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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
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ぼくはおっぱいがもみたい 1

 勇者だから剣を抜くのか、それとも剣を抜くと勇者になるのか。

 ぼくにはそのあたりはよくわからなかったけれど、広場に集まった誰もが、剣を抜いたミラをぽかーんとした表情で見ていて、ぼくは――少し悲しくなった。


 ぼくのことをアニキって呼ぶ、じゃーんじゃーんなお調子者。

 それが、ぼくが知っているガーライルさんという人だ。

 ミラが憧れるようなかっこいい人なんかじゃ、ぜんぜん、ない。


 でもいま、ミラははっきりと「ガーライルさんのようになりたい」と言った。


 たぶん、ガーライルさんはもう、この世にいないんだろう。

 ”ミラが憧れるほどにかっこいいガーライルさん”を知らないまま、お別れしてしまったと思うと、ぼくはとても居たたまれない気分になってしまったのだ。


「……イ、」


 全員の視線が集まる中、ミラが確固たる凛々しい表情で口をひらく。


 ぼくはミラの、勇者になってみんなを救いたいっていう決意を尊重したい。でも、ほかのみんなはこんな小っちゃい子にそれを任せることはできるのかな?

 でも、いまさらそんなことを言っても仕方ない。


 ここにいる全員からの刺すような視線を受けて、ミラは――



「イエーイっ!」



 ――それは見事なドヤ顔ピースサインであった。


 おかしいね。ラノベやゲームなんかだと、こういうとき、みんなを奮い立たせるような感動的な演説が始まるはずなのにね。


「無茶しやがって……」


 ほんとにね!

 リュネさんがしみじみと言うけれど、ほんとそうっ!


 あ、顔を真っ赤っかにして、ぷるぷる震えてる。

 首筋まで真っ赤にしちゃって、ミラってばそういうキャラじゃなかったよね!?


 いきなりの出来事に、広場に避難していた皆さんも完全に目が点になってらっしゃって。

 さっきまでと違う意味で、場がしーんと静まり返っちゃった!

 ああん! もう、見てらんない!


 なんとも言えない雰囲気のなか、


「……もうっ!!」


ミラは膨れっ面でぺしぺしと剣の刺さっていた祭壇を手のひらで叩いた。


「せっかく、ひとが盛り上げようとしてるのに、なんでみなさん無反応なんですか!?」


 まさかの逆切れっ!?

 わたし、激おこぷんぷんなんだからね! ってジェスチャーをしながら、ずんずんと大股でこちらのほうまで歩いてくると、ぼくの首をむんずとつかむ。


「もういいです! ちょっとグール倒してきますから! ほら、フルーフさん、いきますよ!」


「ええ!? ミラってばいつのまにそんなにアグレッシブになっちゃったのぉっ!? ……あ、みなさんお元気で!」


 大げさに(いきどお)るミラに、ぼくはずるずるー、っと引きずられて、皆さんにバイバイと手を振りながらそのまま広場から連れ出されてしまう。

 お尻で道路を掃除するってなんか新鮮だね。変な性癖に目覚めそうなんだけど。



「うまくやれました! フルーフさん、わたしってすごくないですか!?」


 誰も見えないところまでくると、ミラはぴょんと小ジャンプしながら、ぐっと見事なガッツポーズをした。


「自己採点甘すぎない!?」


「問題ありません。自己採点なんて甘くてなんぼです」


「なんか変な方向に振りきれちゃってるんだけど、ほんといったい何があったの!?」


「ふふん。

 わたしは我儘になると決めたのです。さあ、フルーフさん。ちょっくら行こうじゃないですか。わたしが勇者であなたは大君主(オーバーロード)

 ふふっ、楽しくなってきました」


「やだーっ! 恥ずかしい!」


「今朝、元気になったら何でもひとつ言うことを聞いてくれるって言いましたよね? 針千本飲ませますよ、もう!」


「確かに、なんでもって言ったけど!」


 あーん。あんなこと言うんじゃなかった!


 さらにずるずると引きずられて、大橋のバリケードに到着。

 さっきすれ違った警備隊の皆さんが、いったい何事かとぼくたちを見てきたので、片手をあげてウィンクであいさつ。


「あ、オルドモルトさん。ちゃお! お久しぶりです」


「……なにやってんだ、お前ら」


「なにって……見てわかんない?」


「……ミラちゃんにモップ代わりにひきずられてるように見えるな」


「まさしくそうさ!」


 ウィンクアンドサムズアップ!


