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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
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嵐の前 3

 ギギさんからの逃走は約2時間にも及んだ。

 彼女は空から鳥のようにぼくを追いかけ回し、ぼくのほうも上空からの視線から逃れるために、できるだけ背の高い建物の横を選んで逃げまわる。

 いったい何が彼女を駆り立てるんだろう。

 ただ単に、もともとの目的を忘れて、鬼ごっこが楽しくなってきただけだとは思うけど。


 これって、なにかに似てるなって思ったけど、戦国モノのコミックで見た鷹狩りに似てる。

 彼女が鷹で、ぼくウサギ。だったら飼い主は誰だろね?

 

 ――とはいえ。


「よしよし。もう追ってこないな」


 さすがのギギさんも2時間にわたる追いかけっこに力尽きたのか、あきらめたようだった。

 

 当面の安全を確保して、ふと目についた軽喫茶に入る。

 軽喫茶はまだ朝っぱらだっていうのにお客さんがそこそこ入っていて、普段から繁盛しているんだろうということがうかがえる。

 店内に入り、きょろきょろとぼくが座れそうなイスを探して、猫耳をはやしたウェイトレスさんにコーヒーを注文。ようやく、ふうっと一息をつく。


「どうしたの。機嫌よさそうじゃないの」


 一人の女性が話しかけてきたのはそんなときだった。

 年齢不詳、金縁(きんぶち)の真っ黒なケープを被った、ちょっと不気味な感じの仮面をつけた女性。

 どこからどう見ても、超がつくくらいの不審者なんだけど、誰も気にした様子はない。

 占い師さんなのかな? コミックなんかでよく見る感じの水晶玉を、紫色のクッションの上に乗せていた。


「そう見える? だとしたら、美しいお嬢さんに会えたからかな。おっと、ここでいう美しいお嬢さんっていうのはあなたのことさ。仮面で顔が見えないのが残念だけど」


「ふふ。あなたってばお上手ね。

 わたしの名はアールノート。見ての通り、渡り鳥の占い師よ。この店の主とは縁があってね。祭りのときにはいつもここで見世(みせ)を開かせていただいているの」


「へえ、そうなんだ」


「ヘイ、コーヒーお待ちぃっ!」


 占い師さんと話していると、割り込むようにウェイトレスさんが注文したコーヒーを持ってきた。

 その間にアールノートさんのところにはお客さんがやってきていて、おしゃべりをするタイミングを失ってしまう。残念。


 仕方ないし、お腹も減ったきたので早めのランチにする。ランチセットメニューに書いてある謎の料理『ニギョル風あんかけ焼きそば(おかわり無料)』を注文。

 この料理だけがおかわり無料なあたりに、ちょっと不吉な感じもするけれど、財布の中身的に無料の誘惑にはちょっと勝てなかったのだ。


 注文をし終わって、占い師のお姉さんのほうを見ると、お客さんが次々とやってきていた。

 その客層なんだけど、なんとアベック100%!

 ここは安全だと思ってたのにね。心の平穏に関しては地雷原まっただなかだった。おのれリア充。

 

 ともあれ、手持ち無沙汰ということもあって、料理が来るのを待ちながら、なんとはなしにその様子に見入ってしまう。


 アベックって言っても、腕を組むのも恥ずかしそうな付き合いたての初々しい感じのカップルばかり。

 だっていうのに、アールノートさんに占いと相談をもらうと、ごく当然のようにいちゃいちゃとしながら軽喫茶を出て行く。

 すごいね。ちょっと険悪だったカップルさえも笑顔に変えていく様子はまさしく魔法のよう。


「すごいでしょう?」


 猫耳ウェイトレスさんが話しかけてきたのはそんな折だった。

 手には、あんかけ焼きそばと思われる無駄にデロデロとした不可思議な色彩の、餡かけのナニか。まさかとは思うけれど、これが……料理?


