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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
26/47

あるいは少女の頑固なプライド 7

あわわ! 間違えて下書き状態のものが投稿されていました!

2017/11/04 11:26 修正しております。

「お、お、お、オレを食ってもうまくねーからな!? このおっさんのほうがうまいから!」


 女性はオルドモルトさんの後ろに隠れると、ある程度落ち着いたらしい。

 ぴょっこりと背中から顔だけ出して、ぼくの様子をうかがい、おとなしくしているのを見ると、震える声をあげた。


 強がるあたりはとっても女の子らしくて可愛いね。

 自分とほぼ同じ背の高さの女性に盾にされた、オルドモルトさんはというと苦笑するやら呆れるやら。


「ま、これが普通の反応ってやつだ。おい、リュネ。いつも言ってるだろう。もう少しお淑やかにしろってな。すまんな、騒がしいやつで」


「うん……」


 オルドモルトさんはそう言うけれど、ぼくの胸にはいいえもしれない落ち着かない感覚が生まれていた。

 この感情ってなんだろね。


「……フリートーク」


 こう、胸の奥にツンとしたいままでに感じたことのない感情が心の臓をトントンと静かに叩く。

 寂しさとは違う、心の奥底にわき出でるこの感覚は――


「すっごいぞ。オレっ娘だ! コミックでもレアだったのに本当に生息してるなんて!」


 ――たぶん、感動だと思う。


「オレにはお前さんの喜ぶポイントがわかんねえよ」


「だってだって、オレっ娘だよ? ボクっ娘よりもレアリティの高いオレっ娘だよ!?」


「な、なんだとー。オレを馬鹿にしてんのか」


 背中に張り付いていたフリートークを目の前にぶら下げ、「見なよ」ってぐいっと向けると、女性――リュネさんはオルドモルトさんの背中の後ろから、またしてもちょっと震えた罵声を飛ばしてくる。


 その様子にオルドモルトさんはまたしても嘆息。


「気は強いのにヘタレだよな。お前」


「うっせえ、バカおやじ!」


 呆れられながらも、その背後から離れないところはヘタレかわいいね。

 いずれにしても、自分の背中から出ていこうとしないリュネさんに代わって、オルドモルトさんがぼくたちに紹介してくれる。

 

「紹介する。うちの娘のリュネだ。見ての通り強気でヘタレだ。

 ……で、なんだ。ガーライルに頼まれたものって?」


「さっき、ちょろっとすれ違ったときに頼んでおいたんじゃーん。兄貴が街中に入るための小道具を」


 言いながら、ガーライルさんがさっき地面に投げ出された荷物を拾う。

 なんだろう? そこそこ弾力があって、短い毛でおおわれている。ポリエステルか、あるいは羊毛かな? もこもこした感じの丸くて長い物体がいくつも組み合わさって構成されている。


「着ぐるみですか?」


 ミラが首をかしげながら尋ねると、ガーライルさんが力強くうなずく。


「そう、プライオリアの街のマスコットキャラクターじゃん!」


 ばっと、広げて見せられて、ぼくの前に現れたのはまずちんちんであった。


「……え?」


 おかしいな。

 何かいろいろと間違ったものが見える気がする。


 オーケー、上から確認していこう。

 まず顔。

 モチーフは亜人さんかな? でも角とか耳は付属してなくて、ちょっとラリった目が特徴的で可愛い。賛否両論だとは思うけれど着ぐるみとしては及第点。


 次に胴体。

 ずんぐりとした肌色一色の胴体に棒状の腕が突き出ている。

 肌色一色って言っても、完全に一色ってわけじゃなくて、両の胸のあたりにある赤いワンポイントがちょっとしたアクセントになっていてかわいい。

 ……なんかちょっとこの時点でおかしいとは思うけれど、この際無視して下半身を見る。


 ちんちん。


 マスコット人形にふさわしくないものがそこに起立していた。もちろんデフォルメはされているけれど!


「ぎゃー! なんでこの着ぐるみ全裸なの!?」


「伝説にはこうある。始原の大君主(オーバーロード)アルゼパインと勇者ニュルンケルが初めて会った際、アルゼパインは己の持ち物の一切を持たぬ、ただの獣であったという」


 オルドモルトさんってば何を言い出すんだろう?

