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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
35/47

嵐の前 1

 楽しいことがある日の朝っていうのは、勝手に目が覚めるよね。

 まさに今日のぼくがそう!

 朝帰りしてから眠ることもできずに、徹夜明けのようなハイテンション!

 でもしかたないよね。だって今日はお祭り本番なんだもの!


 だっていうのに、


「ごほんごほん」


 ミラは顔を腫れぼったくして、ぐたーっとベッドの上で咳き込んでいた。


「疲労による発熱だな。虚弱なのに無理にはしゃぐからだ。今日一日、栄養状態をよくして寝てりゃあ治るだろ」


 フリートークが診断結果を発表する。

 ぼくたちがいるのはガーライルさんが用意してくれた宿の一室。

 傍らの水差しからガラスのコップに水を注いでミラに渡すと、受け取った錠剤と一緒に、一息でぎゅーっと飲み干した。


「えー、じゃあお祭りは?」


「薬で無理矢理ってこともできるが……。なに3日間も開催されるんだ。今日は風邪薬だけ飲んで大人しく休ませるんだな」


「すいません。ご迷惑をおかけして。わたしのことは気にせず楽しんできてくださいなのです」


 ぼくは「うん」とうなずいて、ミラの頭にフリートークをしばりつけた。

 そして背中のボタンをぽん! フリートーク氷嚢モード起動! 万能サポートユニットってほんとに万能だよね。


 ミラの頭をなでてあげる。


「今日、頑張って楽しいところを見つけてくるからさ。

 明日一緒にまわるために頑張って偵察してくるから、ミラもちゃんと明日のために体を治しておくこと!」


「はい。そうですね」


「治ったらさ、なんでもひとつ言うことを聞いてあげちゃうから! じゃあ約束の指切りげんまん」


「はい。嘘ついたら針千本飲ませるのです」


 ぼくが小指を伸ばすと、ミラはその指に自分の小指を絡めてくる。


「はい。では、いってらっしゃい」


 その『いってらっしゃい』は、出勤しようとするお父さんたちが子供たちから受けるような、ちょっとだけのさびしさと、頑張ってね! っていうエールが入り混じった『いってらっしゃい』っていう響きに似ていた。

 だから、ぼくは『任せろ!』っていう堂々たる意志を込めて、答えた。


「うん、いってくるよ!」


 そんなわけでついにお祭り本番! いえーい、どこに行こうかな!

 これから始まる今日という日に、気分をわくわくさせ、出かけようとして――


「待て」


 呼び止められてしまう。


「んもう! せっかく気分よくでかけようとしてるのに、フリートークってば無粋だな!」


「ふん。遊びに行く旦那に水を差すのは女房役って昔っから決まっている。

 で、オレを置いてどこに行こうってんだ。オレはお前のサポートユニットなんだぜ? こんなクソガキのお守り役じゃない」


「はいはい、まったくフリートークってばツンデレだな。ほんとはミラを心配してるっていうのに、いざ前に立つとそういう憎まれ口ばっかりなんだから」


「……本当なのですか?」


「ちげーよ。そんなことあるわけないだろう。

 だいたい、よく考えろ。オレがここに置いて行かれるってことは、あのバカが一人で街に出かけるってことだぞ? お前さんが一人で寝てるのと、どっちのほうが危険だと思う?」「フルーフさんです」


「即答!? ちょっと待って、ぼくってばそんなに信頼ないの!?」


「あるわけないだろ」「あるわけないです」


 なんでこの2人って、こういうときだけ息がぴったしなんだろね。普段はいがみあってるようにしか見えないのにね。不思議だね。


「なんてこったい。ちくしょう、こんな部屋いられるか! 出て行ってやるもんね!」


「あ、おい」


 なので、ばったーん! とドアを閉めて、抗議の声はシャットアウト!


 これぞ秘技、逆切れ被害者大作戦。

 逆切れすることによって自分の都合の悪い意見をシャットアウトし、かつ対話のドアも締め切るという、かつての人類文明のソーシャルネットワーキングサービスにおける言論封殺の常套手段である。


 おっと、これはミラとフリートークを2人きりにさせて仲良くさせようっていう親切心からくるもので、決してうるさいお目付け役から解放されたかったわけじゃないんだ。


 というわけで、2人きりになった部屋のドアに、そーっと聞き耳をたてる。

 きゃっきゃうふふな会話が聞こえてきたらどうしましょう。


「フルーフさん、傷ついてましたけど?」


「あいつがそんなに繊細なタマかよ。どうせドアの裏で聞き耳立ててる」


 ヒュー。さすがフリートークだ。ぼくのことをよくわかってらっしゃる。

 このまま聞き耳をたてていても進展がなさそうなので、そのまま宿のエントランスへと向かう。


 そこには待っていてくれたのかガーライルさんと、ペールエールさんの兄弟の姿があった。


「お、あにきー、出かけるじゃーん?」


「やあ、フルーフ。今日も素敵な着ぐるみ姿だな」


 うーん、並ばれると、どこか似てるような?

