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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
20/47

あるいは少女の頑固なプライド 1

 ミラは空が嫌いだ。

 

 ★☆★


 ミラが生まれたのは、大陸の中央――亜人たちの勢力圏の最北端――工業が盛んな地域だった。

 そこそこ裕福な中流労働者の3人目、次女として生まれた。

 恐らく幸福な幼少時代であったのだとは思う。


 グールたちは北から押し寄せてくる。

 亜人の勢力圏の最北に位置していた故郷は、予断を許さない状況であったとはいえ、それでもミラのいた街は北の主要都市のひとつであり、”そこそこの”数のグールや魔獣がきても対抗できるだけの武力を持ち合わせていた。

 そして何よりも、父親と母親、兄弟姉妹はもちろん友人たちもみな善良だった。

 

 生まれて初めて空を飛ぶ船――浮遊有船(ふゆゆせん)に乗ったのはそんな幸福な幼少時代の終わりのときだった。

 街の防衛力を超えた数のグールが押し寄せて、街はあっけなく陥落した。

 ミラが避難用の浮遊有船(ふゆゆせん)に乗るとき、街に残ったお父さんとお母さんはにこやかな笑みを浮かべていた。

 空から見た、燃える故郷の光景はいまだに(まなこ)にこびりついている。


 そしてミラは避難先で保護された。

 混乱のなかで兄姉や友人たちとは異なる浮遊有船(ふゆゆせん)に乗ったらしく、誰ひとり知らない街にたどり着いたけれど、街のひとたちは避難民に同情し、そして優しかった。そこでミラはとある夫婦の養子となった。


 1番最初の”お父様”と”お母様”は娘を病で失ったばかりの裕福な夫婦。

 特にお母様は美しい妙齢の婦人で……気が狂っていた。


 彼らの娘はちょっと出かけた先で運悪く魔獣に襲われて亡くなっており、ミラの年齢や姿がちょうど娘に似ていたらしい。

 そのせいだろうか。まるで着せ替え人形のように大事に大事に扱われて、部屋から一歩も外に出ることを許されず、出たいと思って窓を見上げようものなら恐慌をきたした”お母様”の悲鳴を一日中聞くことになった。

 そしていつしか、窓は白と金で塗られた美しい板金で封印された。


「おお! 愛おしい! 我が娘!」


 その”お母様”の言葉に対してミラは人形のように微笑みを張り付けた。

 ”お母様”はそうしていれば満足してかわいがってくれた。


 いま思うとそのときは幸せだった。

 ”お父様”も”お母様”も決して悪人ではなかったし、微笑みを貼り付けてさえいれば、誰に虐げられることもなくお腹いっぱい食べることができたのだから。


 少しだけ成長したミラはまたしても浮遊有船(ふゆゆせん)に乗ることになる。

 このときミラは病を患っていて、高度な医療機器のある病院に入院する、というのがその建前だった。

 浮遊有船(ふゆゆせん)のなかで、”お母様”は新たな子供と養子縁組するのだということが噂されていた。

 きっと”お母様”の愛おしい娘との時間は凍り付いたまま動くことはなかったのだろう。


 2回目の浮遊有船(ふゆゆせん)はとある病院にミラを運んだ。

 白衣の、愛嬌のあるちょっと太った中年女性が迎えてくれて『これからわたしを”お母さん”と呼びなさい』と言った。


 ”お母さん”とお揃いの、白いきれいな白衣を着せられて、太陽の下を自由に歩くことができるのは思っていたよりも幸せなことだった。

 久しぶりの青空を見たとき、思っていたよりも明るかったのを覚えている。


 ある日、「あなたのためよ」と言われて手術室につれていかれ、お腹をメスで開かれた。

 そこから先は覚えていない。痛くなかったのはよかった。ミラは幸せだ。


 ただ、それ以降なぜか”お母さん”を見るのがちょっとだけ怖くなった。

 そのあとも、何度か体を開かれたり、何かを埋め込まれたりして、そのせいかどうかは知らないけれど、いつしか両目はほとんど見えなくなった。汚いものを見る必要がなくなって幸せだ。


