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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
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あるいは少女の頑固なプライド 6

 大通りに出たぼくの目の前に広がっていたのは、港とはまた違う光景だった。


 人類文明の遺産であろう、濃い黒の復元性のあるアスファルトと、その脇にはそれとは対照的な白を基調とした中世ヨーロッパ”風”の石造りの街並みが立ち並ぶ。この街をデザインした人はいったい誰なんだろう?

 人口密度はそれなりに高く、遠くから見たときに見えていた周囲の村落から運ばれてくる農作物や、逆に供給される様々な荷物を積んだ荷馬車などがぼくの前を通過していく。そのなかに――


「まあ! 自動車があります!」(裏声)


 荷台のある中型四輪自動車、いわゆる軽トラックががぼくの前をパラパラと呑気に走っていった。

 船を見たときもそうだったんだけど、亜人さんの文化の中にはわずかに人間文明の息吹が残っているらしい。

 くんくんと空気を嗅いでみるけど、ガソリンの燃焼する匂いはしないので、もしかすると動力は魔法なのかもしれない。

 船が魔法で空を飛ぶんだから、車が地上を走るくらいは驚きの範疇ではないんだろうけど。


 改めて道路を走る人々を観察してみる。割合としては馬のような生物や人力車によるものが9割以上で、そのなかに自動二輪車や四輪自動車がちらほらと混ざっているという感じ。

 特に興味深いのは、四輪自動車はほぼ例外なく荷物運びに使われているということ。もともとスポーツカーだと思われる自動車さえもその後ろをくりぬかれ、たくさんの荷物を積載し、生物的なゆっくりとした歩みの後ろをエンジン音を吹かせて走っている。


 その光景は既視感と違和感のちょうど谷間にあってなかなかに面白い。旧人間文明の人たちが見たらどんな顔をするのだろう?


 ぼくは思わずそっちのほうに駆け寄ろうとして、


「へい、アニキ! ちょっと待つじゃん!」


 とガーライルさんに、被った布の上から首筋をつかまれて止められた。

 振り向くと、オルドモルトさんがやれやれとため息をついていた。


「すぐに観光をさせてやりたいところだが、まずは警備隊の事務所にご招待だ。

 ……おっと勘違いするなよ? 赤旗掲げて入港してきたやつに対するルールってやつだ。

 特に祭りの時期は船が多くてな。みんなが優先されたいからって赤旗を掲げたら大変なことになるだろう? だからそんなことが起こらないように、ちゃーんと理由を提出してもらう必要があるわけだ」


「はーい」(裏声)


 とりあえずの行き先は、ちょっと遠くにある頑丈そうな、砦を思わせる大きさと無骨さをもつ建物のようだった。

 素直にうなずいて、オルドモルトさんが先導するのに従い、その後ろを歩いていく。


 その道中、オルドモルトさんはいろんなことを教えてくれた。

 例えば、警備隊は港だけではなくて、街をぐるりと囲む壁の警備もおこなっているということ。

 他にも、これからおもむく詰め所は警備隊員さんたちの宿舎も兼ねているということ、などなど。


 ……そうすると、詰所の大きさから察するに、たぶん警備隊員の人数って300人や400人どころじゃないんじゃないかな? しかも詰所は1か所だけじゃなくて、街の四方にあるっていうんだから、すごい人数だ。

 全員が全員宿舎で寝泊まりしているわけじゃないだろうから……5000人くらい?


「こんなにたくさんの人数がいて、武装もしているのに軍隊じゃないのですか?」(裏声)


 ぼくがミラの声色を装って尋ねると、オルドモルトさんはあくびをしながら答えてくれた。


「軍隊じゃねえよ。オレたちは防衛力を超えた敵がきたら逃げるからな。

 ……不思議そうな顔をしてるな?

 ”地上では”な、街なんていうもんは、しょせん企業の資産のひとつでしかなくて、いざグールが防衛力を超えて襲ってた場合――コストが見合わないって判断されちまったら、破棄される程度のものなんだよ」


「?」


 ミラ(とぼく)が頭にクエスチョンマークを浮かべると、オルドモルトさんは歩きながら器用に葉巻に火をつけて、紫煙を吐いた。


「グールっていうのはな、言っちまえば自然災害みたいなもんだ。

 もしもオレたちの戦闘能力が無限だったらいくらでも対応してやるんだがね。連中は簡単にそれ以上の勢力で襲ってきやがる。軍隊ならそれでも戦う義務があるだろうが――」


「警備隊なら逃げられる?」(裏声)


「そうだ。勝てる見込みのない戦いなんてアホのするもんだ。手に負えないと思えばスタコラサッサ。それが賢い大人の生き方ってやつだ。

 だからオレたちは軍隊じゃなくて警備隊って名乗ってるわけだな」


「へえー」


 地上って大変そうだなぁ。

 そんなに脅威なグールってほんとに何者なんだろう?


