全裸でGO! 8
ちゃぷんちゃぷんと停泊する船と海の奏でる音楽が静かに響いていた。
海水のなかに混じったガラス片がチリンチリンと涼しげな音をたてていて、耳を澄ましているとそのまま眠りにいざなわれてしまいそうになる。
初めて街にやってきた限界集落のヤンキーの気分ってこんな感じなのかな?。
あのあと、ガーライルさんの用意してくれた宿に泊まったのだけれど、寝付けなかったぼくは、フリートークだけを伴って着ぐるみ姿で夜の港を散策していた。
仕方ないね。
『夜遊びはいけない』って分別よりも、『せっかく町に来たんだから』っていう、ぬふふな気分のほうが勝っちゃったんだもの。
人工的な港の石畳の感触に、いつもの自分よりも背伸びした気分。夜の街をこそこそと動き回る背徳感とあわせて、へにょろと口元がにやけてしまう。
港は真っ暗。
かつての人間文明では、明かりが安価になるにつれて人は残業を生活に組み込んだっていうけれど、電気がない方が人間は幸せだったのかもしれない。
「地上に来てよかったか?」
散歩しながら静かに波の音に耳をたてていると、着ぐるみの隙間から顔をだしたフリートークが尋ねてくる。
「もちろん! ぼくはね、実をいうと怖かったんだ。
ペチカはああ言ったけれど、亜人さんたちが人間さんに似つかないようなオドロオドロしい感情を持つ人たちだったらどうしようかな、ってね。
でも、会ってみて、亜人さんにもほんわかぱっぱとした知性があるってことがわかって、とても嬉しいよ」
ミラも、ガーライルさんも、ペールエールさんだって、出会った人たちはみんなみんないい人だった。
ぼくって単純だね。それだけで亜人さんを大好きになっちゃっうんだもの。
「何も考えてなくて、単に能天気なだけだと思うがね?」
「そんなことは……」
ない、と言いかけたけど、ペチカの「なんよなんよ」と言ってる顔が思い出されて言葉に詰まってしまう。ぐぬぬ。否定できない。
「……でもね、それも含めて人間さんの後継者らしいっていうか、素敵だなって思うんだよ」
「ふーん、そうかい」
「うん。そうだよ」
そうやって気分よく鼻歌なんて歌いながら海岸沿いを歩いていると、前から小さな灯りが近づいてくる。
恋人かな? 寄り添った男女のペア。
懐中電灯やスマートフォンのようなまっすぐな力強い明かりじゃなくて、ゆらゆらと明滅するふんわかとした光が、2人だけの優しい空間を暗闇に浮かび上がらせる。
真夜中の海辺のロマンチック。マンガなんかだと王道だけど、それが文化として実在するっていうのは治安がいいってことの裏付けだ。
彼らの邪魔にならないように海辺の海岸沿いから広場のほうへと向かう。
港の広場までくると、祭りの準備のラストスパートなのか、いくつもの明かりが灯っているのが見えた。
広場には幌をかぶせただけの品物が放置されている露店があって、作業している人たちが、無人直売所よろしく代金を置いて品物をもっていく。
ぼくもお小遣いとしてもらったプレカを置いて、露店から果物をもらう。ベンチに座って、手でひと拭きしてそのままかじった。
見たことのない果実は、口腔のなかでプピラっと不思議な音をたてて、果汁をあふれさせる。
「あまくて、苦くて、おいしい」
「そんな音でか……?」
苦いって言っても、砂糖の入っていないチョコレートのような苦み。砂糖の甘さに慣れているとちょっと物足りないかもしれない。
そのまま、ぺろりと芯まで飲み込むと、改めて広場を見渡す。
魔法の明かりは安定しないらしく明滅を繰り返し、そこで働くひとたちを照らし出していた。美しい暗闇のなかで、亜人さんがあっちにいったりそっちにいったり。
まるで心臓の脈動のように広場全体がまるでひとつの生物のよう。
「明日がくるのが楽しみだな」
だって、ぼくの知らない装置がたくさんあって、これらの機械が動いている様子を思い浮かべると、わくわくしちゃうんだもの。
