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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
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ぼくはおっぱいがもみたい 3

 グールでできた(まゆ)を割って生まれたソレは、単純に言うと大きなグールだった。

 とは言っても、その大きさときたら2階建ての家よりも大きい。


 向きあうと、改めてその巨体の威容がわかる。

 全身を包む真っ黒の毛は、グールのものよりも遥かに防御性能が高そうだし、蜘蛛のように異様な並びの4対の目はびっくりするくらいの悪役っぽさ。

 口を開くと、にちゃあっとした腐臭が空気中にただよう。

 生理的な不快感を凝縮している感じで、満を持して現れたボスとしてはなかなかわかりやすいセンスをしてると思う。


「アィィィィ……」


 生まれ出たグールは(まゆ)からずるりと出てくると、ぼくを一瞥し、その大きな口を空へ向け、


 ――カッ


「ひゃっ!」


 口腔の奥から放たれたのは、目が潰れるような眩しい白光する火球だった。

 その火球は空を一直線に飛んでいって、向こうのほうにある遠い山に着弾し、ずどーんと山頂を消し飛ばした。

 遅れて轟雷のような音が耳朶を打ち、さらに後に暖かい突風が吹いた。

 

「え……」


 いま目の前で起こったことが信じられないといわんばかりに、ミラが目をこする。


 巨大グールはミラの反応に満足したのかのように、にちゃあっと邪悪な笑みを浮かべ、ぼくと向き合った。


 いまのはきっと威嚇行為だったのだろう。

 愚かにもグールという名の絶望に挑もうとする生物に対する、心を(くじ)くための威嚇。


「君はずいぶんと大きいね。でも、あんまり大きいと皆に怖がられるよ?」


 でも、そんなことよりも、自分より背丈のある者に見下ろされるのが斬新で、ぼくは少し笑ってしまった。


 ぼくの言葉に挑発の気配を感じたのか、それとも怯えないことにいらついたのか。

 巨大グールは憤怒の表情でぼくを見下ろし、その口腔から再度火球を――


「ィィィッィッ!」

 ――カッ


「えい」

 べしっ。


「アィ?」

 

 巨大グールが放った火球は、ぼくが(はた)くと霧散して消え、彼は首をかしげた。

 あ。ちょっと可愛いかも。

 

 何が起こったかわからない、とでも言いたげな巨大グールは少し考えると、やがて、ずーんずーんと重い足音を響かせて、今度はぼくを握りつぶそうと手を伸ばす。


 黒い毛むくじゃらの大きな手は、ぼくの胴体よりも少し小さい程度。

 ぼくはその腕と、全身で抱き着くように組み合うと、


「ぬーんっ!」

「ィィィィィィィィっ!!!!」


 一瞬の拮抗すらしなかった。

 巨大グールの指は、ぼくの敵たるを示すこともなく、無残にも折れ、千切れ、断面から真っ黒な体液が吹き出し地面を濡らした。


「ィィィィィィィィっ!?」


 痛覚があるのか巨大グールは大地を転げまわり、振動がステージの基礎を浮かせる。

 ステージの横に設置されていたテントがめきめきと音を立てて下敷きになって、巨大グールの大きな口からは悲鳴が上げる。

 

 先ほどまでの、魔王を思わせる威風堂々とした姿はどこにもなく、ぼくが一歩踏みだすたびに地面を這いずり逃げ回るその姿はいっそ惨めにも見えた。

 

 やがて、千切れた腕の断片から、真っ黒な繊維がで内側からウネウネと盛り上がって元通りになり、さっきのは何かの間違いだ、とでも言いたげに巨大グールはもう一度、ぼくに向かって手を伸ばしてきて――

 

「ぬーんっ!」

「ィィィィィィィィっ!?!?」

 

