ぼくはおっぱいがもみたい 2
力がみなぎる。
ぼくは人間さんのために生み出された人工生物だ。でもいまは、その役目から外れて戦おうとしている。
ミラが震える手でぼくの背中の毛をぎゅっと握る。
「怖い?」
「正直に言っちゃうと、ちょっと怖いです」
たくさんのグールが押し寄せてきていた。
できそこないのクローンのように、まったく同じ姿形をした黒い獣たちがお祭り会場を、わが物顔で蹂躙しているのを見て、ぼくは心の高ぶりを大きく長く、口から放り出した。
「ッオオオオオオオオオオオ!」
長いあいだ、閉塞された天空の島のなかで眠りつづけていて、起きることのなかった闘争心が、ほんのちょっとだけ顔を出す。
グールたちは、たった二人のぼくたちを相手にするよりも、工業地帯にいるたくさんの人たちのほうをに興味があるようで、目もくれずに大橋のをほうを目指しているようだった。
そんないけずな群れに向かって、ぼくはとんっと、軽く大地を蹴った。できるだけ道路に負荷のかからないように、優しく。
「おりゃあっ!」
ずんっとした踏み込みと同時に、ぼくの白い毛に覆われた腕は、先頭にいたグールの頭をずどん、と貫いた。
頭部が風船のように破裂し、それだけでは飽き足らず、首から上のなくなったグールの肉体はぐるりんと縦に五回転して、地面に突き刺ささり、その数秒後にグールの残骸である白い粉が空中にふわりと舞い、風に吹き散らされていった。
「――なるほど」
ぼくは一度息を吐くと、周囲を見回した。
さっきまでぼくたちに興味がなかったグールの群れは、一様に凍りついたように足を止め、赤い目をぼくに向けていた。
爛々と輝く無数の赤い輝きが示す感情はたったひとつ……。
「これが敵意か。なかなか刺激的じゃないか」
「「「アアアアアァァァアアッッ!!!」」」
ぼくの軽口を皮切りに、怒り狂ったかのようなグールが雪崩のように襲いかかってくる。
仲間の重みで潰されようが、ぼくを殺せさえすればよいとでも言わんばかりに一塊になって、押し寄せてくる。
握った拳に力を込める。
ぎゅっと固められた拳から収まりきらなかった力が外に漏れて、空中にピリッと帯電した。
「オオオオオオオオオオオオオオっ!」
その拳を感情のままに一番前にいたグールの胸に叩き込む。
――大地が揺れた。
ミサイルの爆発にも匹敵するような音がして、直撃したグールは赤熱化し、爆散した。のみならず、衝撃は更に後ろにいたグールたちを巻き込んで、牙を剥く。
全身を覆う毛、筋肉、内臓、骨。グールを構成する全てのものがぼくの拳と空気に押しつぶされてぐちゃぐちゃに四散していく。
自分でも驚くほどの暴虐の嵐が駆け抜けた後、一直線上にいたグールたちはその姿をチリと変え、黒い体液がびちゃびちゃと降り注ぎ、大地が斑模様に染まった。
「……ぉー」
予想外な威力。
いままで農作業ばっかりで、本気なんて出したことなかったんだけど、これってすごくない?
「見た!? 見た!? いまのすごくない!? 超クール!」
いまのって魔法だよね!?
オレTUEEEのラノベ主人公みたいだったよね!?
ふひひっ、この戦いが終わったらおっぱいの大きなお姉さんにもみくちゃにされちゃったりして!
そうだそうだ。そうなるに違いない。
気分はすでにチート&ハーレムの主人公!
「ねえ、ミラはどう思う? ……あれ? ミラ?」
返答がないので不審に思って背中を見ると、
「……きゅー」
「あれー?」
目を回しているミラの頭に斜め45度でチョップ。
「ぐえー、……はっ、ここは!?
