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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
41/47

急転直下 3

あと5話程度で完結予定です。

説明的な文書が続いていますが、どうぞ最後までお付き合いください。

『はーい! プライオリアのみんな、元気かな!? みんなのアイドル、クっロワだよー!』


 ステージの上、空中に浮かぶスピーカーから大音量で流れてきたのは底抜けに明るい声だった。

 オーディエンスから咆哮に似た歓声があがる。


 それに応えるように、スピーカーが大音量で音楽を奏で始めた。

 ポップな曲調、ドンドンという低周波が体の底を叩き、オーディエンスのボルテージはさらに上がっていく。心が期待に踊っていた。


「「クロちゃん、フォァーッフォァー!」」


『Say! Ho!』


「「フォァーッフォァー!」」


 ほぼ満席近い5000名の観衆が拳を突き上げながら、3Dホログラムで映しだされたアイドルに呼応してコールする。

 簡易的に作られたステージであるせいか、コールはまるで地鳴りのよう。

 観客は男性が多め。背広姿のひともいれば、おかしな服装の人もいるし、女性や子連れの姿も見える。

 そんな人々が口々に『クロちゃーん!』と熱狂的に叫び、周囲の温度を上げ、その光景はまさしく魂の狂騒であった。



 ……なんだこれ。


 コルトさんと話し終えたミラは、ステージの裏、いろいろな機材が設置されたブースに案内されていた。

 そこから見えるステージは異様な熱気に包まれており、怪しげな宗教儀式と言われても信じてしまいそうな狂乱が渦巻いていた。


 ブースのなかへと目を移すと、このステージをコントロールしているのだろう、ミラのうっすらとした視界の中でも、たくさんの人たちが仕事をしているのが見える。


 みんな忙しそうにしているけれど、ミラのような部外者が立ち入ってもいいのだろうか。

 ミラが逡巡していると、


「ミラちゃんおかえりじゃーん。コルトとは気が合ったじゃん?」


 そんな真面目にお仕事をしているひとたちのなか、我が物顔でくつろいでいたガーライルさんが声をかけてきた。


 休憩スペースであろうテーブルの一角を占拠した彼が、こっちにこいこいと手招きするのに応じて、ミラもちょこんと着席する。


「どうでしょうか。とりあえず、ひどい嘘を流布されているのがわかりましたが……そんなことより、この乱痴気(らんちき)騒ぎはいったい?」


 ステージの上に映し出されているのは人間文明時代の映像機器による3Dホログラムだ。

 ミラも、人間文明のアニメーションや、録画されたホログラムでアイドルが歌っているのを見たことがある。

 珍しいといえば珍しいけれど、かと言ってこれほどに熱狂しながら見るものかと言われると……。


「あの()たちは美少女アイドルユニット、パレロワレーノ。

 ユクザルクトル経済同盟のなかでもエンターテイメントに特化したラノットエンタープライズが誇るトップアイドルグループじゃん!」


「いえ、そうではなく」


 理解できないのは、そのステージ上の女の子が何か言うたびに、『クロクロー!』だとか、『ワッショイワッショイ』なんて言う観客たちのほうだ。


 ミラが呆然としている間にも、ステージの上ではクロワと呼ばれた美少女を中心に、女の子たちがわはーっとにこやかに笑いながら、歌を歌いだしていた。

 その歌に合わせて観客たちが合いの手をいれるせいで、ここまで振動が伝わってくる。

 超うるさい。


「たかだか、ホログラムでアイドルが歌ってるだけじゃないんですか。それがどうしてこんな熱狂に?」


「ふっふーん。素人にはわからないかもじゃんね。

 これはね、遠く遠くにあるパレロワの本拠地からの生放送! ――伝説の生放送なんじゃんよ!!

