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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
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あるいは少女の頑固なプライド 2

 ミラが男性――ガーライルさんと名乗った――に指示されて部屋を出ると、何か硬くて軽いものをたたくようなカーンカーンという音が聞こえた。


「おや、やっと起きてきたな」


 不思議に思って、ホテルの窓から外をのぞくと、窓の”すぐそこ”にあの白い生物がいた。

 彼はすぐにミラの姿に気づくと、ミラにもわかるように「やっほー」と大きな手振りであいさつをしてくる。


「おはようございます。……えーと、フルーフさん? 何をされているのですか?」


「船をね、直しているんだ。ミラの乗ってた船をね!」


「そうなのですか」


「うん。そうなんだ」


「そうなんですね。…………。……。え?」


 なにかがちょっと、おかしかった気がする。ちょっと考えてみて、その原因につき当たる。


「……なぜここに船があるのでしょうか?」


 浮遊有船(ふゆゆせん)が墜落した場所からここまで結構な距離があったはず。

 ミラの問いにフルーフさんは船の上、甲板の先から不思議そうに首をかしげた。


「? ぼくがあそこで作業してたら、ミラとガーライルさんが危険じゃない? グールとか、魔獣とか出てくるんでしょ?」


「それはそうなのですが……もっと物理的な問題として、その……どうやって運んできたのでしょう?」


「かついできたんだけど」


「何言ってるか、ちょっとわからないです」


「こう……そいやっ! って。

 そうそう、人間さんの作った道路ってすごいよね。運んできたときはちょっと路面がへこんでたのに、もう自動修復されはじめてる」


「何言ってるか、すごくわからないです」


 ミラは空を見た。

 世界はミラが思っていた以上に自由であるらしい。

 曇った視界のなかの空はきれいな青色で、いまのミラの心理を突き放したようにどこまでも冷たく透明だった。まったく世界はなんと不条理なのだろう。

 そんな風に空を仰ぎながら世の中の条理について考えていると、


「へーい、アニキー。おっはよーじゃーん!」


 ガーライルさんが着替えて、部屋の外に出てくる。

 そして窓から船を見て「なんじゃこりゃあ!」と叫んだ。


「お、ガーライルさんも起きてきた! ほーら、見てみて! ここまで直したんだ。すごくない!?」


 白い生物は得意げな声。

 ミラはとっさにガーライルさんとアイコンタクトをおこなう。


 ――この生物を怒らせないようにしないと危険です。穏便にいきましょう

 ――オーケーオーケー、まかしとくじゃーん。


 曇った視界のなかだったけれど、完璧だ。これで身の安全はばっちし。

 ミラに向かってサムズアップしたガーライルさんがフルーフさんと話を始める。


「何々、かくかくしかじか? ふーん……かついで? なるほど。アニキってばとってもおバカじゃーん」


「ふぎゃー!!」


 ぜんぜん穏便じゃなかった!


「どうしたの? ミラ」


「なにか悪いものでも口に入れちゃったじゃーん?」


 ミラが思わず頭を抱えていると、二人して心配そうな声をかけてくる。

 いったい誰のせいと思っているのだろう!


「い、いえ……なんでもありません。ちょっとわかったことがあるだけです」


 ガーライルさんに任せていたら、いつフルーフさんを怒らせるかわからないってことが!

 ミラは決意した。己の命は己自身の双肩にかかっているのだ。


「まあ、まあ。ほら、中を見てよ。頑張ってリフォームもしたんだ。ぼくが入れるようにね」


「まあ、なんということでしょう! って、え……? これを一日で……じゃーん……?」


「ふふん。いいかい?

 農業っていうのはね、刻一刻と変わる状況と戦い続けてきた文化であり、いわばイノベーションの最先端なんだ。つまり、即断即決即作業こそが農業の神髄なのさ! 農業万歳!」


 農業関係ないです。


 ツッコミを入れたくなったけれど、そこは我慢。ミラは実に打算的。

 フルーフさんは手を伸ばしてガーライルさんとミラを船の甲板の上に運ぶと、「ほーら、こっちこっち」と、二人して船室の階段を上って消えていった。


 そうして取り残されたのは……


「なーにビクビクしてやがんだよ、クソガキ」


 あの意地悪なことをいうトカゲだった。

 このトカゲはどうやら白い生物の召使いのようなので、白い獣へ向ける媚びの5割程度でいいかな、って思った。

 ミラは実に打算的なのである。


「わたしはおびえてなんていません」


 わおーん、とどこからともなく魔獣の声が聞こえてびくっとしたけれど、絶対におびえてなんていないのだ。


 さて、これからどうしよう。

 とりあえずあの2人についていく? 階段にはリフォーム前にはなかったはずの手すりがついているので、上れなくはなさそうだけど……。なんて、考えていると、


「まあ、そんなことはどうでもいいや。ちょっと運んでくれ」


「何をするのですか」


 意地悪なトカゲがミラの背中におぶさってきた。ミラの抗議に、トカゲは悪びれもせずにひひひ、と笑う。


「昨日、なんでもするって言っただろ? じゃあ、オレをフルーフのところまで運んでおくれ。オレの大きさ的にこの階段はちょっと段差がありすぎてな」


 ぐぬぬ、とミラは思ったけれど、いまだどういう状況かわからないし、このトカゲの機嫌を損ねるわけにはいかないだろう。


「わかりました」


 観念し、一歩歩こうとして……ずしっと肩に体重がのしかかる。体積から推定される体重よりも重い。というかこんなに小さいのにミラの体重よりも重いのでは?