えへへ、どうもすいません。ちょっと寝ちゃってたようです。
……わーお、見てください。真っ白です。綺麗です。お花畑みたいで、花丸ナンバーワンですよ! この調子で残りもやっちゃいましょうっ!」
ミラの言うとおり、近くにいたグールは退治したけれど、まだまだ向こうの方にはグールたちの群れがいっぱい残っている。
半分も減ってないんじゃないかな? というか、見ている間にも増えてる気がする。
低空を飛行していた鳥が地面に叩き落とされて、グールに変化した。それどころか、たぶん蟻か何かが踏みつぶされているからかな? 地面から生えてくるようにして増殖していく。
「いやん。あの子たちってちょっと非常識すぎない?」
「フルーフさんが言います? それ」
「まるで、ぼくに常識がないような言い方はやめていただきたい」
「そう言ってるんですけど」
わーおー。なんてこったい。
これは是が非でも誤解を解かねばならぬ。
どうやってって? うーん……
ぼくはちょっとだけ考えて、「めっちゃいいこと思いついた!」と、ぽんっと手を打った。
「アレを全滅させたら比較対象がなくなって、非常識と言われることがなくなるのではなかろうか」
「素敵に非常識な回答ありがとうございます。
でも、いいですね。それでいきましょう」
ミラの同意も得たところで、改めてグールたちに立ち向かう。
パリッパリッと、ぼくの肉体から空気中に漏れ出たエネルギーが、青く火花を散らして耳に心地がいい。
「アアァ……ァア……」
恐れを知らぬはずのグールたちは、初めて感情を思い出したかのように、ぼくが一歩踏み出すたびに、びくっと体を強張らせて後ずさり。
一歩。
「アアァ……ァア……」&後ずさり。
一歩。
「アアァ……ァア……」&後ずさり。
あれ? これってキリなくない?
にらみ合いのような状況で、ぼくたちはグールの発生源の方へと向かう。倒してないのにずんずんと進むものだから、グールたちの密度はどんどん増していく。
あんまりにもたくさんの視線に注目されるもんだから、有名人になった気分になってきちゃう。
やがて、
「おや、なんかでっかいのが出てきたぞ」
そんな状況を打破すべく現れたのは、ほかのグールよりもひときわ大きいグールだった。
大きさはぼくとほぼ同程度。
足を止めたグールたちの群集のなかを、偉い人のように闊歩し、ぼくの姿を見止めると空に向かって咆哮をあげた。
「オアアアアアァァァアアッッ!!!」
「……」
それは憎しみか、あるいは慟哭か。
大きなグールは空気を切り裂くような耳障りな大音量を上げ、対峙するぼくは、静かに地面に落ちていた石を拾い上げた。
ひとしきり叫び終わり、ずん、ずんと大きな足音を立てながら迫りくる大きなグール。
ミラが緊張に唾を飲む音が聞こえた。彼女はトントンとぼくの背中を叩き、緊張した声で、
「フルーフさん、あれはリブルグールです。気をつけ――」
「っそぉーい!!」
こっぱみじんこ!
ぼくのマジカル投石をくらったリブルグールは爆発四散した。
魔法ってすごいね。そのへんにあった石(約200キログラム)を投げつけるだけで、あんなに威力が出るんだもの。
「やった! 勝った! 大勝利!」
「……ワーイ」
☆
せっかく魔法を使えるようになったので、そこらにある石を適当に投げつけながらグールたちがいっぱいいる方向を選んで進んでいく。
その様子を見て、背中のミラが、
「あ、あわわ。地面が、隕石が落ちたようにデコボコな風景になっていくのです」
「はは。ミラってば大げさだな。
隕石なんて落ちちゃったら、街が壊滅どころか氷河期がきちゃうからね? それにちゃんと道路は避けてるからだいじょぶだいじょぶ。
あ、そういえばなんだけど。魔法ってMPとか消費してるのかな?」
「MPってなんです?」
「マジックパワーだったかマインドパワーだったと思う。精神力みたいな感じ?