 そして3回目の浮遊有船(ふゆゆせん)

 なぜ浮遊有船(ふゆゆせん)に乗ることになったのかはわからないし、わかりたくもなかった。

 ただ、わかっているのは”お母様”も”お母さん”はみんなミラを一人ぼっちにするのだということだ。


 爪を噛むのは楽しい。2番目の”お母様”のところで覚えた退屈しのぎだ。

 尻尾の毛をむしるのも悪くない。3番目の”お母さん”のところで覚えた快感だった。

 

 次の”母”は何を教えてくれるのだろう?


 事態が急変したのはミラが乗る3回目に乗った浮遊有船(ふゆゆせん)が飛び立ち、2日経った昼間だった。

 誰かが「グールだ!」と叫んで、しばらく騒ぎになったと思ったら、浮遊有船(ふゆゆせん)が墜落しはじめた。


 壊れてしまうんじゃないかと思うほどにガタガタと揺れて、木製の船体が絶叫をあげる。

 商人たちの声はいつしか聞こえなくなって、それでも船は落下するのをやめなかった。

 飛び降りることもできず、ほとんど見えない目をつむって、頭をかかえた。


 ここで死ぬのかな?

 ミラはこの閉塞した部屋の片隅で、ゴミのように安らかに死ぬのだ。


 ああ……なんて幸せなのだろう。


 そう思っていたら「誰か助けて!」って大きな声が聞こえた。

 誰の声かな? ってミラは思ったけれど、のどにひきつるような痛みが走って、自分が叫んでいるのだと理解した。


「幸せなんて……そんなわけない!」って自分であって自分じゃない誰かがまた叫んだ。


 とても悲しくて、そして悔しくて。


「誰か助けて!」


 でも助けてくれる人なんていない。

 それでも助けを求める自分の馬鹿さも嫌いで、誰も助けてくれない世界も嫌いで。


 ――だからミラは空が嫌いだ。


 ☆★☆


 むにゃむにゃ、とまどろみながらミラは目を覚ました。

 久しぶりにすっきりとした目覚めの爽快感。

 昨日、あんな目にあったというのに特に痛みがあるわけでもなく、すぐに体を起こすことができた。

 そしてほとんど見えない目で周りをうかがう。


「………」


 ここ2日間で見慣れた船室ではなく、調度の整った宿泊施設の一室。


「そうでした……白い生物に拾われたんでしたっけ」


 ちょっと考える。

 いったい、あの白い生物はなんなのだろう。

 狭くてぼんやりとした視界ではよくわからなかったけれど、大きくて白くて、背負われてみるとこのベッドのようにふかふかだったのは覚えているけれど。


「まあ……助けてくれればなんでもいいんですけどね」


 それほど生きていたいとは思っていないけれど、かといって進んで死にたいというほどでもない。


 ミラは打算的なのだ。

 死にたくなければ、死にたくないだけの振る舞い――笑え、と言われて笑うくらいはすべきだと知っている。

 あの白い生物がいったい何を思って、ミラを助けようとしているのかわからないけれど、それくらいは従順でいようと決意して、自分を叱咤するようにほほを叩く。

 

「よし! ――あわわ」


 ――そして、起き上がろうとして、思いのほかやわらかいのベッドによって足元が狂って、どてーんとベッドの上にひっくり返ってしまう。

 そして手にはむにゅりとした感触。肌色のなにか。


「むにゅり? ……なんでしょう?」


 じーっと目をしかめて顔を近づけてみる。

 肌色の……人?


「っふぎゃー!!」


 それは犬人(バウループ)の男性だった。しかも全裸。しかもミラが触れていたのはその男性の股間のあたり!!