 ちゃんと観察すると、録画と違うっていうか、魂がピュアに伝わるっていうか。簡単に言うとビビットにビビビってくる感じ!! ミラちゃんにはわかんない?」


 ぜんっぜんわかんない。

 興奮するガーライルさんに正直に言うと、「生・放・送! ふぅぅうぅっー! お子様にはわかんないかー」と鼻で笑われた。むかつく。


「録画かライブでいいのでは?」


「「……はあ」」


 ため息をついたのは、その場にいた全員だった。

 作業をしていた人たちも呆気にとられたようにミラを見る。呆気というか、呆れられたというほうが正しいかもしれない。

 なにゆえに、こんなにも呆れられねばならぬのか。大変遺憾である。


「では、私から説明しよう」


 あまりの理不尽さにミラがふくれっ面になっていると、さきほどオルゼイと呼ばれていた鬼人(ユーニー)の男性が、ガーライルさんとの間に割って入ってきた。

 大きくて厳いかめしい体つきにびっくりしたけれど、その声はバリトンのように優しく、どこか安心できる響きだった。

 彼はポットからカップにお茶を注ぎ、笑いながらミラに手渡してくる。


「お嬢ちゃんは通信機を知っているかな?」


「ええ、それぐらいは。街のなかでの通信に使ってるやつですよね」


 通信機というと、防衛隊や役所に備えられているやつで、例えば魔獣の侵入への対処の連絡なんかに使われるものだ。

 ミラが答えると、オルゼイさんは「よく知っているね」と優しい笑顔を浮かべた。


「私たち亜人の社会では、通信機器というと短距離で――せいぜい街のなかでのやりとりをおこなうものなのだけれど、最近の研究では、人間文明時代では地球の裏側とまで通信ができていたことがわかってきたんだ」


「それは……すごいですね」


 それいったいどれくらいの距離なのかはわからなかったけれど、ミラが昔住んでいた街よりも遥か遠くであろうことは察しがつく。

 同時に、それは夢のような話だとも思う。

 基本的に都市と都市を行き来するのは浮遊有船(ふゆゆせん)のみなので、遠くの人と手紙をやり取りするのも、大変な料金がかかるのだ。

 通信機が距離の障害を排除できたなら、そういったやりとりも身近になることだろう。

 もしかすると、なかば(あきら)めていた、お兄ちゃんやお姉ちゃん、友人との再会だってできるかもしれない。


 なるほど、とミラはうなずく。


「これが、遠くの都市からの通信だということは、人間文明の技術を復元できたのですか?」


 ミラが尋ねると、オルゼイさんは「いや」と首を横に振った。


「これは別の技術なんだ。結局のところ、人間様の技術を復元することはできなくてね。

 いくら出力を強くしても、電波塔を高くしても、隣の都市へさえ電波は届かなかったんだ。

 昔と大気を構成する物質が違うのか、あるいはどこかに妨害装置があるのか、はたまた別の要因かはわからないけれど」


 ここまで聞いて、ミラにもだいぶ話が見えてきた。


「なるほど、ここでコルトさんの研究が出てくるのですね?」


「そう。通信機に位層変換の魔法を組み込んで、距離の疑似的な短縮に成功したんだ。

 本来は膨大な魔力を必要とするんだけど、今回は上級魔法使い40人と、それでも足りないので観客席に魔力集積装置を埋め込んで、充当している。

 見た目はこんなんでも、やってることは自体は結構すごいことなんだよ」


 そう言われると、この乱痴気騒ぎもどこか崇高なものに見えてくる気が――


「「「L・O・V・E ラブリー クッロッワーーー!!! フゥゥウウウ!!」」」


 ……気がするだけだった。


 ステージ上ではクロワと呼ばれているアイドルのほか2名が躍っていて、オーディエンスの熱狂は怖いくらい。

 男の人たちってバカばっかり。


「実際には、これほどの魔力を集めるのは非現実的で、実用化にはまだまだほど遠い。人間文明の偉大さからすると爪の先以下の前進なのかもしれない。

 でもね、私たちは確かに一歩進んだんだ」


 ミラが冷たい目線が変えなかったことに、オルゼイさんは苦笑し、ボルテージが最高潮になったステージを、その(いか)めしい顔で優しく見つめた。

 見つめて、ぽつりと「はー、やっぱりクロちゃん可愛い」とこぼした。

 男の人ってホントバカ。


「すごいのはすごいんでしょうけど……使い方が間違っているのでは?」


「人類文明の時代から、エロと戦争が文明を進化させると決まってるじゃん?」と、ガーライルさん。


「そんなこと、年端のいかない少女に言われましても……」


 ミラは熱狂的なファンたちを見た。

 その情熱をもって彼らはこの奇跡を成し遂げたのだ。素晴らしい。いい人たちだ。うーん……たぶん、きっと。


 ミラがあきれている間にもショウは進み、


『はーい、じゃあ初生放送を記念して、パレロワへの質問ターイム! キャー! いったいどんな質問されちゃうのかな? やーん、クロクロ、ちょっと恥ずかしい!』


 もじもじと体を大げさにくねらせたクロワさんを見て、観客が「かわいいー」と手を振る。


 恥ずかしいならやらなきゃいいのにとも思ったけど、仕事なんだからしかたないのか、と思い直す。

 アイドルは他人に夢を与える仕事。うん、立派。


『えーと、なになに? 【どうすればあなたのような――』


 おおよそ、お祭り騒ぎと形容するにふさわしい平和なおバカさ。ミラはともかくオーディエンスたちは、この記念すべき亜人初の生放送の記録を共有できたことを、素敵な思い出として記憶に留めていくのだろうと思った。


