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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
1章:小さな勇者様
13/47

誰か助けて!2

「うーん、そもそもどうして撃たれたんだろ?」


 街から少し離れたところ、人間文明の遺産たる廃墟と化したビル群の一室でぼくたちは作戦会議をとりおこなっていた。

 真っ白な壁と、壁にかかったホワイトボード。

 壁には『クールビズ実施中! エアコンの温度は28度で。変えたらコロス』って書かれていて、とってもオフィスな感じ。

 ぼくはその部屋に大きなソファーを持ち込んで、ぐぇーっと力を抜いて座り込んでいた。


「もしかして、可愛すぎたっていうのが罪なのかな?」


 いないいないばあ! って感じにもきゅっと肉球をアピール。

 うん、今日も肉球は絶好調! どうだフリートーク、この艶を見よ。


 アピールされたフリートークはというと、面倒くさそうにため息をついた。


「あーはいはい……そうだな。普通に考えてお前が怖いからじゃないか?」


「怖い? ぼくが? うーん……なるほど、確かに!」


 言われてみるとちょっと納得。


「よく考えてみたらぼくってば全裸だしね。常識的に考えて全裸はアウト。極めて道理だね」


「ちげーよ」


 そりゃあ、全裸の変態が町中を歩いていたらお巡りさんに通報するよね?

 ぼくだってそうする。

 つまり悪かったのはぼくのほうで、亜人さんたちに悪意はなかったってこと。さっきのはいわゆる文化のすれ違いが起こしたアンラッキーだったってわけ。

 フリートークが「断じて違う」だとか「人の話を聞け」だとか言ってるけど、あーあー、何も聞こえない。


「だとすればぼくが紳士なところを見せれば万事解決ってわけか。よし、傾向と対策はばっちし。あとは実践あるのみだな」


「実践……って何するつもりだ?」


「ふふ、こんなこともあろうかと、モームさんが持たせてくれたものがあるんだ」


 ぼくはふふんと得意げに笑って、リュックのチャックを開けてガサゴソとある物を探し始める。たしか結構奥のほうに入れておいた気が……


「あった! ほら、これだ!」


 ぼくが取り出したるは一本のカラフルな紐状の、紳士のマストアイテム!


「……紐? 世を儚んで自殺でもしようってのか?」


「違うよ!? ネクタイだよ、ネクタイ!

 これさえあれば全裸であってもオールオッケー。誰だって紳士になれちゃう文明の利器。

 お、さすがはモームさんだな。ネクタイの結び方の説明書も添付されてる。なになに、まずは長さを……」


 ぼくは説明書に従ってネクタイを巻き始める

 初めてつけるネクタイって、一歩大人になった気がするね。

 ……いや、しかし、これはなかなか難しい。


「むむむ」


 ぼくの悪戦苦闘はしばらく続き、やがて――


「そもそも長さが足りないよっ!」


 ばん! とネクタイを地面にたたきつけた。それを見てフリートークが、ひひひと笑う。


「さすがはモームだな。抜けてるというか、深く考えてないというか。で、次は何をするつもりだ? 首輪でもつけるか?」


「いや、まだあきらめるのは早い」


 フリートークが茶々をいれてくるけれど、ぼくはあきらめちゃいない。


「むむむ」


 ぼくは全身全霊で考えた。

 いままで読んだ本のなかに、解決策はきっとあるはず。

 知識とは貯めるためにあるのではなく、使うためにあるのだ。


「思い出したぞ!」


 そう、あれはコミックのなかの描写だった。

 地面に叩きつけたネクタイを拾い上げて、ぱんぱんと埃を払う。


 シワができないようにきっちりと伸ばして、剣先側は輪にせずそのまま輪に巻き付ける。いわゆる歌舞伎役者が鉢巻を巻くときの片蝶結びの要領だ。

 さらに輪の奥から剣先を通して、長さを整える。結び目と顔の正面の角度はきっちり15度。

 最後にもう一度しわを整えて、完成!


 ぼくのきりっとした表情が、窓ガラスに薄く映り込む。完璧だ。


「どう? かっこいいでしょ?」


 ”頭にネクタイを巻いた”ぼくは自信満々にフリートークに尋ねた。

 そう、この巻き方こそが宴席におけるもっともフォーマルなネクタイの装着方法なのである!


 フリートークは一瞬閉口したけれど、ぼくの自信満々の表情に根負けしたのか、


「ああ、ああ、かっこいいとも。しめ縄をつけたチワワくらいの勇ましさを感じる」


 って感想を述べた。なるほどつまり完璧だってことか。


「よーし、じゃあ準備は完璧。再アタックだ!」


「……本気でやるのかよ」


「ぼくはへこたれないのが自慢なんだ。いってきます!」


「あ、おい――」


 フリートークの制止を振り切って、ぼくは部屋を出て、街に向かって走り出した。

 ぼくたちの旅はこれからだ!


 さあ、反応はいかに?


 ――ドーン、パパパパパーン


 はい、撃たれました。残念!



