに占拠されてしまったので、そのログハウスのゆらゆらと揺れる屋外灯をただぼーっと見ていた。


 そうやって時間だけがただ過ぎ去っていく。

 ぼくに必要な睡眠時間は1日1時間。普段はそのおかげでコミックなんかを読む時間を確保できているんだけど、いまだけはちょっと恨めしい。


 いったいどれくらいそうやってたんだろう。ふと、ログハウスのドアが開いた。


 屋外灯と比べて少し黄色い灯りがドアより漏れて、少女の姿が浮かびあがる。

 お風呂に入っていたようで髪が濡れているのがわかった。服装もずいぶん軽装だ。モームさんが用意した薄手のシャツと動きやすそうなズボン。


 彼女はあたりをきょろきょろと見回して地形を確認すると、一番見晴らしのいい丘のほうへと向かっていく。


「お姫様は外出のようだ」


 ぼくが黙ってその様子を見ていると、フリートークがわざわざ言ってくる。


 この島には怖い怖い夜の狼はいないけれど、野生生物はいる。

 めったに山のほうから出てくることはないけれど、確実に安全かと言われればそういうわけでもない。


「心配ならついってやればいいじゃねえかよ」


「怖がらせちゃうかもしれないじゃないか」


 ぼくの体はとても大きくて、毛むくじゃらの獣そのものだ。

 初めて会ったときに彼女が浮かべていたのも怯えだった。

 いままでモームさんやフリートークと暮らしていてそれを気にしたことはなかったけれど、しかし、ぼくの姿は獣なのだ。


「……」


 ぼくとフリートークの間には沈黙が横たわったまま、夜が更けていく。


 ――でも。


 ぼくはぶるっと震えた。

 そういえば昨日、夏は終わりを告げたのだったな、と思った。


「外、ちょっと寒いね」


「? ああ、そうだな」


「メルペチカさん、まだ戻ってきてないね」


「そうだな」


「もしかしたら外で寝ちゃっているのかな?」


「可能性は高いかもな」


「もしかしたら風邪をひいちゃうかもしれない。だったら毛布をもっていってあげないと」


「そうかいそうかい。行くなら一人で行ってきな、トカゲにはこの寒さはちと酷だからよ」


 ――ぼくの見た目がどうであれ、せめて誠実なやつになりたいと思うんだ。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 メルペチカさんはすぐに見つかった。

 雲海から現れる朝日が最も美しく見える場所で、彼女は無防備に眠っていた。


 にへら、と緩い口元。幸せそうなよだれ。シャツからこぼれたおへそさんがぼくににっこりこんにちわ。


 犬の野生はいったいどこへ?

 無防備なおへそってなんかいじりたくなっちゃうよね。

 ……いやいや、ちがう。ぼくは誠実な紳士に生まれ変わるのだ。


 うずうずする指を躾けて毛布をそっとかけてあげると「もう食べれないんよ……」と寝言をつぶやいた。

 昨日、あんなにお魚さんをむさぼったっていうのにまだ足りないというのか、この娘は。

 地平線の先には薄く雲がかかり、どこまでも昏く青々とした空が広がっていた。


「外の世界……か」


 この雲海の下に広がっている世界。メルペチカさんたちが生きている世界っていったいどんなところだろう?


「ま、考えてもしかたないんだけどね」


 だって、ぼくにインプットされた使命は、最後の人類であるモームさんを看取ることに他ならないのだ。

 他に優先すべきことなんて何もない。

 地平線のかなたより吹いてきた冷たく寂しい風が、ぼくの体をそっと通り抜けて、思わず身震いしてしまう。


「寒いな。ぼくも戻ろう」


 来た道を引き返そうとして。


「――おはよう。毛むくじゃらさん。まだおはようには早い時間かもしれんけど」


 だけど、きゅっとぼくの腕の毛をつまむものがあった。


 ぼくがおどろきで目をまるくしていると、メルペチカさんは伸びをして器用に毛布を自分にまきつけた。


「昨日はありがとう。お礼を言うのが遅れてごめんね」


 空の星々はとてもきれいで、優しく空を飾っていた。

 彼女の声はまるで風鈴の音のように空気に溶け込んで、さっき吹いた寂しい風にしみ込んできた。


「ここは素敵な場所やね。静かで……満たされている感じがするんよ。うちらの世界の夜はグールとか魔獣がやってくるからって、ぐわーって見張りがおるから。こんなに静かな夜は初めてかも」