「ナンデ全裸!? エ、ナンデ!? って、なんでわたしもゼンラ!?

 あわわ……これはいったい……もしかしてあの白い獣に騙されて、売られちゃったのでしょうか……」


 落ち着け、わたし。そう、ミラは打算的なのだ。だから、落ち着けわたし。


 ふー、ふーと深呼吸をしていると、だんだんと頭の回転数が上がってくる。


 ……寝る直前の記憶はある。そのときは服は着ていたはず。

 

 ぱ、ぱ、と自分の体をチェック。

 ……特に問題はなさそう?


「……はあ」


 安心すると同時にため息が出た。

 だいたい、おなかのあたりなんて触られたら、痛くて絶対起きてしまっていただろうから、変なことなんてされたら絶対に気付くはずだ。

 それに、考えてみれば、例え売られたところで問題なんてない。保護してくれる庇護者が変わっただけで、その人が少女が嗜好であったとしても、安全の対価としては妥当ではなかろうか。

 この世界において、盲目の少女など毛虫ほどの価値しかないのだから。


 そう、何も問題はない。問題などないのだ。


「……とりあえず服を着ないと」


 服はそばにあった。

 真っ白のちょっと無骨なデザインの、前の”お母さん”がくれた、大事な大事なワンピース。目を閉じても問題なく着替えることができるほどに慣れた布の感触に腕を通し終わって、もう一度辺りを観察する。


 近くにあの白い獣はいないようだ。

 代わりに全裸の男性が眠っているけれど、むにゃむにゃ言いながら熟睡中。


 部屋のドアはどこだろう? 壁の色と同じ色なのだろうか。曇った目には辺り一面が冷たい壁に見えて、まるで牢屋のなかにいるような背筋の冷たくなるような感じがする。


 その冷たさにミラはぶるっとからだを震わせた。


 ……この感情はたぶん恐怖だ。


 あの白い獣がなぜ優しいのか。考えてみたけれど、なぜ優しいのかわからないから怖い。

 いま、自分がどういう状況に置かれているのかわからないのが怖い。


 なので、


(起きてください)


 こそっとつぶやいて、隣の男性をつついてみることにした。


「ぐが、すぴー!」


 ……起きない。

 

(起きてくださいっ!)


 男性はグガーっとすごいいびきで熟睡していたけれど、ミラの手が鼻っ面を叩くに至って、ようやくむにゃむちゃと目を覚ます。

 男性は少し寝ぼけながら目をこすると、ミラを見て首をかしげた。


「あれ、ここは? ……あー、そういえばアニキが助けてくれたんだっけ。そっかそっか」


 勝手に納得されても困る。

 いまがどのような状況か説明してほしくて、ミラは勇気を出して話しかけることにする。


「あの、ここは……」


 どこでしょう、と尋ねようとしてから、そういえば、とミラは思った。

 ”お母様”がくれた絵本のなかに、夜だけ獣になるおとぎ話があったっけ。

 もしかしたら、この男性があの白い生物なのかも? だったら、機嫌を損ねるのは絶対的にまずいのでは?

 なので直前で質問を切り替える。

 

「……あなたがわたしの新しいお父様ですか?」


 男の人というのはそう言うと喜ぶ、と2番目のお父様が言ってた。実にミラは打算的なのである。

 でも、その男性はあっさりと首を横に振った。


「オレッちが? ないない、ありえないじゃーん」


「では、白い大きな獣のことを何か知りませんか?」


「白い獣? ああ、アニキのことじゃん?

 たぶん、外にいるんじゃないかな。よし、街にも戻らなきゃいけないし、いっちょ探しにいこうじゃーん!」


「はい」


「……」


「……」


「……どうかしたのですか?」


 ミラはうなずいてちょっと待っていたけど、男性は布団から動かない。なので、ちょっと聞いてみる。


「着替えるから……ちょっと外に出ててほしいじゃん?」


 男性は「きゃー、エッチ!」と言った。

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