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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
序章:空の島より
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誠実なだけではもめない6

 2日経った。

 すっかり元気になったペチカが旅装を整えて出発するのを見送るために、ぼくたちは島の端っこ、地上へとつながる転送装置がある場所へと来ていた。


 円形の真っ白な金属づくりの装置の上には、まるで魔法陣のように回路で模様が描かれていて、知らなければ魔法の道具と勘違いするほどの不思議さで満ちている。

 すぐその先は切り立った崖になっていて、高所恐怖症であれば恐慌を起こしそうなほどだ。


 モームさんが居住区から適当に物色してきた桃色を基調とした服に着替えたペチカが、その転送装置の前に立つ。


「どうやったら地上に戻れるんかな?」


「はいこれ!」


 みんなを代表して、ペチカにリュックのようなものを手渡す。

 布製の頑丈な、少しくらい枝だとかに引っかかっても破れない優れもの。


「これは?」と訝しげな表情を浮かべるペチカに、ぼくたちはそろってウィンク・アンド・サムズアップ。


「空を自由に飛びたいって? はい、パラシュート!」


「……え?」


 ペチカが眼下の地上とぼくたちを何度も交互に見返した。

 その速度は、おおよそキツツキが木をつつく速度よりも速く、コミカルなアニメーションを彷彿とさせるものだった。


 物事っていうのは案外単純で、地上に降りたいなら落ちればいい。

 空に昇るのは難しいけれど、降りるのは自由落下すれば簡単だ。なんて極めて単純明快な道理なんだろうね!


「大丈夫、大丈夫。やればできる! フライハイ! アンド フォールダウン!」


「え……え?」


 もう一度黙って眼下を見るペチカ。

 ちょっと涙目になっていて、いまなら「残ってもいいんだよ!」って言えば残ってくれるかもしれない。

 でも、そろそろネタばらし。


「なーんてね。冗談だよ、冗談。天空島ジョーク。そのなかにはお土産とかが入ってるだけだから、安心してよ」


 中身を具体的に列挙すると、消毒液、包帯、絆創膏、風邪薬、胃腸薬に裁縫セット、あとハンカチ、ハナカミ、コンパスにガムテープ。ロープに乾パン、ろ過器、使い捨てカイロ。


 それを聞いて、ペチカの表情がぱぁっと明るくなって、しおれていた耳もむくむくと立ち上がりぴこぴこと動いた。


「あはは、それは残念。ちょっとやってみたい気持ちもあったんよ?」


「それはよかった。ここに本物のパラシュートも用意してたんだ」


「ノーサンキュー!」


 ちなみに、過去に島から出ていったひとたちの中には、ほんとにパラシュートで地上に降りた強者もいたらしいです。すごい度胸だよね!


 ぼくたちがそうやってじゃれ合っていると、


「ほら、転送装置を動かすぞ。早くなさい」


 と言って、モームさんが転送装置の起動を開始した。

 回路の模様が輝きだして、ヴィーンという電子音がし始める。


 それはペチカがこの島にいるタイムリミットを否応なく知らしめる時計の針の音のよう。

 でも彼女はシンデレラと違って自らの意志でこの島を出て行こうとしているんだ。だから笑顔で見送らなきゃいけない。


 動き出した装置の前でぼくたちはペチカと最後に一言ずつ言葉を交わす。


「モームさん。ありがとうございました」


「なに、気にすることはない。若い女性に優しくするのは当然のことだ」


 モームさんとペチカはしっかりと握手して、次にぼくのほうへと向いた。

 にこりと微笑まれて、ぼくも微笑みを返した。


「フルーフも元気でね。約束忘れたらダメだかんね?」


「うん。次に会うときは絶対に」


 軽い抱擁。

 それはほんの少しの短い時間の、そっとしたものだったけど、すごい長いものに感じた。


「もちろん、フリートークも!」


「おう。人間様だけじゃなくてトカゲ様も神話のなかに入れといてくんな」


 ぼくたちはめいめいに別れの挨拶を告げ、


「じゃあね、バイバイ!」


 彼女が転送装置にのると、待っていたように模様が輝いた。


 ぼくもバイバイ、と手を振った。


 転送装置の光が彼女を包み込み、やがて転送装置が止まると、はじめから何もなかったようにペチカの姿は消えていた。


「……行ったなぁ」

「……行ったねぇ」

「なーんか、久々に騒がしい感じだったな。あれが若さ、いやさ生命力ってやつなのだろうな」

「あ、それってなんかじじくさいかも」

「うるさいわい」


 ぼくたちが図書塔へと帰る道のりは、誰も黙ることなくずっとしゃべりながら帰った。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★

☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 それから半年という時間が経った。


 秋が暮れ、冬も過ぎ去り、そして春がきた。

 いたって静かで……そう、平穏で満たされた半年だった。


「満たされてる、か」


 すっかりと大きくなった春ナスの蔓をまきなおしながら、ぼくはペチカの言葉を反芻する。


「そうそう、ペチカといえばさ。ちゃんと帰れたのかな? ねえ、フリートーク」


「んー、そうだな」


「いま、どうしてるのかな? ねえ、フリートーク」


「んー、そうだな」


 む。

 このオタンコナス! ってナスをぶつけてやりたい気持ちになったけど、それは我慢。

 食べ物を大切に。ここには、この後おいしくいただいてくれるスタッフがいないから!