 ぽんぽんと座るように促されたので、彼女の横にちょこんとすわる。


 数センチの空気の壁を伝って、彼女の体温を感じる。

 湯たんぽのような、芯の底からくる熱い生命力は、ぼくにも、モームさんにも、フリートークの誰にもないものだ。


「そうなのかな? ぼくはずっとここに住んでいるからわからないや。むしろ静かすぎて……退屈かな?」


 ふーん、とメルペチカさんはぼくの目を見た。

 ぼくはちょっと気恥ずかしてぷいっと横を向いてしまう。


「だったら、うちといっしょに地上に行かんかね?」


 生まれて初めて、女の子からのお誘いがありました!

 もしも、もう一歩進んで、「今日両親いないからうちにくる?」なんていうセリフだったら「はい、よろしくお願いします!」なんて即答したかもしれない。


 でも、


「……ダメだよ。モームさんは汚染された地上で生きていけないから。放っておくと餓死するか、ゴミにまみれて圧死するかの2択だし」


「そっか、残念」


 話はこれで終わりとばかりに唐突に終わりを迎えてしまった。

 いや、ここで終わっちゃいけないんだ。

 いまのぼくに必要なのは誠実さなんていう何の益体もない己を守るための盾ではなく、勇気という矛なのだ。


「メルペチカさんはどうしてその……ガーディアン?を目指したの?」


「お、聞いちゃう? 聞いちゃう? おねーさんの自慢話を聞いちゃう? そっか! じゃあ聞かせてあげるんよ!」


 グッドコミュケーション!

 彼女はピーンと耳を立てて、たぶん尻尾も嬉しそうにぶんぶん振っているんだろう、毛布がぼふぼふと蠢いていた。


「うちの村にはね、人間様が書いたっていう聖書があるんよ」


 宗教は発明だっていうけど、地上には信仰の芽がちゃんとあるらしい。

 よくよく考えてみると、神話もOhイエス!って感じだったし、やっぱりそっち系になるのかな?


「へえ、どんなやつ? 旧約? 新約? それともぜんぜん新しいやつ?」


「えっとね、いっぱい絵とセリフが描いてて、可愛い女の子が活躍するんよ!」


 絵? セリフ? 女の子?

 それってどういう――


「タイトルはね、魔法少女戦記ぷにフラ!」


 それ聖書やない! ただのマンガや!


「可愛らしいふりふりの服を着た女の子がね、敵をどったんばったん消し炭にして、世界を征服するスペクトラルストーリーなんよ! それがかっこよくて、マネしてたら魔法が使えるようになってたんよ。わお、うちってば超天才!」


 マンガってすごいね!


 よいこの諸君。

 いまから魔法少女系のアニメを見て練習してみよう。

 もしかしたら魔法が使えるかもしれないZO☆

 

「えっと、その、すごい……んだね?」


 ぼくが戸惑いながら尋ねると、彼女は「せやろ!」とぐっと親指を立ててふふんとした表情を浮かべた。

 その表情がまぶしくて、ぼくは思わず「うらやましいな」って声が漏れてしまった。


「だったら試してみる?」


「え?」


 返事をする間もなく、おでことおでこがごっつんこ。

 あわわ、顔が近い! いったいぼくは何をすれば……そうだ、この態勢を『童貞を殺すポーズ』と名付けよう!


 あまりの唐突さに珍しく冷静さを失っていると、メルペチカさんはぼくの口元をひとさし指で押さえた。


「静かに……。いま、うちが魔力を送っているのがわかる?」


「言われてみればちょっと温かい……かも?」


 何をいってるんだろうね、ぼくは。くっつているんだからそんなのは当たり前じゃないか。

 でも、


「そう、それが魔力の温かさ。きっとフルーフさんはいい魔法使いになれるんよ」


 ドキドキあるいはワクワクする心、それが魔法の原動力であると彼女は言った。


 しばらくそうやって、ぼくたちは額をくっつけあって……やがて離れた。


 世界はデタラメで満ち溢れてるって嘆く人がいる。

 でもそれって、実はネガティブなことなんかじゃなくって、ハッピーなことなんだとぼくは思う。


 平坦なリズムを刻むこの世界で、デタラメさこそがグルーヴとなってぼくらの心を躍らせるんだ。

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