全裸でGO! 4
「……やっぱり無理なんでしょうか?」
ぼくが驚きで黙っていると、ミラはもう一度ぼくに尋ねてきた。どうしてだろう? その目はどこか悲しそうだった。
今日のミラってば本当にどうしたのかな?
昨日まではあんなに無愛想……というか、さっきまであんなに仏頂面だったっていうのにね。
能面のような硬い作り笑いの奥に持ち合わせていた、本来の優しさが表面に出てきただけなのかな?
事故が起きたことが悲しい?
お祭りの準備が遅れたら、みんなの迷惑になっちゃうから?
それともぼくに頼むしかないっていう自分の非力さ?
それが何にせよ、ミラが自発的に人助けをしようと言い出したのが、ぼくはうれしい。ぼくがペチカに会って少しだけ変わったように、ぼくだって亜人さんに何かをしてあげたいと思っていたから。
だからこそ、その細やかな願いは叶えてあげたいと思った。
「いいのか? さっきの約束をいきなり違えることになるぞ。目立たないようにするんだろ?」
そんな心境の変化を悟ったのか、フリート―クが尋ねてくるけど、ぼくは迷いなくうなずいた。
「いいんだよ。
ぼくが怒られてこの街から放逐されることと、ミラの優しさの芽を摘み取ってしまうことを比較したなら、選べる答えなんて決まってるじゃないか」
「そうかい。ならいいや」
ぼくたちが相談している間に、彼らは荷車をそのまま押すのはあきらめたらしい。いったん、「ちょっと荷物を下ろしてみるか」なんて話し合いをしていた。
ぼくは、そんな彼らの横をコソコソっとすり抜けて、荷車を軽く持ち上げてみる。ギシギシとちょっときしむけれど、材質はとても良質で、ちゃんとバランスさえとれば持ち上げても大丈夫そう。うん、余裕。
なので、
「はい! はい! ちょっとぼくに任せてみて!」
「……マッパイン? おい。いったい何を……」
危ないので荷車の周囲から人払い。
そんなぼくの行動にみんなが訝しげな表情を浮かべる。
「まあまあ、いいから。ほらほら。荷台に乗って乗って。
あ、ちょっと聞きたいんだけど、どこまで運ぶ予定だったの?」
でも、気にしないふりをして、ぽふっとミラとリュネさん、おじさんを荷台に乗せる
「あそこの白い建物が見えるだろ? あそこま――」
「オウケィ、了解。おりゃああああああ!」
だいたいの道筋だけ決めると、荷車の底をぐいっと持ち上げて速攻ダッシュ!
気分はピンポンダッシュのいたずら小僧である。
「「「ひゃあああああああ!」」」
背負った荷車のほうから悲鳴が聞こえるけれど、無視して道路上を爆走!
注目されるって、とっても気持ちがいいね。
ときどき、歩道や対向車線から何事か、っていう視線がチクチク刺さってくるけど、ひたすら白い建物のほうを目指して走った。
いやっふぅぅぅ! いまのぼくは風なのだ! 邪魔するものなど何もない!
っていうか、ほんとに信号もないんだけど。
どうやって交通整理をやってるんだろね?
さっきまで荷車を押してた人たちを唖然と取り残して、ただぼくは走った。
いきなりのハプニングに言葉を失っていた3人のなかで、まずリュネさんがはっと我にかえる。
「――何やってんだ、バカ! あんまり目立つな、って言っただろ!」
でも、そう来るのは想定済み!
だから、ぼくはちゃんと理論武装していた。
さっきリュネさんが言ってた『あんまり目立つな』の【あんまり】っていう言葉の意味は【度が過ぎる様】だよね? 要するに、度が過ぎなきゃいいってわけ。
「つまり、目立つのが30分以内までならセーフ!」
「セーフじゃねーよ、アウトだよ!!!」
「自分で言い出したことですが、これはちょっと……」
「前から思ってたけど、お前って理論武装しようとする割に、脳みそが筋肉でできたような行動するよな」
「そこの角を右に曲がってください」
「あ、はい」
巻き込まれたおじさんが一番冷静だった。
言われた通り右に曲がって、
「あとは道なりに直進してくだされば到着します」
「おっけーい!」
指示通りに十字路を曲がると、幹線道路から離れて農道を思わせる細い道にはいる。
農道とは言っても、しっかりと舗装が残っている、そんな道。
道路のわきには植えられたばかりの青々とした稲田が広がっていて、苗の青臭さと、どこか懐かしい泥の匂い、そして停滞した水の匂いが混じって、鼻孔の奥に気持ちいい刺激を与えてくれる。
やっぱり農作業用ユニットの性なのかな?