「……」


 ミラは階段を見た。

 手すりはついているけれど、なにせ船のなかの階段だ。決して緩やかなものではない。

 この階段を上る? このトカゲを背負って?

 絶対に無理だ。体力的にも、背中の皮膚の強度的にも。


 なので、しばらく足を止める。ぷるぷると震える足をアピールするように。ちょっと涙目な感じに。


 ミラは打算的なのである。

 小さな女の子がそういうつらい目にあったならば、普通の人は「大丈夫? 無理だったよね? ごめんね」って言ってくれるものなのだ。

 でも、そのトカゲは平然と「なに止まってんだ。早くしろよ」と言った。


 ……このトカゲは本当に意地悪だ。


★☆★☆★☆★☆

★☆★☆★☆★☆


「さっすがアニキじゃーん! 完璧なリフォームじゃーん」


「でしょでしょ! ――ってあれ? ミラとフリートークってばどうしたの?」


 ひとしきりガーライルさんと船内の補修状況を見回って、踊り場に戻ったぼくたちが見たのは、


「ちょ……ちょっとしたお散歩をしているのです……」


「なーに、このクソガキがよ、あんまりにも体力がねーもんだから、ちょっと鍛えてやったんだ」


 ぜいぜい、と荒い息をついて階段の半ばにいるミラと、その背中に勝ち誇ったようにつかまっているフリートークの姿だった。


「フリートークを背負ってここまで上ってきたの? すごいじゃないか」


 フリートークの重量はカタログスペックでおよそ15キログラム。

 そこにいまは薬のアンプルだとか、タブレットだとかを中に入れているので25キロぐらいあるはず。

 成人ならちょっと重いなって思うくらいだろうけれど、ミラの華奢な体つきから考えてみるとほんとにすごい。

 もしかすると亜人さんは筋繊維の構成が人間さんのものとは違うのかな?


「ほら、もう少しだ。頑張れ。負けるな。お前さんならやれる」


「ううう……。もう動けないのです……」


 階段のなかばまで来たことが、すでに奇跡にも思えるのに、なんてひどいやつなんだ。フリートークは。

 仕方ない、ここはぼくが手を貸して……


 って思ったら、フリートークが首を横に振った。


「やめろ、手を貸そうとするな。やりきることに意味があるんだろ。違うか?」


「それはそうだけど……」


「なーに、心配するな。ここまで来たのは伊達じゃねえ。まあ、見てろ。ここに取り出したるはミラクルな栄養剤。こいつを静脈にぷすっとな」


 背中から取り出した茶色の瓶の中身をしっぽに吸い取り、それをミラの首筋にぷすっと。

 すると、なんということでしょう。


「シャッキーン!!」


 あっというまに元気を取り戻したミラが階段を駆け上るではないか。

 うんうん。元気な子供の姿っていいよね。ほほえましいっていうかさ。


「――って、あわわ。ミラが壊れた!? いまのって危ないおクスリとかじゃないよね!?」


「大丈夫大丈夫。このドリンクは自然由来だから。それにビタミンだけじゃなくて、良質なタンパク質も豊富でプロテインも真っ青なやつだ。WAHAHA」


「なるほど、それは安全だな! HAHAHA」


「……フグ毒も自然由来だってことを知ってて言ってるじゃーん?」


「ぼくがミラに求める姿っていうのは、HAHAHAって笑いながらグールや魔獣をなぎ倒していく姿だからね。仕方ないね」


「……oh」


 とりあえずガーライルさんも納得してくれたようで何より。

 とはいえ、そのドーピングも長くはもたなかったらしい。ミラはあと2段のところまで上ると、またしても力尽きたように荒い息を吐いて足を止めた。


「おい小娘。謝るならいまのうちだぞ?」


「……」


 ぐぬぬ、と歯を食いしばる姿を見ていると、ちょっとかわいそうになってしまうけれど、でもだからといって手心を加えるわけにはいかない。

 だってこの()は、ぼくたちに”あなたの望むように”って言っちゃったのだ。

 だから彼女から約束の変更を求めてくるまでは、ぼくはその約束の履行を求めなきゃいけない。それが亜人さんたちの意思を尊重するということなのだから。


 そうして、ミラが無事に階段の上まで上ってくるのを見届けて、ぱん、と手をたたく。


「さて!」


 そんなことより、浮遊有船(ふゆゆせん)を直したのは空を飛ぶためなのである。

 空を飛ぶ船ってライトノベルみたいで、ワクワクしちゃうね。あ、もしかしてこのまま世界を救う旅になっちゃったりして!

 夢が広がるね! いやっふぅぅぅ! でも仕方ない! だってぼくは10歳なんだもの!


 ワクワクする気持ちと一緒に、ぼくは青い空を指さした。


「さあ、行こう。この空のかなたに! 冒険の始まりだ!」


 そう。この空の向こうには無限の可能性が広がっているのだ!


「……」


「……」


 ……あれ?

 これって「おー」とかって斉唱して、みんなで気持ちよく出発する場面だよね?


 ワンモアセイ!


 ぼくは青い空を指さした。


「さあ、行こう。この空のかなたに! 冒険の始まりだ!」


 そう。この空の向こうには無限の可能性が広がっているのだ!


「………………」


「……あのー、兄貴?」


 長い沈黙の後に、ガーライルさんがおずおずと手を上げる。


「魔法使いがいなきゃ、空は飛ばない……じゃん?」


「……oh」


 なんてこったい!


 ――結局、普通の船として海から街に向かうことにしました。

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