 でも、柴犬と秋田犬くらいには違うような気もする。


「どうしたじゃん? オレっちの顔をじっと見て」


「うん、ちょっとね。――って、あれ? ペールエールさん。リュネさんは一緒じゃないの?」


「リュネ? はは、まさか」


 今日のペールエールさんはぴしっとしたタキシードのようなスーツに身を包んでいた。

 昨日もシブかったけれど、いまはまさしくザ・イケメン、貴公子って感じ。

 隣のガーライルさんがはっぴを着て、お祭りでくだを巻くおっさんって見た目なのとは正反対!

 うん。やっぱり似てないな!


「おやや? もしかして他に女の子と一緒に回る予定?」


「それこそまさかだよ。ああ、この格好かい? 

 経済同盟の友人関係のところを一回りしなきゃいけなくてね。さすがに普段着ってわけにもいかなくてね。

 だいたい、オレが女性にモテるように見えるか?」


「めっちゃ見えますけど!?」


「兄弟なのに顔面格差を痛感するじゃん!」


 ペールエールさんが歯がピカっと光らせると、遠くで見ていた宿の受付嬢さえ顔を赤らめた気がする。

 これが格差か。


 ともあれ、ペールエールさんはすぐに出かけるようだった。

 ガーライルさんから何やら荷物を受け取ると出口のほうへ。


「そうそう、昼過ぎから魔法通信関係のところで手伝いをしているから、よかったら来てほしい」


 彼が踵を返そうとしたそのとき、ばったーんと宿の扉が開いた。


「ちょぉぉおっとまったあああああああああ!」


 だだだだー! っとすごい勢いで走りこんできたのはリュネさんだ。

 気合いのはいったドレス姿で、昨日よりもお化粧がばっちしな様子。髪はうなじが見えるポニーテール。もともと頭身が高いので”黙っていれば”まるでファッションモデル。

 同じく高身長のペールエールさんと2人して並ぶと銀幕の主役のようですらある。

 

「おはよう、リュネ。今日はお祭りを楽しむのかい? 似合ってる、可愛いよ」


 ぼくだったらこんな美人さんに、「待って」なんて言われちゃったらドキドキするのに、ペールエールさんは事もなげに挨拶。イケメンってすごい。


「か、かわいい!?」


 対するリュネさんはぼっと頭を真っ赤にした。間違いない。これはチョロイン。


「大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ?」


「あ、あわわ」


 ペールエールさんってば大胆。おでことおでこをごっつんこ。

 リュネさんはさらに顔を真っ赤にした。


「……なんだろ、このラブコメ空間。めっちゃいづらいんだけど」


「あそこの宿屋の娘。めっちゃ不機嫌になってるじゃーん……」


 ガーライルさんに釣られて、そっちを見ると、受付嬢が視線を氷河を駆け巡ったブリザードのように凍てつかせていた。

 女の嫉妬って怖い。

 

「ところでリュネってば何しに来たじゃん?」


 ぼくが大人しく三角座りでラブコメを眺めていると、ガーライルさんが空気を読まない質問をする。

 問われて、リュネさんはスーハースーハーと深呼吸をした。ごにょごにょと顔を赤らめながら、手をくにゃくにゃと。


「ペ、ペールが、1人でお祭りに行くって聞いたから、オレ……じゃない、わ、わたしが一緒に行ってあげようってなんて……」


「……え? ごめん、聞こえなかった」


 鈍感難聴系主人公がここにいるぞー!

 コミックではもどかしかっただけだけど、目の前で実際にやられると「リア充爆発しろ」って応援してあげたくなっちゃうね。

 

 ここであきらめちゃうのが普通の少年誌のヒロイン。でも、今日のリュネさんは気合が違った。


「うっせえ! とにかく一緒に行くぞ。ついてこい!」


 恋する乙女ってすごい!