 ぼくが首をかしげると、オルドモルトさんはバンと興奮するように机を叩いた。


「つまり! そのときのアルゼパインは全裸だったのだ! このキャラクターこそ、我が街のマスコットキャラクター、ベーシック大君主(オーバーロード)『マッパイン』!!!!」


「英雄の扱いひどくないっ!?」


「教会も認定している公式マスコットキャラクターだから大丈夫だ! ほら、よく見ると優しそうな顔してんだろ?」


「ええぇ……?」


 優しそうな顔? このラリった顔が?

 ……ちょっと想像してほしい。


------------------------------

 冬の暗い雨の夜、屋根の壊れたさびれたバス停にひとりたたずむ少女。

 彼女が待っているのは家族だろうか。

 その表情に見えるのは思春期特有の懸命な悲壮感と頑固さだ。

 肌は冷え切り、髪はずぶぬれになっていた。

 屋根の隙間から跳ねた、ほんの小さなの冷たい水滴。その水滴が、髪をずぶぬれにするほどの時間、少女はそこにいるのだ。

 おそらくこのまま待ち続ければ少女を待つのは悲惨な結末であろう。しかし、それでも少女は歯を食いしばってそこにいた。

 少女にはそこにいなければならない理由があるのだ。

 ふと、視界が暗くなる。

 倒れる! と思った瞬間、少女は誰かに支えられるのを感じた。

 暖かい、ふわふわとした感触。水滴はいつの間にかかからなくなっていた。

 誰だろうと思って見上げると、ラリった顔の全裸がそこに……。

------------------------------


 超シュール! 違う意味で危ない光景である。

 英雄ってなんだっけ? もしかして言葉の意味が変わっちゃってるのかな……。


 断固としてお断りしたい!

 けれど、ガーライルさんはどうしても着せたくて仕方ないらしい。


「ほら、兄貴! 着るじゃーん! これを着れば誰も兄貴が兄貴ってわからないし、ミラちゃんも肥大肥大病じゃなくなって、みんなハッピーじゃーん!」


「なにその罰ゲーム!?」


「めんどくせえな。いつも裸なんだからそんなに気にすんなよな」


「フリートークまで!? そういう問題じゃないから! 獣が全裸なのは自然の摂理だけど、人の形をしてるものが全裸っていうのは色々と問題があるから! ミラもそう思うよね!?」


「思いません。素敵です。ぜひ着るべきです」


「わーお。全裸が素敵だなんて、ミラってばちょっとエッチー」


 全裸の上に全裸のマスコットを着込んだら、果たしてどちらのほうが卑猥なんだろう?

 実に哲学的だね。


「で、着ないのか?」


「着るさ!」


 フリートークに尋ねられて、ぼくは力強くうなずいた。

 それはともかくせっかく持ってきてもらったのに、かぶらないなんて選択肢があるわけないじゃないか。


 まず頭から。

 綿を抜いているのでサイズはちょうどいい感じ。

 視界はちょっと悪いかな? すーはーすーはーって息をすると、呼吸も普段に比べるとだいぶ制限され――


「ぎゃー、汗臭い!」


 着ぐるみの常として、むわっとした香りがぼくの鼻をつつく。

 思わず脱いで、フリートークの背中のスイッチを押して、着ぐるみのなかにぽいっ。


「……え?」


 説明しよう。

 万能サポートユニットであるフリートークは、背中にあるとあるスイッチを押すと銀イオンを発生させて、なんと消臭剤代わりになるのだ。さすが万能サポートユニット。人間文明ってすごい!


 ――とはいえ、


「ぎゃー、助けて! 暗い! くっさい! びゃぁぁぁ……」


 本人が消臭剤になったとしても、臭いものは臭いらしい。

 フリートークの悲鳴はしばらく続いたけど、やがて力尽きたのか静かになった。


「いいんですか……これ」


 悲鳴すら聞こえなくなった着ぐるみを見て、ミラがちょっと不安そうに言う。


「しばらくそうしてれば匂いが消えるから大丈夫だよ」


「いや、でも……かわいそうなのでは?」


 かわいそう? フリートークに? ミラが!?