 また千切った。

 どったんばったんと暴れる姿はまるでだだっこ。赤ん坊のようだ。

 その芯の通った甲高い悲鳴は付近のみならず、数キロ先まで鳴り響き、


「ア?」


 その悲鳴を聞いた周囲のグールたちが、ブレーカーの電源を落としたように一斉にピタッと動きを停止させた。


 ☆


 不意に訪れた不気味な静寂のなか、巨大グールはぼくに背中を見せて逃げ、大きく距離を取る。

 そして、その大きな口を空に向かって開き、


「――アッアアッアアッアアアア」


 それまでは意味のない(わめ)きでしかなかったものが、何かしらの法則性に(もと)づいた韻を踏み始める。


「歌?」


 不吉さを凝縮したような響きが、静かになった空に響く。


「「アッアアッアアッアアアア」」


 巨大グールの醜態(しゅうたい)にぽかんとしていた周囲のグールたちが、真似をするように、同じ韻を踏み始めた。

 空気が邪悪な響きに汚染されていく。


「「「アッアアッアアッアアアア」」」


 グールたちの歌はだんだんと伝播し、いつしか大合唱となっていく。

 周囲にいるグールだけではなく、遠くにいた街壁にとりついていたグールさえもその手を止めて、人の心をくじくために歌いだす。


「「「アァッァア」」」


 歌は唐突に終わりを迎えた。

 くたり、と一斉にグールたちが崩れ落ち、口から真っ黒な泥濘のようなとろみのある液体が漏れ出す。


 液体は破裂すると、飛沫(しぶき)となって宙へと放出され、黒い点が、(はえ)の大群のように空を覆い尽くす。

 

 黒い飛沫は渡り鳥の群れのように空をうねり、やがて目標物を見つけたように一方向に向かう。

 その先には――巨大グール。


 新鮮な空気を吸い込むように、巨大グールは手を広げて飛沫を迎え入れる。


「うぐっ」


 ミラが吐き気に口を押さえる。


 グールたちからあふれ出た悪意が巨大グールに食われていく。

 それは口だけではなく、腕で、足で、身体全体で。

 表皮がぽこぽこと泡立ち、大きく膨れ上がる。

 巨大グールが集積される悪意に恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる。


 そして――


「アィィィィ……」


 いったいどれだけの数のグールたちが吸収されたのか。その背丈はもはや高層ビルほどの高さに成長していた。


 角もさらにまがまがしくねじ曲がり、生者を睨み付けるための眼は、気の弱い者であれば視線だけで息の根を止めることができるであろう悪意に満ち溢れ。

 やがて最後の一滴を吸収しきった巨大グールは、愉悦(ゆえつ)の声をあげた。


「アィィィィィィィィアィィィィィィィィ」


 笑うために開けられた口の端から、質量を持った吐息が漏れる。

 そんな、どこか不適な笑いのようにも聞こえる悪魔の声に、ぼくも獰猛(どうもう)な笑みで返した。


「それが君の本気というわけか」


「アィアィィィ!」


 そうだ、と言わんばかりに巨大グールの口腔に明かりが灯る。

 その輝きは、先ほどの山頂を吹き飛ばしたものよりもさらに(まぶ)しい。

 ――だけど、その光が自分を害するほどのものでないことも、同時に理解していた。

 

 とはいえ、もしも街のほうに吐き出されたら惨事(さんじ)になるのも事実。

 なのでぼくはひとつだけギアを上げることにした。


 ぼくは農業用作業ユニットだ。

 農作業作業ユニットの枠に収まりきらないほどの力を持っていても。”元がなんのために造られたのであれ”人間さんが、そうあって欲しいと願ったから。


 ――でも、いまは。

 体の中のどこかでカチリと何かが起動した。

 

「あの……フルーフさん? なんかすっごい青いんですけど、大丈夫です?」


「え? かっこよくない?」


 あふれんばかりのエネルギーが体の底から湧いて出る。

 余剰エネルギーがぼくの毛を根本(ねもと)から青く発光させ、漫画の主人公がまとうオーラのように周囲を照らす。

 

「……アィィィィィイィィィィィ!!!!」


 巨大グールが巨大な火球を吐き出す。


「オオオオオオオっ!」

 

 同時にぼくも地面を蹴った。


 火球に向かってまっすぐ。

 なぜなら、その先に巨大グールの顔があるのだから。


 山を吹き飛ばし、なお余りある熱量すらもぼくの肉体を焼くことはできない。


「ィ?」


 火球を吹き散らしきったとき、ぼくの目の前には巨大グールの顔があった。


 その表情は驚愕に固まっていて、


「オオオオオオッ!!」


 ――次の瞬間、ぼくの拳は巨大グールの顔面に、風穴を開けていた。

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