 ぼくがデロデロに戦慄していると、ウェイトレスさんは「へいお待ちぃっ!」と、デロデロをテーブルに置いた。

 おかしいね。ぼくの知っているあんかけ焼きそばはミミズのようにウニョウニョと動いたりしないんだけど。


「oh……ほんとにすごい色だよね、これ。頼んでおいてなんだけど、ほんとに食べ物?」


「失敬な。うちの料理はどれも自慢の一品なんですからね」


 ウェイトレスさんはぷくっと頬をふくらませると、ぼくの前に座った。そのままじーっとぼくの顔を見つめてくる。

 仕事はどうしたんだろうって心配になったけど、彼女は「交代の休憩時間だから」と笑い、笑顔に応えるようにあんかけ焼きそばからゴボリとした泡が盛り上がって弾けた。


 工業排水みたいなすっごい色してるんだけど……。

 フリートークがいれば成分解析をしてもらうんだけど、いないものはしょうがない。恐る恐る着ぐるみの隙間から口に運ぶ。


「ぱくっ……むがぁぁっ!」


 口に含んだ瞬間、がつんと頭にアミノ酸。

 それだけならケミカルな味なだけなんだけど、生き物のように複雑にお腹を駆け巡る感触は、亜人さん文明らしいマジカルな新感覚と言うべきか。

 咀嚼(そしゃく)すると、くちのなかで、洗剤をかき混ぜたような泡が発生するのもなかなか興味深い。

 泡が口のなかで弾けると、ツーンとした人工的な清涼感が辛味が鼻先を刺激するのも実に前衛的である。


「おいしいっ!」


「うぇ……本気で言ってるの?」


「ちょっと!? せっかく料理を褒めたっていうのに、うぇーって顔しないでくれる!? 不条理なんだけど!」


「だって、ねえ……? それを完食できた人っていないから」


 どうやらぼくの前に座ったのは、食事風景を観察するためであったらしい。

 ウェイトレスさんは「うーっぷす」と笑った。


「おかわり無料ってそういう意味!? さっきの『すごい』ってそういうことだったの!? だったらそんなのメニューに載せないで!」


 ぼくが抗議の声をあげるとウェイトレスさんは、手をパタパタとさせて笑った。


「あー、ううん。すごいっていうのはそっちじゃなくて占い師さんの話。

 ほらほら、また行列長くなってない?

 あのひと、うちのお父さんの知り合いらしいんだけどさ。毎年あんな感じでさ。すごいと思わない?」


 言われて、アールノートさんのほうを見ると、お客さんはひっきりなし。


「有名なんだ?」


「業界では有名らしいわよ。って言ってもわたし、そっち方面では(うと)いからよくわかんないんだけどね。とりあえずすごいって言っとけば宣伝になるからすごいって言ってるだけだし」


「なんて素直な商魂なんでしょう。

 でも、他のすごいところをピックアップしてくれないと返答に困るんだけど」


「お客さんって結構わがままですねー」


「ぼく、なんか変なこと言ったかな!?

 こう……なんていうかさ、いいところを探して褒めるっていうのは接客業の基本技能だと思うんだ」


 ぼくがたしなめると、ウェイトレスさんは「なるほど!」と手を打った。

 ふむふむと考え込んで、何かを思いついたようにサムズアップしてドヤッと眩しい笑顔を浮かべる。


「うちの店にはいるマージン収入的な意味では間違いなくすごい!」


「あんたに期待したぼくがバカだったよ!!

 でも、みんなカップルだよね。ミーハー層が多そうというか。業界人っぽい人がいなさそうなんだけど」


「そりゃね。占ってもらったカップルは幸せになるっていうジンクスがあるからね。

 まったく彼氏がいない身としては、この時期になると寂しくなっちゃうというか……」


 と言いながらウェイトレスさんが、ちらりと意味有りげな感じに薄目でこちらを見てくる。

 憂いというか、誘う感じっていうか、発情してるみたいなそんな目線。


「ーーあなた。よく見るとカッコイイ顔してるわよね。もしかして、いま彼女いなかったりする?」


 わーお。これって、もしかして一目惚れイベント?

 脈絡がなさすぎて罠の匂いしかしないんだけど。


 むむ。もしかして『あんかけ焼きそば』をおいしいって言ったのが彼女の琴線に触れたのかな?

 それとも、着ぐるみの中にいてもぼくのイケメンっぷりは隠せなかった? ふふふ、どっちにしてもモテる男って辛い。


「ふっ。ぼくは彼女いない歴イコール年齢の、愛を求めてさまよう渡り鳥さ」


 (はす)に構えて、アゴに手を当てて余裕がありそうに笑う。いまのぼくは、風のエトランゼ。


「あ、そう。だったら、あなたも早くガールフレンド作って、一緒に占ってもらってね」


「うん。知ってた」


 こっぱみじんこ。今日も世界はテンプレ通り、平穏無事に無情である。

 だいたい、着ぐるみの顔に一目惚れされてても困っちゃうしね。でも、カノジョができるなんて思ってなかったけど、ちょっと期待しちゃったのはしょうがないよね。


「んじゃ、そういうわけだから!」


 結局、セールストークをしにきていただけらしく、ウェイトレスさんは、厨房に呼ばれると名残惜しさすら見せずに戻って行った。

 ぼくの前に残されたのは湯気を立てる、虹色にきらめくあんかけ焼きそばのみであった。


「……」


 なんか弄ばれてポイッと捨てられた気分。

 腹が立った、とかそういうわけじゃないんだけど、なんていうかね? ぼくのなかの男の子が負けたままでいられないって騒ぎ出す。


「よし」


 料理を前にぼくは一つの決意を固めた。

 皿に盛られた料理を、一息で着ぐるみの隙間から口に流し込むと、その様子を見た他のお客さんがげんなりした表情を浮かべる。


「わーお……あれを食い切るなんて、すげえやつだ……」


「うっぷす。匂いだけでもあの味を思い出しちまって食欲が……」


「勇者じゃ! 勇者がおる!」


 でも、ぼくはその声が聞こえないかのごとく、空いた皿を天に捧げるようにかかげた。


「ヘイシェフ! おかわり!」


 そう、ぼくは決意したのだ。

 ウェイトレスさんが泣きを入れるまでおかわりするのをやめない、と。

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