 喜べフリートーク。君の情操教育は順調だ!


 とはいえ、終わったことを気にしても仕方ない。ぼくはミラの頭をぽんぽんと撫でてあげる。


「いいんだよ。これがフリートークの仕事だから」


「え……でも……」


「仕事っていうのはね、つらいものなんだ。だから邪魔しちゃダメ。ぜったい」


「……はあ。そうですか」

 

 機械相手にも労災って出るのかな?

 

 そんな風に空気が弛緩して、ひと段落ついたあたり。


「な、なんであんたは街に入りたいんだよ? 言っちゃ悪いが、うちの街の特色って何もねーぞ?」


 リュネさんがおびえながらもそんなことを聞いてくる。

 いまだにオルドモルトさんの背後からだけど、そこに見える感情は敵愾心じゃなくて、ウサギの好奇心がむくむくと成長中のようだった。


 だから、ぼくは優しく「うん」ってうなずいた。


「ぼくはおっぱいがもみたいんだ」


「うん、じゃねーよ」


「ちょっと意味わかんないです」


「いいぜ、つづけな?」


 リュネさんとミラがあきれたような声を出すけれど、オルドモルトさんが先をうながす。


 前にペチカに夢を聞かれてから1年。

 ぼくはずっと考えていた。でもやっぱり結論は一緒だったんだ。


「ぼくの本来あるべき姿っていうのは、あなたの出会ったペンギンさんと同じで、永久に島のなかで墓守としてありつづけることなんだと思う。

 でもね、その島に住む人間さんはぼくに外に出るように後押ししてくれたんだ。どうしてだと思う?」


「あんたにおっぱいをもませるためだと?」


「まさしくそうさ!」


「そうさ、じゃねーよ」


「変態さんです……」


 リュネさんとミラは相変わらず白い目で見てくるけれど、ぼくは自信をもって「うん」ともう一度うなずいた。


「だって、難しい顔をしながら悲壮感たっぷりにおっぱいをももうする人なんていないでしょ?

 おっぱいがもめる世界っていうのはさ、みんながわはーって笑ってる幸せな世界だと思うんだ。

 だからぼくはおっぱいがもみたい。

 人間さんたちがぼくに知性を与えた理由は、世界をほんわかぱっぱに明るくするためだって信じているから」

 

 言葉がどうであれ、そこに込められた思いが美しければいったい何が恥ずかしいんだろう。

 リュネさんとミラは白い目で見てくるけれど!

 リュネさんとミラは白い目で見てくるけれど!

 

「ふふ、おっぱいがもみたいか。それならしかたねえな」


 でも、オルドモルトさんはぼくの言葉に満足したようだった。少し可笑しそうに、はははと笑った。


「はあ!? おやじ正気か!? こんな変態を街なかに放り出そうってのか!?」


「じゃあ、お前。おっぱいもませてやれよ。おっと、オレは嫌だからな?」


「ぼくだって嫌です」


 中年のおじさんのをもんだって、ねえ?

 オルドモルトさんは自分の思いつきをとても気に入ったようだった。パンっ、と柏手(かしわで)を打って、背中側にいるリュネさんを押し出そうとする。


「いいじゃねーか、減るもんじゃないしよ。よーし、パパとして命令するぞ。街の平和のために、こいつにおっぱいをもませてやれ」


「え、ほんと!? いいの!?」


「いいわけあるか!」


 ぼくが嬉しそうに声をあげると、リュネさんはオルドモルトさんの座る椅子を蹴り飛ばして、紺色のワンピースを腕まくりして迎え撃つ体勢をとった。

 さっきのおびえてた子ウサギのような君はどこに!?


「お前ひとりのおっぱいで平和がおとずれるとしたら安いもんだろ。あきらめろ」


「そうだ、そうだ。あきらめろー!」


「あきらめてたまるか!」


 ぼくとオルドモルトさんの要請に対して、リュネさんは徹底抗戦の構え。


「絶対にもませるか! このバカども!」


 このあと、めっちゃ殴られました。



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