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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
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誰か助けて!3

「なんだろ? この音」


 廃ビル群の中、助けを求める声が聞こえたほうへと向かっていたぼくたちが聞いたのは、ごーんごーんと何かを叩く音だった。

 あまりにも規則正しくうるさいものだから、精神的な拷問かと思ってしまうほどの律儀なリズム。


「向こうのほうから聞こえるが……」


 もしもこの廃ビル群が現役であったなら、うるさいって騒音のクレームがついていたことだろう。でも、いまは文句を言う人もいないので、音は途切れることなく鳴り響いている。


 音は茫洋と廃ビル群に鳴り響き、ぼくにはどこから聞こえてくるか判別できなかったのだけれど、


「よし、こっちのほうだ。ついてきな」


 とフリートークが肩から降りて、ぺたぺたと前の道を歩いて先導するので、ぼくもその後ろをてくてくとついていく

 4車線道路の中央を歩くっていうのは思いのほか開放的で、まるでこの街の王様になった気さえしてくる。

 陥没隆起したアスファルトの上を我が物顔で歩き、たまに放置されている朽ちた自動車のなかを覗き込んだりして音の方へと向かう。

 さっき横を通ったのは昔研究所だったのかな? ちょっと覗きに行きたくなるけどここは我慢。

 あとで来る場所リストに追加しておこう! なんて思ってると、

 

「なんだ、さっきの建物に興味があるのか?」


 なんてフリートークが尋ねてくる。


「え? だって、秘密の研究所ってわくわくしない? 隠された研究所のなかで数千年の間眠っていた人工生物が、長い年月を経てついに大地に飛び出す、ってちょっとしたロマンだよね」


「鏡を見ろよ。きっとお手軽にロマンが体験できるから」


「え? なんで?」


「……まあいい。音の発生源は……あっちだな」


 フリートークってば、たまにおかしいこと言うよね。

 きょとんとして首をかしげたぼくを尻目に、フリートークはさらにずんずんと進む。


 ごーんごーん、という音は足を進めるごとに大きくなって、やがてぼくたちは開けた場所に出て、その真ん中に――


「船だ!」


 さっき空を飛んで行った船と同型の、卵型の不思議な装置を積んだ浮遊有船が、草だらけになった道路を踏み荒らして横たわっていた。どうしてこんなところに? それほど破損しているようではないけれど。

 その横倒しになった船の底を乱暴にノックしているのは――


「……グール?」


 9匹の黒い獣が、まるで借金取りのような熱心さで船底を叩いていた。

 グールたちは船底をたたくっていう行為にお熱のようで、ぼくたちに気付いた様子はない。


 いったい、なにが彼らをそこまで夢中にさせるんだろうね?

 その様子を見て「変だな」と、フリートークが神妙につぶやいたので、ぼくも「そうだね」と真面目に頷く。


「叩くならもっといいものがあるよね。例えばおっぱいをスパゲティでぺちんぺちんと叩くとか!」「――オーケー。お前の性癖はよくわかったが、オレが言いたいことはそうじゃない。連中の腕力ならあんな木製の船底は簡単に破壊できるはずなんだが、どうしてそうなってないかって話だ」


「よくわかんないけど、魔法で補強された木材とかなんじゃないの? そんなことよりも早く助けないと」


 そう、きっとあのノックで呼び出されている人はとっても怖がっているに違いないのだから。

 破損した道路の上を駆け足で近づくと、グールたちがぼくに気づいて、


「ギ? アアアアァァァァギアアアア!!!」


 さっきまで熱中していた船底叩きをやめて、あっというまに狙いをぼくに変えた。

 ぼくと違って、悩みとかなさそうな素敵な生き方をしているようでちょっとうらやましいね。ほんとにね。


「「ォォォアアアア!!!」」


 改めて見ると、赤い瞳はやはり憎悪そのもので、すさまじい殺気でぼくを射すくめようとにらみつけてくる。


「……?」


「どうした? 怖いか?」


「いや、不思議だなって思ってね。この間はあんなにも怖いと思ったのに、いまは全然怖くないんだ」


 あの視線に慣れたから?

 それとも陽炎を生み出すほどの熱く煮えたぎった悪意が、ぼくの肉体を傷つけることがないって理解したから?


「うーん、違うな」


 ぼくは彼らが襲い掛かってきたのを正面から待った。

 彼らの手が届くまであと、もう3歩、2歩、1歩。


「人を助けたいって思っているからだな、これは。――おりゃあ!」


 ぼくは人間のサポートをするために生み出された人工生物で。でも、亜人さんって人間の範疇なのかな?

 振り回した拳がハンマーのようにグールの身体をとらえると、すごい勢いで跳ね跳んでいって壁にぶつかって黒い染みとなった。


「「アアアアァァァ!」」


 それでも残りの8匹のグールはまったく怯まずにぼくに組み付き、爪を突き立てて、牙を打ち込もうとして、体を締め付け潰そうとしてくる。でも悲しいかな。彼らの努力はぼくに一切の傷をつけることもできず、徒労に終わるしかないのだから。

 とりあえず、一匹ずつ確実に仕留めていくことにする。

 組み付いてきたその頭を逆に掴んで地面にたたきつけると、背中がくにゃりと曲がった。それでも生きているので、さらに踏みつける。そして次のグールに対しては……


「なあ、お前さんにとって、亜人は人間なのか?」


 フリートークが話しかけてきたのはそんな時だった。

 さっきぼくが考えていたことと同じことを尋ねてきたので、もう一度だけちょっとだけ考えて、すぐに首を横に振る。


「うーん……違うかな?」


「ふーん」


 会話をしている間もグールたちの攻撃は止まっているわけじゃない。

 グールの首を両手でつかんでねじ切っても、その顔はぼくに噛みつこうと一生懸命で、首を失った肉体のほうも頑張って爪を立てようとしてくる。頭は急所じゃないのかな? 肉体を二つに裂くと、頭のほうも同時に動かなくなった。


「逆に聞きたいんだけどさ、フリートークはどう思ってるの? 亜人さんたちのこと」


「オレか? 心の底からどうでもいいと思ってるぜ?

 そもそもだ。もしも人間がまだ地上に残っていたとしてもオレが優先するのはお前さんの意思さ。それがオレの”役割”ってやつよ。どうすればいいか、アドバイスくらいはするけどな」


「ふーん」


 さっき、ぼくはグールが頭を使ってないって思ったけれど、たぶんそれはぼくたちだって同じだ。

 役割に対して忠実に働くってことが行動原理の根本にあって、ただ、グールはそれが生物を殺すためにあるってことなだけなんだろう。

 さいわい、ぼくたちはその役割ってやつについて能天気でいられるだけの余地があって、彼らにはなかったっていう、それだけのことなのかもしれない。


「えい!」


 ぶちっとヒップアタックで4匹目。

 ま、なにがどうあっても容赦なんかしないんだけどね!


 ……結局、グールたちは全滅するまでぼくに向かってくるのをやめなかった。



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