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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
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誰か助けて!4

「ここにも誰もいないな」


 タブレット越しにフリートークが言う。


 グールたちを倒したぼくたちはすぐに船内の探索を始めていた。

 とは言っても、ぼくの巨体は船室への入り口を通ることができなかったので、フリートークが船内を進む光景を、タブレット端末で見ているだけだったけれど。


 木造の廊下は、輸送船らしい無骨さと粗雑さをもってフリートークの短い脚を遮っていた。

 船内には明かりとりの窓がついているけれど、照明設備はないらしく薄暗い。

 フリートークはそんなことも苦にもしないけれど、魔獣やグールとの遭遇の可能性もあるので慎重に進んでいて、順調というには程遠い調子だった。


「おっと、そこのところらへん。そこの右あたりに何かいなかった?」


「ん、どこだ?」


 フリートークの視線を動かすと、それに従ってタブレットの画面も右に左にぐるぐると動く。

 うーっぷす、酔いそう。


 日光の反射かあるいは船内の影の様子がゆらめくのか、たまに怪しい影が現れるけれど、ぜんぶただの気のせいで、いまだ要救助者ゼロ。

 それどころか死体もなくて、生活していた空気だけは残っている。

 途中にあった食堂には、食器や食べかけの料理が落下の衝撃で散らばっていたけれど、そこにも誰もおらず、まるでいきなり人が消えうせたような不気味さが漂っている。


 まるでパニック映画のよう。タブレットの画面の中に化け物が突然出てこないか、って思うとどきどきしちゃう。

 もしもぼくが船内探索をやれって言われたら、ひぇーって逃げていたかもしれない。

 その点フリートークはすごい。機械だからか、そんな不気味さもものともせずに突き進む姿は実に男らしいと言えよう。

 そんな風に船内の探索を進めて、だいたい半刻くらい経って……。



「あー、もう! そっちじゃないよ。こっちだよ、こっち。ななめ右上15度くらいのところに怪しい影が! いきすぎだって! それじゃあ18度くらいいっちゃってるから! っっこのあんぽんたん!」


「うっせえ! 15度も18度も変わらねえよ! どっちにしたって、またしてもハズレだ。お化けが怖いのはわかるが落ち着け、バカ」


「バカって言うほうがバカなんだい!」


「うっせえバーカバーカ! 悔しかったらここまでこいよ、ヘイヘイヘイっ!」


「ぐぬぬ!」


 ぼくは激怒した。

 かの邪知暴虐のトカゲに思い知らせてやらねばと決意した。

 しかし、ぼくには船体の仕組みがわからぬ。構造がわからぬ。

 もしかしたら無防備なおなかをさらしているこの船の、船底の板一枚へだてた奥に爆発物があるかもしれないのだ。


「――でもそんなこと知っちゃこっちゃないよね。はい、ドーンっ!」


 べし、っと爪を突き立てべりべりと板をはがす。

 組立には釘ではなくて接着剤が使われているようで、ぬちぬちぬちと透明の糸がぼくの腕力に対抗しようとしてくる。


「おい! なにやってんだ、バカ! 爆発でもしたらどうすんだ」


「おっと、農業従事者をなめちゃいけない」


 その振動を感じ取ったのか、フリートークがタブレットの向こう側から罵声を浴びせてくるけど、ぼくはその罵声に対してふふんと鼻で笑って返した。


 焼畑農業や野焼きのように農業において火というのはよき隣人なのである。

 堆肥を作る際に発生するメタンガスの爆発力は、ときに火薬を上回り工場の屋根を吹き飛ばすことだってある。

 さらにいうと、農業の発達は人口爆発の引き金でもあるわけで。


「すなわち農業とは爆発なのだ。農業万歳!」


「農業関係ねーよ」


「爆発しなかったんだからいいじゃないか。お、でも要救助者発見!」


 船板を剥がしたそこは部屋だった。

 タブレット越しに見てたような物を運ぶためだけの粗雑な部屋とは違う、居住空間として家財が配置された空間。

 さすがにベッドだとか高級な食器類だとかはなかったけれど、他の部屋からしてみると、大切に扱われていることがよくわかる。

 そんな部屋の片隅で、目を閉じて頭を抱えている女の子がいた。


 年のころは10歳くらいかな?

