誰か助けて!1
青い空! 白い雲!
太陽はさんさんと降り注ぎ、ぽかぽかとした陽気が新緑を温めて、ぎゅっと凝縮された春の匂いを生み出す。
地上は汚染されてるって聞いてたけれど、思っていたよりもキレイだった。
遠くに見える海には色とりどりの船が走り、潮の匂いが風に運ばれてきてぼくの鼻をくすぐる。
背中に大きなリュックとマスターキーと名付けた戦斧を背負ったぼくは、ただひたすらアスファルトで舗装された朽ちた道路を歩き続け、ようやく文明と邂逅しようとしていた。
「見なよ、フリートーク! 街だ、すっごく大きいぞ!」
船が目指すのは、海沿いに広がる立派な港町だ。
海岸線沿いに長く伸びた街並みは、近くの小島も飲み込んで幻想的な都市部として造成されていて、自然の湾に少しだけ手を入れた湾口に停泊している船は数えきれるのも億劫になってしまうほど数が多い。
赤、白、黄色。
さすがに、かつて200メートルあるような超巨大な船舶はないけれど、中型ばら積み船や帆のない人力のガレー船、貨物フェリーくらいのそこそこ大きな中型船まで、種類も大きさも豊富。
かと言って人間文明の真似ばかりかというとそういう訳でもない。見慣れない卵型のへんてこな装置を積んだ船もあって、確かな彼らの文明の息吹も感じられる。
港の中の光景は、人間文明の時代背景からするとてんでデタラメなんだろうけど、それが逆にへんてこな調和性をもたらしていた。
その街を守るのはこれまた白い立派な大きな壁で、3重にもなる市壁が、街どころか地方全体を包み込むように広がっている。
特に一番外側の市壁は、海に流れ込む大きな川をも利用した巨大な囲いで、先端はチリの多い空に霞んでしまって、ここからでは全貌が把握できないほどに大きい。
その内側には森や草原、田畑など、色鮮やかな緑地を擁し、その合間に縦横無尽に道路が広がっている。その道路は静脈のように内側に点在する村落と都市部をつなぎ、その上を荷物を積んだ馬車が行き来していた。
道路はたぶん人間文明時代のものを補修して使っているのかな?
ぼくらのいる廃ビル群より続いているアスファルトの道路が壁を通って街の中へ続き、そしてさらに地平線の向こう側まで続いている。
二番目の壁は、外の壁とは違って自然物に頼らない重厚な威圧感を感じさせるものだ。一番外側の壁の広さを政令指定都市とするなら、区の単位で囲んでいると表現できるかもしれない。
壁同士は小さな背の低い壁で連結しあって、さながら蜘蛛の巣のよう。
きっとそれは、いざグールや魔獣が侵入した際に遅滞させるためのものだろう。
壁に備え付けられている門は普段は開け放たれているらしくて、村落と都市部を行き来している馬車が足を止めている様子はない。
そして最後、最も内側の市壁は都市部のみを囲む、おそらく税関を兼ねたものだ。
その中心には聖堂らしき建物があって、街がそこを中心に発展しているのが見て取れる。一部の地区などは市壁から街がはみ出していて、その急激な拡張具合が見て取れる。
「すごく素敵な街並みじゃないか。ちょっと楽しみになってきちゃったぞ!」
亜人さんたちの街は、ぼくたちがいる廃ビル群と実に対照的。
ぼくたちがいま歩いている廃ビル群は苔や草などがビルの壁面を埋めてしまっているけれど、それすらも未来的な温暖化対策と言ってしまえば信じてしまいそうな雰囲気ですらある。
いまだに一部の電気が生きていて、電気掲示板や小さな装置がまだまだ現役と言わんばかりに動作している。
まるで、人類滅亡だとか、世紀末だとかを題材にしたテーマパークかと思ってしまうほどに不自然な終末感すらあって、油断していると、天空島の居住区にいた掃除ロボットがハローって挨拶してきそうだ。
それに比べるとここから見える亜人さんたちの街はどこか牧歌的だ。
街の周りはピンクの花畑が広がっていて、中世風ファンタジーの世界から飛び出してきたようなふんわかとした朴訥さ。
背の低い、最大でも3階建ての居住地は西洋の建築技術とは若干異なっていて、まさしくゲームのなかの”中世風ファンタジー”の趣き。
