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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
序章:空の島より
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多くの問題はガーッとやればなんとかなる。5

 淡い人工的な明かりに照らされた部屋、緑色の薄い光がコンピュータのディスプレイのなかで文字を映し出していた。

 部屋自体はそこそこ大きいのだけれど、コンピュータの数はそれ以上に多く、雑然としていて狭苦しさを感じる。

 もともとは多くの従業員たちで混み合う部屋だったのだろうけれど、今日はたった一匹のトカゲが鼻歌まじりにキーボードをたたいているだけだ。

 その音はどこか音楽のようでもあり、蛍光灯のジーっという電気の通る音とあわせて空虚な情景を作り出していた。

 しばらくそうやってフリートークの奏でる質素な音楽に耳を傾けていると、やがて最後にッターンと小気味いい音を立ててその手が止まった。


「どう? なにかわかったかい?」


 ぼくが尋ねると、フリートークはゆっくりと振り向いた。


「おう。何者かがダムの水門のところに侵入してるな。安全装置が働いて出水を最低限だけに制限してるみたいだな。簡単に言うと、そいつを排除すりゃあ今回のお仕事は終わりってわけだ」


 フリートークの操作にしたがって、巨大なモニターに表示されている映像がダム施設の見取り図に切り替わり、その一点が赤い点滅で表示される。


「場所はここだな。この施設の横の川を上流に向かっていけばちょうどたどり着くってところか」


「妙なエラーだとか壊れてるとかじゃなくよかった。とりあえず一安心だ」


「どうだろうな。ただの野生生物が迷いこんだにしてはちょっと動きが変な気もするが」


「おっと……それはもしかしてメインヒロインの登場を予言しているのかい? そして始まるラブロマンス。王道だね」


「場所的にはド座衛門が転がっててもおかしくねえけどな……まあいい、行ってみりゃあわかることだ」


「そだね」


 そんな会話をしながら、ぼくたちはコントロールセンターを出て、隣接されているダムに向かう。

 川は、渓流独特の大きな岩によって流れを作っていて、その流れのなかに魚を見つけることができた。

 ザーッという急流と急流がぶつかり合う音がぼくの耳朶を打つ。

 夏の長い水草が水流のなかに青々とたゆたい、ザリガニが水面越しに日向ぼっこをしているのが見えた。


「なんか体がうずうずするな。ぼくの腕が鮭をつかめと言っている。もしかしてこれって本能なのかな?」


「シロクマって鮭を食うんだっけか? ……だいたい、あれは鮭じゃねえ、ニジマスだぞ?」


 ちょっと想像してほしい。ぼくがニジマスを狩る姿を。


 ――川面を叩いて、ぴしゃっと魚をとるぼく。

 ――腕を一振りするたびに魚が宙を舞い、返り血が飛び散り、真っ白なぼくの巨体に真っ赤に染める。

 それは、かつての人類文明において『試される大地』と呼ばれた場所で、最も売り上げが多かったといわれる木像の姿。

 

「わお、超かっこいい」


「は?」


 よし決めた。

 その姿を写真におさめるのだ。そして帰ったら超かっこいい木彫りのシロクマを作ろう。


「よし、今日の晩御飯はニジマスの塩焼きだな!」


「ステーキはどうした、ビーフステーキは。モームにリクエストされてただろ」


「不条理なわがままに対してノーをつきつけるところから老人介護は始まると思うんだ。

 言うがままにならないというストレスが解決方法を考え出すために脳を動かし、解決方法を模索する。それがすなわち老後学習だってね」


「ああそうかい」


 そんな風におしゃべりを楽しみながら、川の流れに逆らう方向へと足を進めていくと、ダムの下にたどり着く。

 遥か頭上にはダムの出水口があり、まるでしょんべん小僧を思わせる見事な放物線を描いた水流が、虹を生み出してから川面へと叩きつけられていた。


 フリートークの説明だと、ここに何かしらの生物が侵入しているということだけれど……


「特に何もないね」


 大きな遮蔽物があるわけでもなく、凹凸も特にないので見逃すということもない。

 念のために小さな灌木をひっくりかえしても、いるのはサワガニや昆虫くらいのものだ。


「さっきの部屋からがめてきたタブレットにはいまだに生物の反応があるんだけどな……すでに退避したというわけでもなさそうだ」


 真っ白なタブレットを手に器用に操作するフリートークが、画面を見てうーんと首をひねる。

 ディスプレイにはこのあたりの地図らしきものと、反応を示す赤い点滅。


「壊れてるんじゃないの? それ」


「そうだとすればめんどくさいことになるが……もしかしたら幽霊でもいるのかもな。ひひひ」


「幽霊でも美少女なら大歓迎さ! でも夜にはまだ早いと思うんだ」


「ちょっと待ってな。もう一回スキャンするからよ。変な電磁波でも出てるのかねえ。ちょっと離れてろ、お前さんに反応しても面倒だ」


 言って、フリートークがしっしっとぼくを追い払うしぐさをしてタブレットを操作し始める。


「じゃあ、その間に魚つかみにでも挑戦してくるよ」


「おう、行ってこい行ってこい」


 そんなわけで、思わぬ魚つかみチャンス到来である。

 とはいえ、魚つかみなんて初体験。どうすればいいのかな?