 額には青みがかった紫の宝石のようなものがついていて、その宝石と同じ色の透き通った髪はおかっぱに切りそろえられている。

 身体はちっちゃくて、ろくに運動もしてなさそうな不健康な華奢さ。


天人(ニズン)という種族のようだな」


 いつのまにか部屋にたどり着いていたフリートークが言う。

 ペチカノートいわく、額に青い宝石のようなものをつけているのが特徴で、プライドが高い人が多いけれど、褒められるのが大好き。踏み込んでみるとヘタレ多しとのこと。


 確かに頭を抱えている様子はヘタレ的といってもいいのかも?


「こんにちわ」


 ぼくが声をかけると、女の子は一瞬びくっと体を震わせた。


「もう大丈夫だよ、安心して。グールは追い払ったから」


「……あなたが助けてくれたのですか?」


 ぼくが声をかけると、少女が恐る恐る目を開ける。

 おや? ぼくを怖がる様子がないぞ。


「ふーん。この娘、目が悪いようだ。緑内障と白内障を併発してるな、こりゃ。視界もだいぶ狭いだろうし、視力も低そうだ」


 ぼくが不思議がっていると、フリートークがその原因を突き止める。

 言われてみると、目が白濁していている。

 いや、怖がられたいってわけじゃないんだけどね。せっかく作戦通りにことが進んだっていうのに、なんか肩透かし。


 目が悪いせいで逃げられなくて、ここにずっとうずくまっていたのかな? ほかの船員さんはどうしたんだろう?

 

 ぼくたちが他の人たちの安否について考えてると、少女がまた口を開いた。


「もしかして、あなたが新しいお父様なのですか?」


 お父様。

 男の子としては言われてみたい呼称ランキングの結構トップにくる言葉だよね。でも、


「ぜんぜん違うよ。ノーサンキュー!」


 こんなちっちゃな女の子に、そんな風に呼ばせているのが見つかっちゃたら、お巡りさんがきちゃうからね。しかたないね。

 女の子は「そうですか」って言うと、黙ってしまう。


 これはいけない。

 ショックなことがあったから、カウンセリングが必要なんだ。

 なのでぼくは話しかけることにした。だってさっき、ぼくは心の健康相談王になる!って決めたのだから。


「どこからきたの?」


「わかりたくないし、知りたくもないのです」


「これからどうしたいの?」


「あなたがわたしに望むように」


「名前は?」


「ミラです」


 ぼくは困ってしまった。

 だって、この子ったら困ってないんだもの!

 さっき大きな声で助けてって言った情熱的な君に戻ってほしい!!!


「ねえ、フリートーク。こういうとき、どんな顔をすればいいんだろう?」


「見えてねーんだから、指さして笑ってやれ」


「なるほどあはは! ……はぁ」


 笑っても解決しないよね。

 なんてぼくが困っていると、頼りにならないフリートークではなく少女のほうがが口を開いた。


「困っているのならばわたしを捨てていけばいいのでは?」


「むむむ。なるほど、それは名案だ」


 言って、ぼくは少女をおんぶした。


「……なにを?」


「君が何を思ってそんなことを言ってるのか知らないけどさ。ちっちゃな女の子をこんなところに放っておけるわけないじゃないか。しかも拗ねてる子をさ。おっと、もちろん男の子でもね」


「そうですか」


 でも、これからどうしよう。

 街に入るために人助けをしようってことだったのに、どうやら少女――ミラは身よりもない様子。

 肩に担いだ少女の表情をうかがってみても、状況がわかってないのか特にこれといった感情も見えてこないし。


「で、どうするつもりなんだ」


「とりあえず安全な場所に戻ってから考えようか」


 フリートークもスルスルと肩の上に登ってきて、ぼくたちはさっきの廃ビル群のほうへと足をむける。


 それでも少女は無反応。


 ……それにしても華奢な肉体だな。

 ペチカの健康的な肢体とはぜんぜん違って、触るとすぐに骨の感触がある。

 肌も病的なほどに白く、よく見ると眼だけでなく手足にも、うっすらとやけどのような痕が。


 あとおっぱいはちっちゃい。


 おおっと! 断っておくけどぼくはロリコンじゃないよ!

 別にちっちゃいからってどうだってことはない! これっぽっちも! ほんとだよ、信じて!