 手を止めて、ぼくはフリートークの首根っこを捕まえて目の前に吊るす。 


「どうしてぼくの話を聞き流すのさ」


 フリートークのほうはというと、「ああ、こいつめんどくせえなぁ」って言いたそうな胡乱気な表情。


「そりゃお前さん、聞き飽きたってやつだ。耳にタコどころかイワシができらあ。それ聞くの何回目だと思ってんだ?」


「むむ……」


 そりゃあ、ちょっと心配しすぎて聞きすぎたかもしれないけどさ。でもでもだって、仕方ないじゃないか。心配なんだもん。

 

 ぼくがそんなことを思っていると、フリートークははあ、っとため息をつく。


「お前さんって、ほんとわかりやすい顔してんな」


「え?」


 フリートークが言う顔ってどんな顔?

 思わず、ぺたぺたと触ってみたけど、いつも通りのマスコットにふさわしい可愛らしいお口とおめめだよね? わかんないや。


「……そうかな?」


 深く考えるのをやめて、ナスの次は玉ねぎのほうへと向かう。

 小屋の軒先につるされたもののうち、ダメになりそうなものをより分けて生ごみ捨てにぽいっ。


 その他もろもろの作業を終えて、今日も一日の作業が終わる。

 もしもぼくが都会っ子だったら、大自然の恵み万歳、最高! ってなるのかもしれないけど、普段から農業に従事しているぼくとしては、やった、今日一日無事に終わったぞ! って感じ。


 そんな仕事を終えた晴れやかな気持ちで図書塔へと向かう。今日は何を読もうかな? 昨日のヒーローコミックはボスとの戦いの途中で終わってしまったし。


 そんなこと考えていると、いつのまにか図書塔のふもとのログハウスまでたどり着く。

 ペチカが滞在中は庭先もきれいなものだったけど、モームさんが戻ってきたらあっというまにゴミの山が造成されようとしていた。


 でも、横を通るといまだに彼女の『おはよう!』って元気な声が聞こえる気がして、立ち止まってしまう。


「……じゃあ、どうしろっていうのさ」


 ぼくはフリートークに問いかけていた。


 ぼくは”人間のために作られた”農業用のユニットだ。だから、ぼくにはモームさんを放っていくことなんてできない。


 だというのに、


「そりゃあ、お前さんのやりたいように」


 なんてフリートークは無責任なことを言う。


 彼はこの世界でたったひとつの”ぼくのための”ユニットだ。だったらもうちょっと冴えた解決方法を提示してもらいたい。

 だってさ、


「ダメだよ、モームさんを置いていけないよ」


 なんてことを言葉として口に出してしまうと途端に、ぼくは卑怯な言い訳をする矮小な存在になってしまうじゃないか。

 それって外に出たい! って白状してるのと同じなんだもの。しかも他人のせいにしちゃってさ。


 ログハウスのドアががちゃんと開いた。

 出てきたのはもちろんペチカではなくて、モームさん。


「あ、こんにちわ。モームさん、今日のお夕飯はカレーだよ」


「いいチョイスではないか、うむ。カレーはいいものだ。ちょっととろみをつけたやつがいいな」


「わかってるよ、甘いやつだよね」


 と、そこでぼくはモームさんが手に持っているものに気付いた。


「その手に持っているのは……布?」


 ピンク色の布切れ。

 ……まさか、モームさんがハンカチを!?


 信じらんない!

 いつもトイレに行って手を洗わない、しかもその手でぼくの毛を撫でまわそうとするモームさんが……ハンケチーフを!?


 おお、神よ!

 今日、天空島が墜ちるというのですか!?


「うーむ、あの娘っ子が忘れ物をしていきおったらしい」


 よかった! モームさんがそんなきれい好きになるわけないもんね。今日も天空島は平和です。


 ただのなんの模様もない小さなハンカチーフ。

 このとき、ぼくの使命を考えれば「捨てていったんじゃないの? まあ、一応保管くらいはしておこうかな」って言うべきだった。


「それは大変だ。届けに行かないと」


 でも、ぼくの口をついて出た言葉は、そういったものだった。

 いったい何が大変で、何で届けにいかないとダメなんだろうね?


 一瞬、モームさんがきょとんとして、フリートークと目を見合わせた。

 そしてその言葉を反芻するように目を閉じて、やがてワハハと笑った。


「確かにな! パンティーなら利用価値もあるというものだが、こんな布っきれを持っててもしかたがない。そうだな、返してやるのがいいだろう。おい、フルーフ。届けに行ってやれ」


「おいおい、モームよ。そんなこと言っちまって大丈夫か? さみしくて枕を濡らすことになっても知らねーぞ?」


「かー、馬鹿もん! 老いるということの根源は孤高の頂に登るということよ。人から翁、翁から神へと昇華する変遷こそが老いの起源なのだ、わかるか?」


「ううん、ぜんぜん!」


 でも、モームさんは「そうだろうそうだろう」と嬉しそうに言った。


「つまり、それはお前がまだまだ未熟であるということの証明よ。未熟であるということの自覚は、すなわち成長の現前なのだ。ならば心の命ずるままに動くことこそ寛容よ。その過程において、こんな老いぼれの心配など入り込む余地などない。わかったか!」


「ぜんっっぜん、わかんない! でも言っとく。ありがとうって!」


「久々に笑いおったな。まったく貴様ときたら満足に自分のやりたいことも口にできんのだから」


 ぼくは笑った。モームさんも笑った。


「ほんと、お前らって素直じゃねえな」


 一番素直じゃないフリートークだけが、やれやれと皮肉気に苦笑した。


 そうしてぼくたちは地上に降りることにしたんだ。

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