特に街の聖堂なんかはその建築手法に影響を受けたような造りをしていて、元の文化と比べてずいぶんと様変わりしているなー、って感じてしまう。
きっと2000年という時の流れはそういう文化の変遷に足りる時間で、きっとそれが生き続けるということなのだろう。
……それが寂しいのか興味深いのかは別として。
「たぶん、あれはプライオリアの街だな」
ぼくらは顔を突き合わせてペチカの残していった書き置き――通称ペチカノートに描かれた地図を覗き込む。
位置的には少しずれているけど『白い壁が大きくて、周りにプライオリアの花畑(ピンク色のお花だよ!)が広がっててキレイ!』って書かれているので間違いないだろう。
ペチカが目指していたっていうガッデンヘイヴの街は、地図上ではプライオリアの西にあって、縮尺に誤りがなければ、ここからはまだまだずいぶんと距離がある。具体的に言うと、直線距離で500キロメートルくらいの距離。
わき目も振らずに障害物を無視して走れば1日くらいで走破できる距離ではあるけれど、いまのぼくたちはそんなに急ぐ旅ってわけじゃない。
「なので、いったんあの街に行ってみよう」
ってことだった。
「お前さんの好きにすりゃあいいさ。ペチカノートいわく、名物はプライオリアの茎の味噌漬けらしいぞ? 『味噌のしょっぱさとプライオリアの茎のほろ苦さのハーモニーが、チーズと一緒に食べると超最高!』だとさ」
味噌漬けってなかなか渋いチョイスだよね。
「プライオリアの花か。聞いたこともないけれど、どんな味がするんだろうね。名物なんだしきっとおいしいに違いない!」
「そういうのはたいていガッカリするものって相場が決まってるが」
「ガッカリするのもまた旅情ってね。なーに、ガッカリするならするで、全力でガッカリしてやるさ。って……あれ?」
と、そのときだった。ふっ、とぼくたちの上を巨大な何かが通過していったのは。
「すごいぞ! 見なよフリートーク。船が空を飛んでいるぞ」
なんだろう、って空を見上げてぼくは思わず声を出してしまった。
ぼくたちの上を通り過ぎていったのは、港に停泊しているものと同じ卵型の装置を背負った船だ。
あっけにとられるぼくたちの頭上を1分ほどかけて通り過ぎ、さらに市壁の上を飛び越えて、そのまま海のほうへと向かう。
やがて船は海の上へとたどり着くと、帆をバッと広げて高度を下げて……着水!
まるでペリカンのように水面を滑って速度を落とし、やがて港に接岸した。
「亜人さんってすごいんだな。あんな光景、想像もしたことなかったよ。どんな人たちなんだろう! ほら、早く行こうよ!」
「まったく、はしゃぎすぎだっての。気持ちはわからんでもないが」
ぼくは思わず走り出していた。
ワクワクする気持ちが抑えきれずに勝手に足が動いて、荒れ果てたアスファルトの道路を駆けていた。
やがて市壁のふもとまでたどり着くと、その細部まで見えてくる。
間近で見ると本当に大きい。
漆喰で塗られたように表面はすべすべ。壁面は虎が背伸びをするようななだらかな曲線を描いていて、ちょっとやそっとじゃ登れないようになっている。
少し黒焦げたあとがあるのは戦闘の痕かな? 表面のいたるところに少し黒焦げたあとや、血の跡のようなものが点在していた。
比較的新しい汚れもあるので、思ったよりもグールや魔獣の遭遇率は高めなのかも?
その壁の上には兵士かな?
ペチカの持っていたような銃型ワンドかそれとも本物の銃なのか、ぼくには区別がつかなかったけれど、肩に銃を背負った、制服をまとった人たちが見回りをするように油断なく壁の外と睨めっこしていた。
その手前には備え付けられた大砲さえあって、この世界がいかに危険なのかを思い知らせてくれる。
彼らはぼくに気付くと、
「なんか手を振ってるけど、なんだろ? 挨拶かな?」
「想像はつくが……」
フリートークは何やら難しい顔をしているけれど、ぼくは努めてにこやかな笑顔を浮かべた。 だって、ここは初対面だし、第一印象はよくするに越したことはないよね。
そう、愛嬌よく大きな動きで手をふって、はきはきと大きな声で!
「おーい、こんにち――」
――ドォーン! ごつん!