 ボクシングで例えるなら、スウェーでよけられても、一歩踏み込んでさらにストレート撃ち込むような、そんなアグレッシブさ。

 ペールエールさんの首元をむんず、とつかむとそのままズルズルと外に引きずっていく。


「いってらっしゃーい」


 世の中のラブコメもこれくらい肉食系だったらみんなハッピーなのにね。

 リュネさんたちを見送って、ぼくはガーライルさんと顔を突き合わせた。


「ガーライルさんはどうするの?」


「オレっちもペールエールと一緒じゃーん。初日はいろんなところにあいさつ行かなきゃなんないじゃーん」


「そっか。じゃあほんとにぼくひとりってことか。……ぐふふ、あんなことしたり、こんなことしたり。夢が広がっちゃうな!」


「じゃ。アニキにはこれを渡しておくじゃん」


 ガーライルさんが手に持っていたアタッシェケースを、ぼくに渡してくる。


「なにこれ?」


「アニキが運んできた浮遊有船(ふゆゆせん)があったじゃん? その浮遊有船(ふゆゆせん)を、発見して街まで運搬した報酬と、積んでた荷物の拾得報労金をもらってきたじゃん」


「つまり、お小遣いか! よーし、おじちゃん全額使っちゃうぞ!」


「あはは。使えるものなら使ってみるといいじゃん!」


 ぱかっとアタッシェケースをあけると、そこには大量のプレート貨幣。

 しかも、100とか1000とかって数字じゃなくて10000って描かれたやつ。

 ひのふのみぃ……その額、約4000万プレカ!


「よーし。露店の食べ物を買い占めちゃうぞ!」


「露店が全滅しちゃうからやめて!」


 お小遣いって金額じゃなかった。

 ちょっと多いような気もするけれど、浮遊有船(ふゆゆせん)が貴重だってことや、企業がいくつも相乗りしてたって話から考えると、妥当なところなのかもしれない。


「じゃあ、遠慮なくもらっていくよ」


 アタッシェケースをしめなおして、いざお祭りへ!

 ってところで、ぼくの首元がつかまれた。ぐえー。

 つかんだのはガーライルさん。


「……あのアニキ? ケースごともってくじゃん? その……小分けにしたりせずに?」


「え? 小分けに? ……ああ、なるほど!」


 リスク管理の話に、1つのカゴに卵を盛るな、っていう戒めがある。

 簡単に言うと、ひとつのカゴにすべての卵を盛ってしまうと、そのカゴを落とした場合に卵が全部割れてしまうかもしれないから、小分けにしておきなさい。っていう投資におけるリスク分散の例えだ。

 日常生活なんかでも財布を落としたら大変だよね、っていう意味でつかわれることもあるけど、たぶんこっちの意味だろう。

 でも、大丈夫。なぜなら、


「落とさなければセーフ!」


 だいたい、分散投資って、リターンも薄くなっちゃうからね!

 ぼくはハイリスクとハイリターンをこよなく愛する人工生物なのだ。しかたないね。


「そういう意味じゃないじゃん!」


「うん。わかってる。ジョークだよ。はい、これ」


 笑って、そのままアタッシェケースをガーライルさんに返す。


「…………じゃん?」


 ガーライルさんが首を傾げる。


 ぼくのお腹の虫はそこらの野草を食べれば充分に満足してくれるし、いざとなれば野宿してしまえば寝床すらもいらない。

 ペチカにハンカチを渡しちゃえばあとは天空島に帰るだけだし、そんなぼくが大金を持ってどうするっていうんだろう?

 お小遣いだって、昨日の夜の思わぬアルバイトでちょっともらったりしたしね!


 このお金はぼくにとっては思っていなかったあぶく銭で、それならそれで使うべき道があるはずなのだ。


「この街で女の子が成人までにかかる費用って、これで足りるのかな?」


 ひとによっては、それはダメな善意だよって言うかもしれないけれど、たまにはそういうラッキーでハッピーな話があってもいいと思うんだ。

 

「一応聞いていいじゃん?

 アニキはなんでそんなことするんじゃん? ミラちゃんってば別にアニキの子どもでもなんでもないわけじゃん?」


「ガッデンヘイヴまで歩いていく予定だからね。なんかみんなから話を聞いてると、ぼくはともかくミラは道中危なくない?

 それにね、見ていて思うのはミラに必要なのは友達じゃないかなって思ったんだ。心を許せる同世代の友人だよ。

 学校とかあるみたいだし、そういうところに通うのがいいと思うんだ。……なんで笑うのさ?」


「アニキはやっぱりアニキだなっ、て」


 ぼくが言うと、ガーライルさんはなぜか「じゃーん」って嬉しそうに笑い、「いい意味で!」って付け加えた。


 いいアニキってどういう意味なんだろう? ちょっといかがわしくない?


 ぼくはちょっと気恥ずかしくなってしまって、「いってきます!」って駆け足で、お祭り真っ最中の街へと繰り出した。

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