人間さんの創作物のなかだと魔法を使うと減っていくものっていうのが一般的なんだけど」
「なるほど道理で。それならわたしの精神力が絶賛ガリガリと削られていますよ」
その返答を聞いて、ぼくはちょっと感動した。
だって、あんな無愛想だった少女だったのに。
「ミラってジョークを言うようになったんだね」
「そういうフルーフさんは出会ったときからジョークばっかりですよね」
「はは、ナイスジョーク!」
「……」
よーし。今度はあっちの群れに、このちょっと大きい石を投げつけるぞー。って思ったときだった。
「ヒ……」
「ひ?」
「「「ヒィィィィッッッ!!!」」」
グールたちが急に踵を返して、一斉に一方向に駈け出した。
「あ、逃げた」
「グールが逃走するって、生まれて初めて聞いた気がします」
足並みを揃えてまったく同じ方向を目指している姿は、逃走というよりは撤退に近い。
いままで理性を感じなかった彼らの姿に、初めて意思を見たような気がした。
向かう先は、昨日の夜にステージの設営をお手伝いしていた、優しいおじさんが夢を語ってくれた場所だ。
ぼくがえっちらおっちら物を運んだり積み上げたりした、夢や希望がたくさんあった場所。
でもいまは、見る影もなくなってしまって、真っ黒な柱が建っていた。
表面にはネジ曲がった縄のような模様があり、蠢きながら少しずつ大きくなっているような気がする。
「なんだろ、あれ? グールでできた塔?」
よく見ると、縄のように見えたのはグールたちの四肢。
地上と柱の接合部では、なんともおぞましい光景が繰り広げられていた。グールたちは柱に触れるとどろりと溶けて、柱の材料としてその身を捧げていく。
そこに苦悶の表情はなく、礼拝者のような規則正しい敬虔さでもって柱に吸収されていく姿は宗教儀式にも似ている。
その頂上に。
「……イィィ」
グールとは全く異質の黒い影が唸っていた。
質量をまったく感じさせない、存在感の希薄なシルエットは、どこか剽軽さすら感じさせる。
皇帝が玉座から下郎を見下すかのような態度で、ぼくを睥睨、観察していた”それ”は、ぼくたちが充分に近づいてくるのを見ると、
「アアアアイイイイィィィッッ!!」
叫び声と同時に柱がぐにょりと揺れた。
それまで規則正しく並んでいたグールたちが、慌てたように、吸収されるために柱に飛び込んでいく。
見ている間にも、グールの生み出した黒い柱は、怨嗟をこねくり回すようにグールたちを吸収し、大きくなっていく。
いや、あれは柱ではない。繭だ。
繭のなかで、邪悪な何かが息づいていた。
「ミラ、あれは?」
「すいません。わかんないです」
――そして、柱に亀裂が走った。
表面を引き裂いたのは、ぼくすらもすっぽりと包めそうなほど大きな手。
真っ黒で鋭利な爪が、甘栗の皮を割るように、表面を一直線に引き裂いていく。
黒い繭を割って生まれたソレは、グールと同じように全身が真っ黒の毛に覆われているが、それよりも遥かに防御性能が高そうな太さの剛毛で覆われていた。
「ィィィ……」
柱の頂点にいたシルエットが、泥に沈み込むようにそれの頭部へと消えていく。
完全に沈み込もうという直前、シルエットはぼくに向けて挑戦的な笑みを浮かべたように見えた。
同時に、それの目に真っ赤な光が灯る。
憎悪や嫉妬といった感情を燃料にしたかのような、吐き気をもよおす美しい赤。
「アィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」
膨れ上がった筋肉はどこかまがまがしく、口はぼくさえも丸のみに出来そうなほどに裂けていた。
目の赤さは変わらないが、蜘蛛のように異様な並びで4つ。捩れた角が1対なのはグールと変わらないけど、その大きさは桁違い。
「ほんとグールってなんなんだろね?
なんか色々と常識外すぎて、科学の使徒――常識の体現者たるぼくとしてはげんなりしてしちゃうんだけど」
ぼくがこの地上世界に降りてもっとも思い知ったのは、この世界は理不尽に満ち溢れているってことで、その代表がグールっていう存在だ。
ゲームに出てくるようなゾンビどころじゃない増え方するし、質量の法則は守らないし、死んだらブドウ糖になるし。ほんと意味わかんないっ!
でも、
「なんかよくわかりませんが……」
「わかりませんが?」
「やっちゃいましょう! ごーごー!」
理不尽さにかけては、うちのちっちゃな勇者さまだって負けちゃいない。