 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「あー、死ぬかと思った。……おかしいな、あの流れだと『大歓迎! 1日観光フリーパス無料券進呈!』ってくらいに余裕だと思ったんだけど」


 先ほどと同じビルでぼくたちはまた作戦会議を開いていた。

 窓のブラインドを爪の先でくいっと下げると、なんかスパイとか警察官になった気分がする。

 その隙間から市壁のほうの様子を伺うと、ちょっと見張りの兵士さんが増えたように見える。

 ”ように見える”だけで、たぶん気のせいだけど!


「どっこもおかしくねーよ。犬だって首輪つけても飼い主がいなきゃ保健所呼ばれるからな?」


「やってきたのは獣医師さんじゃなくて銃士だったけどね。あ、いまうまいこと言った!


「ぜんっぜんうまくねーよ! しかし、面倒だな……この世界の軍事力がどの程度かはわからんが、下手すると駆除対象だぞ、オレたち」


「むむむ……。 ! よし、いいことを思いついたぞ」


「また余計なことを思いついたのか……」


「余計なことじゃないから! ……まあ、いまは好きに言うがいいさ。ぼくの作戦を聞いたならば、きっと心を改めるだろうから」


 ホワイトボードに黒い水性ペンでスラスラと書き連ねる。

 きゅっきゅっという水拭きのような音が心地いい。

 長い年月を経ても水性ペンは朽ち果てておらず、こんな日用消耗品の雑貨にも熱い情熱が込められているんだな、っていうのがまさに人間さんの遺産っぽい感じ。

 そして書き終えた文字をバンバンと叩いて、フリートークにアピール。

 

「名付けて泣いた赤鬼作戦!」


 プレゼンテーションによって、計画は議論を経て、そして実行に移される。


「ほう」


 フリートークは興味深そうにその文字を見た。

 ぼくのプレゼンテーションをフリートークが聞くっていうのは天空島じゃあまりなかった光景だ。


 でもこれは当然の帰結だといってもいいと思うんだ。


 だって、ぼくはずっと本を読んでたからね。

 世の中は教科書通りにはいかないけれど、でも教科書の知識は教養として、ぼくの血肉となっている。


 人類史における学歴社会の形成とは、群衆としての人間が人間足りうる知性の獲得に至るための通過儀礼であり、すなわち人道や平和の根源たる理知の大衆化の証明なのである。


 ……なにが言いたいかって言うと、いっぱい本を読んでたぼくって偉い!


「森のなかで出会ったくまさんは言いました。ぼくといっしょに踊りましょう、と」


「いきなり鬼から離れてんじゃねーよ」


「さて、ここで問題。すたこらさっさと逃げてた女の子が、なんで一緒に踊ることになったのか。ぼくはそこに答えがあるのではないかと考えているんだ」


「……なるほどな。買収か」


「違うよ!? 確かに貝殻のイヤリングで釣ったと言えるかもしれないけど!」


「じゃあ森のなかでどんな犯罪を犯そうって言うんだ? ……ああ、わかってる。俺は絶対にお前さんの味方さ。不利になるような証言はしないからよ。安心しろ」


 いったいフリートークはぼくをなんだと思っているんだろうか。


 ぼくは紳士なのだ。

 ちょっとおっぱいがもみたいっていうだけの、普通の紳士なのである。


「なので、人助けをします」


「ほう」


 コミックやライトノベルでは王道の展開だよね。


 フィクションっていうのは、ほんとに起こったエピソードじゃない。でも王道の展開っていうのはひとつの真理をついている。

 王道の展開とは「こうあってほしい」という願いの具現で、じゃあその願いを叶えれくれるものが実在するとすれば、できるだけ便宜を図ろうとするのが人間というものなんだ。

 例えば、保護してくれた恩人を忘れない虎だとか、幼いころから一緒に暮らしたクマと犬の話だとか。果ては昔話だって鶴だの亀だのそういう話に満ち溢れている。


「具体的に言うと、逃げることもできないほどに困っている人を探し出して、説得アンド社会復帰のサポート。

 自分で自分を苦しめないで!

 その気持ち、誰かに話せば楽になるかも!

 ――そう、ぼくはこの荒んだ現代砂漠で心の健康相談王になる!」


【おこなおう。まもろうよ。こころ】

 自殺総合対策大綱(平成 19 年 6 月 8 日閣議決定)では、地域における心の健康づくり推進体制の整備の一環として、自殺を防ぐための地域における相談体制の充実を図るため、相談しやすい体制の整備を促進することとされております。

 

「冨士の樹海じゃねーんだから……しかし、そう簡単に助けを求めるやつなんて見つけれるのかね」


「大丈夫大丈夫、世の中ってのいうのはさ、こういうときにはすぐにイベントが起きるに決まってるんだ。ほら耳をすませてごらん?」


 そーっと耳を立てて、静かに。

 

 ――誰か助けて!


「ほら! イベント発生だ! いやっふぅ!」


 ・

 ・

 ・


 ぼくはやっぱり間抜けだ。

 ちょっと賢い気分になるとすぐに失敗する。

 このときのぼくは、その人がどんな気持ちで助けを求めてるかだなんてことをぜんぜんわかってなかったんだ。

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