ステージの近くにある、映像装置のように見えるものはなんだろう。男性が数人がかりで組み立てているけれど、魔法の装置なのかな? あっちにある塔みたいなのもの気になるし、向こうのほうに見える大きな大きなモニターのようなものだって。
でも同時に、部外者特有のセンチな寂寥感もある。
これは亜人さんたちのお祭りで、ぼくはお客さん。準備段階のこの場において出る幕なんてないのはわかってるんだけどね。
「……うーん、そろそろ戻ろうか」
朝帰りするのもミラの教育に悪いし。なんて、思いはじめたときだった。
「おーい」
と、作業をしていたおじさんがぼくに手を振ってきた。
「はーい!」
ぼくが手を振りかえすと、おじさんがこいこいと手招きしたので、小走りで向かう。
「なんだろね?」
「さあな。だが、もうこんな時間なんだから余計なことすんなよ? やらかしてもフォローしてくれるやつがいないんだからよ」
失敬な。いったいいつぼくがやらかしたというのだろう。
おじさんがぼくを呼んだのは、まるでライブ会場のような場所。
広いステージを囲むように、真っ白な円柱状の投射装置らしきものをつけた円柱が立ち、その中心には魔法陣らしき模様。
さらにその外側には、どこに座っても見られるように、コロッセオのような階段状の3000人規模の観客席がある。
そこで数人が小さな明かりを頼りにトンテンカンテンと装置を組み上げていた。
「どうしたの?」
近づいて着ぐるみの首をかしげてみせると、おじさんはちょっとすまなさそうな表情を浮かべる。
「すまんが、ちょっと手伝ってくれないか? このままだと明日に間に合わなくてな」
おじさんの傍らにあるのは魔法の装置かな? よくわからないけれど、大きい装置がででんと鎮座していた。
「いいよ! ぜんぜん手伝うよ!」
「じゃあ、これを向こうに運ぶのを手伝ってくれないか?」
「お――」「了解承知。おっけー、任せといて。おりゃあ!」
フリートークが何かを言おうとするのを遮って、変テコな形をした装置を重量上げの要領で持ち上げる。
「ふぉ……ぼうずは力持ちなんだな」
「ふひひ。もっと褒めてくれたまえ。ぼくは褒められて育つタイプなのだ」
驚いたようにおじさんが目を丸くし、ぼくはドヤっと笑って返す。
それにしても『ぼうず』だなんて言われたけど、子ども扱いされるのってなんか久しぶりかも?
「どうしてぼくが子どもだって思ったの?」
「祭りの前日の、こんな時間に起きてくるのが”ガキ”だって昔から相場が決まっとる」
なるほど!
★☆
1時間ほど手伝ってたところで、組立は終わった。
とはいえ、さすがに重要な作業を任されることもなく、何かを支えたり、あるいは頑丈そうなパーツを持ち運んだりしただけなんだけどね。
舞台袖で休んでいると、おじさんがねぎらい代わりに謎の果物を投げ渡してくれる。
「ありがとよ。ぼうずのおかげで3倍は早く終わったぜ。お礼にうちの娘を嫁にする権利をやろう。ちなみに3歳だ」
「ノーサンキュー! ぼくにそういう特殊な趣味はないから!」
イエスって答えちゃったらお巡りさんがきちゃうからね。しかたないね。
婚約のお話は丁重にお断りして、着ぐるみのあいだから、もらった果実にカシュっとかじりつくと、酸味の強い果汁が口の中に広がった。
おいしい!
例えるならリンゴの歯ごたえのパイナップルって感じ。
りんごのような優しい繊維質のせいかな。酸味はまろやかに甘みが強く感じられる。ふかふかとした幸せの味。
その果物を種や芯ごと飲み込んでから、ぼくは改めて組み上げた装置を見上げた。
なんかわかんないけど、野外フェスティバルの会場の照明装置みたいな感じ。どう見ても魔法の道具には見えないけれど……
「なんだ、こいつが気になるのか?」
首をひねっていると、ぼくに渡したものと同じ果物をかじりながらおじさんが自慢げに笑った。
「よーしよし、じゃあ説明してやろう。
最近の魔法系企業のトレンドは科学との融合なんだ」
返事もしてないのに、勝手に説明が始まっちゃった!?