 ぼくが呑気にそんなことを思っていると、ぼくの背中をつかむ手に力がこもった。


「……そんなに簡単に割り切れるものなのでしょうか?」


 声の主は、驚いたことにミラだった。小さな声とは裏腹に、小さな手が震えるようにぼくの毛をぎゅっと握りしめる。

 オルドモルトさんはそんなミラの様子に気づいたのかどうかは知らないけれど、おどけた表情で肩をすくめた。


「さてな。そんなのはそのときになってみないとわからんね。もしかすると故郷のためだとか、誰かを守るために戦うやつだっているかもしれん。だがね、それは権利であって、義務じゃないんだ」


「権利……ですか? でも、そんなときに戦うというのは、その……死ぬということでしょう?」


「誰だって一度は死ぬ。それが納得できる死に方なら本望ってやつもいるだろうよ。奇特だとは思うが」


「残された人が不幸になっても?」


「人生ってのは自分に我儘なくらいでちょうどいい。自己の死に対する責任は、しょせん自分個人にしか帰属しない。どんな約束をしてても『死んだらごめんね!』ってなもんだ。

 お嬢ちゃんが不幸だとして、死人を掘り起こして責任をとってもらいたいかね?」


「……ときどきですが、生き返って――抱きしめてほしいと願うことはあります」


 ミラの答えにオルドモルトさんは困ったように肩をすくめ、対する返事はしなかった。


「……」


 ぼくのほうはというと、なんか地上の寂しさを思い知らされた気分だった。

 かつての人間さんは怖いものなしで地上を闊歩していた。ハンティングで自分よりも大きい生物を打倒し、生態を守るという理由で生物を選別する立場だった。言ってしまえば王者だったのだ。

 でも現在の地上の王者はグールにとってかわられて、人間文明の後継者は圧迫されつつあるらしい。


 でも、なぜそれを寂しいと思うんだろう?

 王座を明け渡しちゃった亜人さんたちが情けないって思っちゃってるのかな? それとも……。


「……」


「……」


 ちょっとした沈黙がぼくたちの間を支配した。

 もしもぼくが顔を出すことができたなら、この沈黙を破るためにいろいろとするんだけれど、いまのぼくは白い布の奥にすっぽりと隠れなきゃいけない状況で、どうすることもできない歯がゆさを感じてしまう。

 もしかすると、それが寂しさの原因なのかもしれない。


 まるでお葬式の行列のように、粛々と詰所の建物内へ。

 長い廊下を何人かとすれ違いながら、奥のほうに進む。

 すれ違ったひとはみな、ミラ(を背負ったぼく)を見るとぎょっとしたけれど、オルドモルトさんがしっしっと手を振ると、怪訝な顔をしながらも一礼して業務に戻っていく。


 途中、ガーライルさんがすれ違ったひとに何か頼んでいたり、ミラが天井のでっぱりに頭をぶつけかけたりして慌てたりしたけれど、やがてぼくたちは突き当りにある部屋に案内された。


「お邪魔しますじゃーん」


 事務所にしては誰もいないけれど、書きかけの書類なんかが机の上に置いてあるから、別に留置所っていうわけでもなさそう。

 その端っこのほうに、これまた簡素な応接間のようなイスとテーブルが置かれた場所があってオルドモルトさんはそのなかの一番いいイスにどっすりと座り込む。


 そして葉巻を取り出し火をつけると、「さて」とこちらにも座るようにうながした。

 さすがにぼくの体格じゃどっかりと座るわけにはいかないので、ちょこんとその端っこに。壊すといけないので空気椅子状態で座ったふり。

 ぼくとガーライルさんが着席したのを見て、オルドモルトさんはもう一本葉巻に火をつけた。


「本来は海の上でもっと聴取するもんなんだが……。ガーライルよ、説明はしてくれるんだよな」


「その前にお腹が空きすぎちゃったから、ランチを用意して欲しいじゃん! ヘイ、カツ丼3丁!」


「おい、ガーライル。おまえオルドモルトさんの知り合いだからって……」


 シセノさんがその態度に苦言を呈すけれど、オルドモルトさんのほうは気にした様子もなく、


「いいじゃねーか。遭難したっていうのは本当なんだからよ、赤旗の理由としては妥当だろ。命からがら帰ってきたやつにあんまり辛くしてやんな。いいから作ってこい」


「はあ……」


 しぶしぶとシセノさんがどこかに行ったのを見届けると、「さて」とオルドモルトさんが1本指で耳の後ろを掻きながら、にやりと笑う。


「懐かしいサインだ。よく覚えてたな? 冒険なんてしてた時のことなんてもう忘れちまったかと思ってたぜ」


「一応、オレッちってばあんたの弟子じゃん?」


 ガーライルさんとオルドモルトさんが顔を見合わせて笑うものだから、ぼくとミラは目を白黒させてしまう。

 そんなミラの様子を見て、オルドモルトさんが苦笑する。


「ま、いまはオレもガーライルも互いにヤンチャ稼業を引退した身だが、つまりそういうことだ。

 昔、ガーライルとはチームを組んでてな。色々とサインが決めてあるんだよ。

 例えば……このサインは『とにかく何も聞かずに合わせろ』ってな」


 そう言って、オルドモルトさんが1本指で耳の後ろを掻きながら、もう一度笑う。

 なんかそういうのって熟練の戦士みたいでカッコイイ!