「あいたぁっ!」
有無を言わせぬ衝撃がぼくの顔面を襲った。
あたったのが鼻の一番高いところだったので、とっても痛くてじんじんする。おかげでぼくはちょっと涙目になってしまう。
「あたったのはこいつだな」
あいたたた、と鼻を押さえるぼくの肩から降りたフリートークが、顔に当たった物体を探し出して見つけるとツンツンとつつく。
「なんだろ、これ?」
ぼくの鼻面にぶちあたったのは黒くて大きくてテカテカしている球体だった。
大きさはソフトボールの約二倍。
材質は鉄かな? 色味からすると何かの合金かもしれない。拾ってみると、ずしっとした重みが腕にかかる。
「新しい球技の道具? いや、それにしてもぼくにぶつけられるのはおかしい……はっ!? もしやこれがこの世界の挨拶!?」
むかしむかし、あるところには拳と拳で語り合うひとたちがいたらしいから、今世代の人類さんが鉄球で語り合っていても不思議じゃないよね。
さらに昔には矢文の例もあるし、砲丸投げでコミュニケーションをとるっていうのもなかなか情熱的で素晴らしい文化なのかもしれない。
ぼくがその結論にいたると、フリートークが嘆息した。
「ちげーよ。単純に攻撃されてんだよ、このおバカ」
「はは、そんなことあるわけないじゃないか」
フリートークは渋い顔を浮かべてそんなことを言うけれど、そんなことあるわけないじゃないか。
「だってさ、相手は人間の後継者を名乗っているんだよ?
後継者ってことはつまり意思を――知性を受け継いでいるってことなんだ。
だとすればコミュニケーションをとろうっていう相手にいきなり攻撃なんてするはずないじゃないか」
返事は深いため息だった。
「そうかい。まったく変な幻想を抱きやがって。あーあー、これがマンガばっかり読んでる若者のなれの果てってやつかね!」
む!
「ぼくは別にマンガばっかり読んでるわけじゃないし! それに、相手に対して夢も希望も持てないっていうよりも、見も知らない人たちに幻想を抱けるほうが素敵でしょ?」
「あー、そうかい」
「それに、攻撃だっていうなら一発だけで済むはずがないじゃないか。一発だけなら誤射かもしれな――」
ドーンドーン! パパパパパパンバーン!
ぼくの言葉に応えるように、真横に鉄球がさらに2発。さらにペチカが使っていたような曳光弾のような魔法が雨のように降り注ぐ。
「……」
「一発がなんだって?」
閉口したぼくに向かって、フリートークがひひひと笑う。
ぐぬぬ!
「サポートユニットとしてアドバイスするなら、さっさと退散することをお勧めするがね? オープニング直後に、いきなりゲームオーバーなんてシャレにならんぜ」
「おっと農業従事者をなめちゃいけない」
新石器時代から始まったといわれる農業は、すなわち人間と自然との闘いの歴史である。
土と水と太陽エネルギー。
自然に頼りながらも闘うという矛盾。
その究極の矛盾と闘うために、人類は常に文化を発展させてきたといってもいい。
耕作のために道具として鉄器を生み出し、家畜を飼うことによって効率化し、さらには機械を生み出すに至る。
ダム。品種改良。そして遺伝子にまでも手をのばした。
その技術の結晶がぼくなのである!
「であるならば偉大なる農業文化の後継者たるこのぼくが、鉄球ごときに負けるものか。農業万歳!」
「農業関係ねーよ。……まあいい、これを攻撃だって認めたのなら諦めて逃げようぜ? それともなんだ、無理やり壁を突破するか?」
「……うーん。どうしようかな?」
「悩むような問題かね?
サポートユニットとしては、こんな街は放っておいて、さっさとガッデンヘイヴのほうまで行くって選択肢をおすすめするけどな?」
うんざりした表情でフリートークが言うけれど、ちっちっちっとぼくは指を振った。
「いいかい? もしも運命の神様がいるとすれば、せっかく用意したイベントをスルーされるなんて気分悪いでしょ?
拗ねちゃうかもしれない。いや、拗ねるね。少なくともぼくなら拗ねる」
「そんなことを自慢げに言われても困るが」
ぽすぽすと毛を叩く大砲の球がぼくにダメージを与えるようなことはない。魔法だって同じだ。
市壁だってそう。ちょっとくらい反っているからって、なんの障害にもならない。そもそも本当に街に行きたいってだけなら海のほうから潜って侵入するだとか、他にもいろんな方法がある。
でも、そんなことはどうでもいい話。
問題はぼくがどうしたいかってことで、その肝心のぼくの気持ちはというと、
「せっかくの地上なんだから楽しい出会いを探しにいこうじゃないか!」
って気分だってこと。
「ヘイヘイ、さよか。で、具体的にどうするつもりなんだ?」
ドォーンと大砲が発射されて、ぼくらのいる近くの大地をえぐり取った。
「それはこれから考えよう。じゃ、いったん撤退!」
ぼくらはすたこらさっさと逃げた。
いや、違うな。これは戦略的撤退というやつだ。
万全を期して再度彼らにコンタクトをとるために、いまはいったん雌伏しようというだけだ。
彼らは追ってはこなかった。