とはいえ、ぼくの知識欲をかき立てるのも確かで、おじさんの説明にふむふむとうなずいて先をうながす。
「魔法っていうのは個人の資質に左右されすぎるだろ?
例えばな、ガッデンヘイヴのガーディアンみたいな、バカみたいに強いやつが一人いれば、普通のグール相手ならなんとかなっちまう。
人間様がいなくなったあとの、オレたち亜人の歴史っていうのはそういった強い魔法使いたちの、”英雄”の歴史なわけだ」
英雄の時代なんてすごいカッコイイ響きだよね。
でも、おじさんは肩をすくめた。
「だがな。それは同時に不安定ってことの裏返しだ。
伝説に残るような英雄たちがグールたちを打倒して、亜人の勢力範囲を取り戻すことが歴史上には何度かあったが、そいつが死んでしまえば、また元通りだ。場合によっては分散したおかげで逆に縮小することさえある。
オレたちはこれを『魔法の呪い』って呼んでる。
安定した社会っていうのは、大衆の努力によって構築されるべきなんだ」
「それがこの道具?」
「こいつは魔力の集約装置の試作品でね。
一人ひとりは弱くても、みんなで力を合わせて苦難を乗り切っていくために、みんなで頑張って開発した自慢の道具だよ」
いわく、例えば警備隊の人たちが使っていた雷の魔法を使うのに100の魔法力が必要なんだけど、99の魔法力があってもうんともすんとも発動しないらしい。
そして亜人さんたちの平均魔法力は50くらい。
いままでは魔法力が50のひとがたくさん集まってもグールを倒せなかったんだけど、集約装置の開発でそれが変わってきたんだって。
集約時にロスはあるそうだけれど、複数人から少しずつの魔法力を集めれば雷の魔法を発動させることが可能になっているのだという。
「もっとも、いまは集約効率が悪くて集約時には98%がロスされているから、夢のまた夢だけどな」
ロス率めっちゃ高!
20世紀ごろの電線もびっくりのロス率である。
「でも、楽しい夢だよね」
「だろ! ぼうずがオレくらいの齢になるころには、グールなんて寄ってたかって山狩りで叩きのめすことができるようになっているかもな」
そう言うおじさんの顔は、まるで少年のようにキラキラしていた。
まったく、どっちが『ぼうず』なんだか、わかんないよね。
いい年こいて仕方ないな、って思うけれど、そういう喜びを素直に表せるのは亜人さんたちの美徳の一つだと思う。
おじさんはそんなキラキラした目のまま、さっき組み立てた装置を見上げた。
「オルゼイ部長! こっちの作業も終わりましたー!」
と、向こうのほうから若い人の声が聞こえてきて、あたりにいた人たちがパラパラと集まってくきて、おじさん――オルゼイさんは全員が揃ったことを確認すると、パンっと柏手を打った。
「よし。では、これにて一旦解散っ!」
お疲れ様でしたー、とみんなでそろって合唱して、ぞろぞろと家路につく。
あたりは真っ暗。4時間もすればまた朝日が昇ってきそうな時間。
オルゼイさんも「うーん!」と背伸びをして街の方角へ。
ぼくもそろそろ宿まで戻ろうかな、なんて。
すると、「おーい! こっちも手伝ってくれー」って呼び止める声。
声の方を見ると、またしても何かしらの魔法の装置を組み立ててる人たちが。
ぼくとオルゼイさんは顔を見合わせた。
その表情を感嘆詞で表すなら「やれやれ」かな? それとも「おやおや」?
どっちにしたって、お互いに答えなんて決まってる。
ぼくたちはどちらからともなく口を開いた。
「おう、いいぜ!」「いいよ!」
他のひとたちも、きっとくたくただろうに、「まったくしかたねえな」とスパナ片手に走り出す。
その様子を見たフリートークがやれやれって、「まったく、お前らときたら……」なんて悪態をつくけれど、ぼくはその鼻をつついてやった。
「この世界の人たちは、人間さんたちの知性を正しく引き継いでいるんだよ。きっとね」
そうしてこの厳しい世界は、やさしく回っているのだ。
「明日が楽しみだな!」
大きな大きな文化祭の前夜みたいな、そんな感じ。
ぼくはきっといま、青春をしているのだ。