「では、さきほど、怖いとおっしゃったのはお芝居なのですか?」


「いや、あれは本気だったが?」


 かっこわるぅーい。

 でも、ぼくがミラの下でじとーっとした目になっているのに気づくはずもなく。


「それで? このお嬢ちゃんは何者だ? どっかの国の王女とか誘拐された巫女とか、あるいは夜中になったら普通に戻るとか、そういった類か?」


「それは……こういうことじゃーん!」


 ガーライルさんがぼくとミラを包んでいた布をスポーンと引き剥がした。

 きゃーえっち!

 思わずビーナスの絵画を思わせるポーズをとっちゃうぼく。


「こいつぁ……まためんどくさいもんを」


 オルドモルトさんは、いやんと顔を隠したぼくを見て唸ったけれど、それ以上のリアクションはなし。


「あれ? それだけ?」


 なんだかちょっと肩透かしかも。

 ぼくが首をかしげていると、オルドモルトさんは葉巻を一息に吸って、大きく吐いた。


「……ガーライルよ、お前はほんとによくよく面倒ごとばかりひきあてるやつだよな。

 あれだろ? 人間文明のあれだ……万能ユニットとかってやつだろ? 

 そんなに不思議がるなよ、ヤンチャ稼業の先輩だって言ってるだろ。ガーライルのやつがチームに入る前にも、それなりにいろんな冒険してるってことだ。いまはこんなジジイになっちまったが、若いころはなかなか大したもんだったんだよ。

 オレが会った万能ユニットはペンギンの姿をしていたが」


 ぼくは驚いてしまった

 ぼくら以外にもこの時代にまで残っている、人間文明の生き残りがいるなんて思いもしなかったから。

 考えてみれば、ぼくたちがいた島は八番島って名前だったんだから、他に生き残りがいたっておかしくないのだけれど。

 もしかしてそこにも人間さんがいたのかな?


 そんなぼくの疑問を推察したのか、オルドモルトさんは肩をすくめた。


「残念だが、その島の人間様は全滅しちまってたけどな」


「じゃあ、どうして――」


 そのペンギンさんは隔離された島に残っているんだろう? と言いかけて――でも、続きを口に出すより前に、自分ですぐに答えを導き出してしまう。


 そのペンギンさんはモームさんのいなくなったあとのぼくなのだ。

 人間さんが生み出した科学の証明として、その身が朽ち果てるまで人間文明の忠実なる墓守としてそこに居続けるだけの存在なのだ。


 そう思うととても悲しい。


 だって、せっかく人間さんたちの役に立つようにって生み出されたはずなのに、何もしないことが役割になるなんてそんなの悲しいじゃないか。


「その……ペンギンさんはなにか言ってた?」


 ぼくが尋ねるとオルドモルトさんは豪快にワハハと笑った


「万能ユニットってのはみんなそうなのかね? やつもおんなじことを知りたがっていたぜ。

 そうそう、他の万能ユニットにあったら伝えてくれって伝言を預かってたんだ。

 なんでもな。『会いたい』だと」


「そう……」


 そこは故郷じゃないけれど、あったこともない相手だけれど。ぼくが感じているのはきっと郷愁だ。

 胸の奥の深いところからいいえもしない心地よくも哀しい感情が溢れてきてしまって、


「ぼくも会いたいな」


 と自然に口をついて出てしまう。

 そのノスタルジックな湿度はぼくの鼻をツンとさせて――


「――そんな話はどうでもいい話はおいといて、目下の問題はこのでかぶつが街の中を闊歩できるかどうかなんだ。

 きゃーって黄色い声援をもらえるならいいが、ぎゃーっていう悲鳴はお断りだぜ? そいつはあんたも望むところじゃないだろ」


 フリートークがぶち壊した。

 まったくもう! このサポートユニットときたら!


 オルドモルトさんはあきれかえるようなため息をついた。


「無茶言うなよ……オレみたいのならともかく普通は――」


 ――と、ちょうどそのとき、ドアが乱暴にバターン! と開く。


「おう、ガーライル。さっき頼まれたもの持ってきてやったぜ!」


 脚でドアを開けてはいってきたのは、男っぽい口調だけれど女の人。長い赤毛の大きな鬼人(ユニー)の女性。制服とはまた違う、紺色のワンピースに白いエプロンのメイドさんルック。

 ガーライルさんよりも背が高くて、ペチカと比べても筋肉質な様子が見て取れる。

 かと言って女性らしさがないかと言えばそんなことはない。例えるなら野生のウリボウ的な愛らしさ?

 大きな目は健康的な魅力であふれているし、野性味のある唇は得意げに「へへへ」と素直そうな性格を表していた。


 ぼくらが揃って唐突な来客者の顔を見ていると、彼女は「うん?」と怪訝そうに眉をひそめて、部屋を見回し、


「なんだよ? お前ら全員変な顔しやがって。オレの顔になんかついてん……の……か?」


 ――ぼくと視線が合った。


「……」


「……」


 息を吸って吐いて、また吸って。そして、


「ぎゃー、ばけものっ!」


 持っていたものを投げ捨てて、彼女はオルドモルトさんの背中に隠れた。

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