この匂いはとっても落ち着く匂いだ。
それに、品種だとか、栽培方法なんかが気もなっちゃう。もしかして、魔法を使って植えたりするのかな?
稲狩りのときも、風の魔法でぶわっとやったり? 超見てみたい!
ぼくが新世界の農業に思いを馳せていると、荷台の空気が驚きから呆れへと変遷していく。
まず、口を開いたのは、荷車の持ち主であるおじさんだった。
「いやはや、世の中っていうのは広いな。こんなに力もちのひとがいるなんて思いもしなかったよ。驚いた」
どこか牧歌的な光景とあわせて、落ち着きを取り戻した彼の口調は、年齢からくる余裕を感じさせる。
「おっさん……あんた、なんでそんなに冷静なんだ?」
リュネさんに問われて、おじさんは「うむ」とうなずいた。
「会社に怒られないという安堵のほうが大きいからだな」
「うむ、じゃねーよ」
「予想外に社畜的な理由だった」
ぼくとリュネさんがそれぞれツッコみをいれると、おじさんはカッカと笑った。
「そんなに褒めてくれると照れてしまうじゃなか。しかも――社畜とはな。人間文明の栄誉ある称号に例えられるなど、光栄に過ぎるというものだ」
褒めてないよ!?
亜人さんってば、よりにもよってなんて言葉を……しかも、どういう意味で継承しちゃってるの!? 前時代の負の遺産、ここに極まれりだよ!?
「働くって、その……大変なことなのです……ね?」
さっきのフリートークの脱臭の件といい、今回のことといい、ミラの仕事に対する価値観が、すごい勢いで歪められてる気がする!
いや、半分くらいはぼくのせいなんだけどさ。
むむむ。ミラがちゃんとした大人になるようにこれは矯正せねばなるまい。
なんてぼくが考えていると、それよりも先におじさんは「わはは」と笑った。
「なーに、お嬢さんほどじゃないよ」
「どういうことでしょう?」
ミラがいぶかしげに尋ねて、おじさんはまたしても「うむ」とうなずいた。
「だってよく考えてもみなさい。世の中には”そこの彼”ほど突拍子もなくて、無茶をする人はそういない。
そんな彼に付き合うことに比べれば、労働なんてせいぜい”中変”か”小変”くらいなものだよ」
「ちょっと!? それってどういう意味!?」
「……かもしれません」
「ミラまで!? みんなぼくをなんだと思っているのさ!?」
「おっぱいおっぱい言ってる変態だよ。言わせんな、恥ずかしい」
リュネさんってば、『恥ずかしい』だって!
ははっ、みんな照れ屋さんなんだから! ……照れ屋さんなんだから。
「そんなわけだから、お嬢さんは安心して大人になればいい」
「そうそう、ミラはいい女になれるって、オレが保障してやるからよ」
あれ? 後ろの人たちってば、いい話風にまとめようとしてるんだけど、どういうこと!?
でも――
「なんか嬉しそうだな?」
着ぐるみのなかでフリートークがひそひそと尋ねてきて、ぼくは「うん、とってもね」と頷いた。
彼らがそうやってミラを”励ます姿”を見るのはとっても嬉しい。たぶん、以前のぼくならちょっと羨ましいな、とかそんなことを思っていたはず。
ぼくは海沿いを見た。
青々とした水田が”海沿い”に広がっている。
人間文明時代か、あるいは亜人時代の品種改良のおかげ? それとも魔法によるもの? 環境の変化?
それがどういう理由にしたって、青々とした苗たちは潮風に負けることなく成長するのだろう。
ぼくはさっき『ミラが変わった』って言ったけど――思えば、ぼくのほうもミラと出会って少し変わったのかもしれない。
ちょっとだけだけど、大人になりたいって思うようになったんだから。