「そうそう、こないだコミックで読んだんだっけ」


 確かあれは拳法を題材にしたアクションコミックで、修行の場面だった気がする。

 腰の曲がったおじいちゃん師匠が、川のなかの魚をつかんでいる場面があったはずだ。


 いわく、静かな水面のような心をもってすれば、水面を流れる一枚の落ち葉に乗ることもたやすいという。いわんや、水中の魚に気付かれずに触れることなどお茶の子さいさい。それすなわち明鏡止水の心。


 ……あれ? なんか違うような?

 

 まあいいや。つまりその明鏡なんちゃらを身に着ければきっと大丈夫なのだ。


「で、どうやったらその明鏡止水とやらはどうすればいいんだろう?」


 たしか……精神の集中だとかそんなことだったような……。

 

 まずは目をつむってみる。こういうのは形から入ってみるのが大事だよね。


 真っ暗になったぼくの視界。

 川のせせらぎがぼくの思考に流れるようなリズムを生み出し、木々を抜けてきた風が力を抜いた体をそっと揺らす。


 この風はどこからきたのだろう?


 ふと眼を開けて空を見ると風に揺られるように雲がぐぐっと動いていた。ただまっすぐに空を見ていると大地が動いているような、まるで星という船に乗っているような気分になってくる。


 天空島は地上から切り離されたところにあるけれど、それでもここもまた地球の一部なのだ。そして、この星は人工物であるぼくにさえも平等に接してくれるだけの鷹揚さがあって、人間が滅亡することすらも大したことのないように今日も元気に回り続け――


『ポッポー! 計測終了! ポッポー!』


「うひょー! すっげー数値が出やがった。まじでこれバグってんじゃねーの!?」


 ……フリートークである。

 ポッポーというのはタブレットのアラームだったらしい。計測終了を告げた後もずっと『ポッポー』と鳴り続けてて超うるさい。


 いや、心を乱してはならない。こんなことで心を揺らしてしまうのは未熟な証なのだ。

 例えるならば、登校時に女の子にぶつかって、偶然手がおっぱいを揉みしだいても動揺しない心を作らなければならないのだ。


 なので、ぼくはもう一度目を閉じて……


「わーお。うはは、こいつはすげえ、まったくこいつはどうなってんだ。しゃあねえな、もっかい計測するか」


 なので、ぼくはもう一度目を閉じて……っ!


『ポッポー! ポッポー!』


「うっひょぅ! こいつはほんとにバグってやがるぜ!」


『ポッポー! ポッポー!』


「あー、もう。うるさいな! こっちは魚をつかむために集中してるんだから、静かにしてよ!」


「おっと、すまんすまん。わかったから、そんなでかい声出すんじゃねえよ。もっかい測りなおすからもうちょいと待ってくれ」


 わかってない。絶対に反省してない。

 遠くにいる銀色のトカゲの姿をここから確認することはできないけれど、絶対に、間違いなく、反省してない。

 

「まったくもう! なんか、いろいろ台無しじゃないか……うーん、結局いまいちわかんないな。とりあえず試してみるか」


 明鏡止水はあきらめて、まずチャレンジ。トライアンドエラーってお手軽で万能な習熟方法だよね。


 川のなかの魚を狙って腕を突っ込んでみる。

 思っていたよりも抵抗なく、すいっと水中に侵入したぼくの腕は、無防備に泳いでいた魚のお腹をとらえ、青空の下に引きずり出すことに成功した。


「お」


 陸に打ち上げられた魚が、ぴちぴちと砂利の川縁で跳ねた。


「なんと、ぼくはすでに明鏡止水の境地に達していたというのか」


 おっと、本気で言ってるわけじゃないよ?

 襲われることに慣れていないってことに起因するのはわかっている。いわゆるスレてないってやつだ。

 

 さらにもう一回。すると、

 

「スレてないって言っても、君たちはちょっと無防備すぎるんじゃないかな……」


 って心配しちゃうくらいにつかみ取れてしまう。

 いや、ぼくのほうはそれでいいんだけれど、君たちには野生のプライドっていうものがないのかって、小一時間問いただしたい。


「なんか楽しくなってきちゃったぞ。お魚つかみ取り大会ってこんな気分だったのかな」


 警戒することを知らない無垢な獲物は、ぼくの魔の手によって次々と空中に放り出されていく。

 ばちゃん、ぴちぴち。ばちゃん、ぴちぴち。

 ひゃっはー、いまのぼくはプレデターなのだ!