「ミラはどうしてやりたいことがないの?」


「なければいけませんか?」


「奇遇だね! ぼくもやりたいことを探している最中なのさ!」


「そうですか」


 暖簾に腕押し、糠に釘。

 ぼくは自分のコミュニケーション能力のなさに挫折しそうである。


 ――先月までのぼくならね。

 実は、ペチカとの会話のなかで修行が必要だと思ったぼくは、この一か月間、女性誌で女子力を磨いていたのだ。


 女子力の根源は共感力であるという。そして可愛いは強い。

 具体的に言うならば、可愛いものを可愛いと言っている自分こそが最強なのだ。


 ぼくは自分に「可愛い!」って言い聞かせた。

 もともとぼくが可愛いなんていうことは自明の理だけど、それさえも超越した概念としての可愛さの権化であると言い聞かせた。

 

 よーし、修行の成果を見せてやる。

 まず、きゃーんって口元にお手てを当てて……そして可愛さをアピールするために腰をくねくねさせながら!


「きゃー、見てみて! あれって超可愛くない!? やっだー!」


「見えません」


「ですよねー……」


 クマのお巡りさんは、困ってしまって泣いちゃうぞ!


「あーあ、見てらんねーな」


 そんなぼくに助け船を出してくれたのはフリートークだった。

 やれやれ、といつも通りのため息をつく。


「おい、小娘。さっき望むようにって言ったな? なら笑え。媚びを売れ。そんな気がなくとも愛想を振りまいてみせろ」


 ちょっとそれはきつい言い方じゃなかろうか。

 きつくてミラが泣いちゃうんじゃないかってぼくは心配しちゃったんだけど。


「わかりました」


 思いのほかミラは従順に笑みを浮かべた。


「おい、フルーフ。何点だ?」


「ちょっと無理に作ってる感じがしますが、そこが逆に素朴で大変よろしいのではないでしょうか。演技力についてこれからに期待。素体が可愛いから……ちょっとおまけして8点!」


「100点満点で8点だとよ。おい小娘、真面目にやれ」


「10点満点だよ!? そんな辛口採点じゃないからね!」


 あまりのスパルタさに、今度こそさすがに泣いちゃうんじゃないかな、って心配になってしまう。

 恐る恐る無表情な少女の顔色をうかがうと、ちょうど少女が唇を動かすところだった。


「……たしは……です……」


「え?」


 ミラは少し震えていた。いままで感情が見えなかった顔に、色が付き始めたようにも見える。

 でも、それは暗い昏い、真夜中のような色だ。


「……わたしは心の底から笑っているのです。わたしは幸せです」


「そうだよね。幸せだよね!」


「お前は黙ってろ」


「はい!」


 せっかくのぼくのフォローは簡単に粉砕されてしまった。

 フリートークが「はんっ」と少女のセリフを鼻で笑い飛ばす。


「ガキっていうのはよ、際限がない欲の塊なんだ。浅ましい獣のそのものさ。そんなやつがいまで充分だと? いまが1の幸せなら、10。10の幸せなら100を求めるなきゃ嘘なんだよ。それが健康的なクソガキってもんだ」


「わたしは、いまでも充分に幸せです」


 それで会話は打ち切られてしまった。

 ちょっとこしょこしょって足をくすぐってみたけど無反応。

 さすがに脇をくすぐるのははばかれる。なぜってぼくはロリコンではないから。


「……」


「……」


 でも、この空気の重さといったら!

 ……だから、これは仕方ないよね。不可抗力ってやつだ。

 ぼくはロリコンではないけれど、脇をこしょこしょってやらねばらならぬ。

 ぼくは! 断じて! ロリコンじゃないけど!!!


 ぼくがそんな悲痛な決意を実行に移そうとした、まさにそのときだった。


「あいた」


 そんなぼくの足元に落ちていた何かにつまづいた。

 いけないいけない、いまはミラを背負っているんだから、気をつけないと。


「なにやってんだ?」


 肩から振り落とされそうになったフリートークが文句をつけてくる。


「いや、なんんかつまづいちゃって。って、なんだろ? ぼろきれ?」


 ぼろぼろの……なんだろ? マネキン? はは、こんなところにマネキンだなんてシャレが効いてるね。


「誰か……けて……」


 ごろりと仰向けに転がったのは瀕死の男の人だった。


「何にも解決してないのに面倒ごとが増えた!?」


 いったい、この世界はどうなってるんだ!

 RPGだって、イベントがひとつ終わってから次のイベントが始まるって言うのに!

 

 なんでもするから誰か助けて!



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