「そうだ、じゃねーよ」

「そうだ、じゃありません」

「正直に答えたのに、なんであきれたようにため息をつくのさ!?」


 まったくもう! ほんと理不尽だよね。


「ほんと、やれやれだよ。まったく」


 ぼくは橋の先を見た。

 さっき、通り道にいたグールはだいたい蹴散らしておいたけれど、どこから湧いて出てくるのか、迫りくるグールたちは1000を超える大軍勢になっていた。


「避難民を追いかけてきたのは、お前さんがなんとかしてくれたが……まるでグールのダムだな。嫌になってくるぜ」


「安心してください。わたしたちがどうにかしますから。具体的にはフルーフさんが蹴散らしてくれます」


「なんかいつの間にか決定事項になってるんだけど、強引すぎない!?」


 うんざりとした表情を浮かべるオルドモルトさんとは対照的に、ミラさんってばやる気満々なご様子。

 剣とか棒とかを持った男の子って、ワクワクを抑えきれない表情を浮かべるよね。そんな顔。


「強引なわたしは嫌ですか?」


「嫌って言ったら?」


「嫌々でもつきあってもらいます」


 笑いながらミラが手を差し出してくる。

 その笑顔は、いままでミラがぼくに見せた作り物の笑顔ではなくて、とても魅力的で可愛らしい笑顔だった。


 ぼくは立ち上がって、ぱっぱっとお尻のごみを払う。


 ――ちょっと前、ぼくは自分が無敵だって言った。

 なぜなら、ぼくにはこの世界において()るべきものが何もない。

 社会的信用もないし、職もない。斟酌(しんしゃく)すべき人間関係もなければ、守るものすらもない。

 人間関係も、法律も、いかなるものもぼくを縛ることはできない。


「ほんともう。ミラってばどうしちゃったの?」


 ”この手を取る”っていうことは、そういったことでなくなっちゃって、ぼくが無敵じゃなくなるってこと。

 そして同時に、『人間さんのためのサポートユニット』であることをやめるってことでもある。


 ”アールノートさんってば”おおげさだよね。

 たぶん、そのことを『ぼくが死ぬ』って表現したんだろうけどさ。


「さっきね、ミラは夢ができたって言ったけどさ、ぼくにも夢があるんだ」


 ぼくは迷うことなく、ミラの手をとった。

 フリートークがここにいたら呆れて小言の一つも言うかもしれないけど、だってだって仕方ないじゃない。


「おっぱいがもみたい、ですか?」

「うん」

「うん、じゃないが」


 呆れた感じでオルドモルトさんが言う。

 ミラも呆れて、その場にいる警備隊のみなさんも呆れた。


「まったくフルーフさんは仕方ないですね。これが終わったらいくらでも、わたしのを揉ませてあげます」


「ぼくはロリコンじゃないのでノーサンキュー!

 やめてっ!? みんなそんな目でぼくを見ないで!?

 ぼくはっ! ロリコンじゃ! ないからッッ!!」


 ええい、ちくしょう。

 どうしておっぱいがもみたいって言っただけで、こんな視線に晒されなければならぬというのか。なんたる理不尽。なんたる不条理。渡る世界は鬼ばかりである。


 その主犯のミラはというと、きりりとした真面目なお顔。


「いいですか。

 民法上は結婚をしたら20歳未満でも成年として扱われるのです。勇者は亜人という種族にすべてを捧げた存在で、いわば既婚者のようなものなのです。なのでいまのわたしはロリじゃないです。セーフです。セーフ!」


「アウトだよ! どっからどう見てもお子様だから!」


 と。


 ァァァァ……


「――さて、バカやってないでそろそろいきますか」


「そだね」


 風に乗って、グールの叫び声が聞こえてきて、ぼくはミラを背に乗せた。


「オレはお前らの切り替えの速さについてけねえよ」


 オルドモルトさんの半目のツッコミが気持ちいいね。


 橋の向こう側と向き合う。

 迫りくるは血に飢えたグールたち。迎え撃つは一人と一匹。


 わお。このシチュエーションって超かっこよくない? めっちゃテンションあがってきた。

 おーしっ、やる気いっぱいバーニングファイヤー。略して”おっぱい”って感じ!


 じゃあ行こうかなっ! って思ったときだった。


「ミラ!」


 振り向くとリュネさんがいた。

 ペールエールさんとギギさんと、あと……とにかくたくさんの人!


 ミラが振り向いて、ドヤっとかっこよく親指を立てた。

 ぼくも立てた。リュネさんも、ペールエールさんもみんながみんな、同じようにして、


「イエーイ」


 って言った。


 他に言葉なんていらない。

 さっきまで”ぼくとミラ”は無敵だった。誰に頼るべくもなかったからだ。

 でも、いまは無敵じゃなくなってしまった。

 だって、こんなにもたくさんの人と心がつながっているんだもの。


 ぼくの背中にいるちっちゃな少女は、太陽のような熱を発していて、呼応するようにぼくの心も踊りだす。


 前に、ペチカは魔法を心の力だって言った。

 じゃあこの熱さが心なのかな?

 だとすれば、その象徴たる剣をもつミラはもっと熱を感じているに違いない。


 ちっちゃな勇者様が剣を空に掲げる。


「大丈夫です。わたしたちは負けません。(つら)いときにイエーイって言えるだけの理性があるから」


 ――ぼくはおっぱいがもみたい。

 みんながわはーって笑ってる幸せな世界で、おっぱいがもみたい。


 だから、『人間さんのためのサポートユニット』の役割はいったん停止。

 なぜなら、人間さんたちがぼくに知性を与えてくれた理由は、世界をほんわかぱっぱに明るくするためだって信じているから。


「いってきまーす!」


 ぼくとミラは振り向くことなく、橋を渡りきった。

 相対するは、地平線の向こうまで覆い尽くそうという邪悪な大軍勢。


 やれるかな?

 数は多いけど、たぶん大丈夫。ぜんぜん余裕!

 だってぼくたちは無敵じゃなくなっちゃったけど、どうしようもなく無敵なんだもの!

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