「……って」


 ふと我に返る。

 いつのまにか、岩の上にはぼくとモームさんだけで食べきれるかどうか怪しいほどの数のお魚さんの山ができていた。

 資源を大切に。乱獲よくない。


「よし、次のを最後にして、フリートークのところに戻るか」

 

 とっちゃったものは仕方ないよね。

 気を取り直し、ぐっと伸びをして、水面をじっと観察する。


 水の中を気持ちよさそうに泳ぐニジマスたち。

 間抜けな面構え。そのなかでもメタボリックなお腹をもつ君に決めた!


「ええい!」


 腕で直接ねらうのではなく、水ごと川辺にたたき出すように。

 水しぶきを盛大にまき散らし、放物線を描いて宙を舞う姿は健康的な天然物のきらめきそのものある。


 ああ、夏だな!


 ――と思ったそのときだった。


 べちん。


「きゃ」


 間抜け面のお魚さんはその落下の途中で、何かにぶつかったように弾かれて落ちた。


「……きゃ?」


 川のほうへと弾かれたお魚さんは、川べりに落ちて二度三度と飛び跳ねると川のなかへと戻っていった。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 ぼくのほうはというと、その弾かれたあたりを凝視していた。


 水が空中にたまっていた。

 ふよふよとまるで無重力空間のなかのように、透明の水が空中をたゆたっている。


 おかしいね。無重力じゃないのに水が空を漂うなんて。


「……」


 でも、このまま不思議を放っておくことなんてできるだろうか?

 ぼくはおっかなびっくり、その水滴をつついてみることにした。


「ひゃん!」


 女の子の声とセットで柔らかい肉の感触。

 マシュマロを思わせるしっとりとした、ほのかな熱を持ったその手触り。


 ワン・モア・トライ。


「ひゃぁっ……ん……」


 間違いない。

 この質感。この反応――


「これはもしかして……おっぱい!?」


 テンション上がってきた!


 相手が幽霊?

 そんなの関係ないね!

 だって見えないけれど、ここに確かにおっぱいがあるのだ。

 10年という歳月をかさねながら一度も触れることのなかった神聖なる母性の象徴が、いままさに不可視という神性でもってここに降臨なされたのである。

いまのぼくに崇高な課された使命とは、このおっぱい(推定)を思い切りもみしだくことにほかならぬ。


 もみもみ。


「ちょ……やめ……」


 もみもみ。もみもみ。もみもみ。


 考えてみると、これってすごい都合がいいな。相手が人間だったらセクハラだけど、幽霊に人権はないからね。

 

 幽霊万歳!

 

「あー! もう! やめてって言ってるんよ!」


 でも、無限にも思えた肉のフェスティバルは唐突に終わりを告げた。

 叫び声とともに中空から溶け出すように人影が現れたのだ。


「うわわ、ほんとに幽霊が出た!?」


 何もない場所から現れたのは一人の少女だった。


 金髪碧眼。

 背丈はぼくの腰元くらいだけど、顔つきから判断するなら年齢はぼくよりも上だろうか。

 忘れているかもしれないから言っておくけど、ぼくは10歳なので、それよりもちょっとお姉さんな彼女は多分18歳くらい。

 ちょっと田舎くさい感じのくすんだ赤いケープをまとい、動きやすそうなズボンを履いている。その腰のベルトには猟友会を思わせるようなずんぐりとした長銃と、取り回しのしやすそうな薄い黄金色をした槍。

 そして少し魚臭い液体がついた頭。

 ぷんぷん、とほほを膨らませた顔で、「幽霊じゃないよ!」って抗議してくるけれど、もともとの顔がおっとりしているのであんまり怖くなかった。


 と、ここまでは普通の可愛い女の子。


 その頭にちょこんと乗っているのは犬のような形状の耳。

 そして腰で揺れているのはふっさふさの秋田犬のような尻尾。


 でも、そんなことはぼくにとっては些細なことだ。

 だってさ、ここに女の子がいるんだもの!


「ヤッター女の子だ。イエーイ!!!」


 ぼくははしゃいだ。

 こんなにはしゃぐのはいったいどれくらいぶりだろう。もしかすると生まれて初めてかもしれない。

 心の奥底から熱い感動がこみあげてきて思わず口から出てきてしまう。


 明鏡止水? はは、面白いことを言うね。人生に必要なのはマグマのように熱く燃え滾る情熱なんだ。


 犬耳? しっぽ? それがいったいなんだというんだ。

 だってここにいるのは、ずっとぼくが会いたいって夢見ていた女の子なんだ!

                

 ――ちなみに、ぼくが揉んでいたのは二の腕でした。


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