――ここまでは。


 次の瞬間、ステージ上のクロワさんの姿が、ザザっとぶれると完全に消えうせた。


「――何が起きた!?」


 オルゼイさんが立ち上がって大声を上げ、俄にわかかにステージのコントロールをおこなっていたブースのなかが騒がしくなる。


「わかりません。――これは……電波を乗っ取られました!」


「なんだと!? オレたちのほかに長距離用の電波を使っているやつなんているわけないだろう!」


「ですが現に――」


『ブツッ』


 電波を担当していた技術者の悲鳴を遮るように、ステージ上に影が映った。

 質量のない不気味な漆黒。ステージ上にぽっかりと悪夢への穴が開いてしまったかのようなそんな現実味のない光景。

 

「……」


 さっきまでの騒々しさが嘘のような静寂が訪れる。

 誰ひとりとして不満の声を上げることすらないのは、ひとえに……恐怖だ。


『……』


 オーディエンスの熱狂を存分に吸い尽くした黒い影はやがて人のようなシルエットを作り出し、辺りを傲慢に睥睨するように見回した。

 目にあたる位置には、マグマよりも深い紅蓮。グールを彷彿とさせる真っ赤な輝き。

 でも、それがより恐ろしくて、誰も彼もがステージ上の影から目を逸らした。



「――早く魔力を断ち切れ! 魔法使いは何をやってるんだ!?」


 会場の静けさとは逆に、ブースのなかは混乱の極みにあった。

 指示と報告が飛び交い、まるで解決しない状況に悲鳴と怒声が入り交じる。


「やってます! 切れないんです! 勝手に魔力が吸い上げられて、――ああっ! なんてこった! 魔力集約装置のコントロールも完全に持ってていかれてます」


「だったらすぐに機械を壊せ! 構わん、責任はオレが取る!」


 オルゼイさんの言葉に、機器を操作していた技術者がすぐに近くにあったハンマーで機器を破壊しようとするが、くたりと骨を抜かれたように崩れ落ちた。

 彼だけではない。このブースにいる人々、ステージを見守る観客たちも倒れる者が出始める。


「今度は何が起きたっ!?」


「魔力集約装置が暴走してるんです! 駄目です、止められません!」


 魔力の集約装置が、生命維持に必要な微細な魔力すらも貪欲に吸い尽くしているのだ。


 ステージの上の影はその闇をますます濃くし、そして――ミラと目があった。


「……っ!」


 脊髄が凍りついたように、背中全体が麻痺して唇が震える。

 そんなミラに満足するように、影は真っ赤な目が細めて、ぬちゃりと濁った泥のような音を立てた。


『ミツケタ』


 その言葉と同時に、ピシィッという音とともに空が割れた。

 まるで塗装(とそう)剥離(はくり)するように空色が絶望の色に染まっていく。

 太陽の光は消え失せ、代わりに合間から除いたのは、真っ黒な禍々しい瞳をもつ黒い太陽だった。

 渦巻く絶望の中心の、遥か高みから悪意が睥睨していた。


「……」


 そんな悪夢のような光景でも、幻想的な光景とあらば見とれてしまうのはひとの(さが)だろうか。


 その場にいるすべてのものが、ただあ然と見つめる中。


「涙?」


 漆黒の太陽から、血涙のように鮮やかな一粒の赤光が落ちた。

 その赤光が落ちたのは……ステージの上。

 

「嘘だろ」


 すべての人の心の代弁するかのように、誰かがつぶやいた。


 ステージの上、黒い影に(かしこ)まるようにして現れたのは、一体の巨大な悪魔だった。

 グールよりも遥かに歪な巨躯(きょく)。ネジ曲がった角。

 頭から足先まで、全身が油で濡れたような真っ黒な長い毛で包まれていて、その手先の爪は人を殺すためにあるような邪悪さだった。

 赤い光が脈動しながら全身を駆け巡っていて、それはまるで血液のようだった。

 ただのグールではない。それよりも遥かに恐ろしい悪魔の姿に、みな体を震わせた。


 誰かがその生物の名をつぶやく。


「……リブルグール」


 巨大な悪魔の目が、人々の命を憎むように爛々と輝き、湿った獣の匂いが鼻をつく。


「アアアァァアアアァァァアアアッ!!!」


 空気の抜けるような甲高い音を口から発しながら、絶望が空を仰いだ。  

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