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ぼくはおっぱいがもみたい  作者: へのよ
序章:空の島より
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誠実なだけではもめない5

 それからぼくたちはたくさん話をした。

 地上ではどんな生活をしているのか。どんな食べ物があるのか。亜人のことや、それからメルペチカさん自身のこと。


 いつのまにか、昏い蒼穹は明るいターコイズブルーに輝度を増していていたけれど、ぼくの疑問は尽きることなく、


「なぜ――」


 ってさらに質問を続けようとした。


 すると、メルペチカさんが幼子を見守るような優しさで、ふふっと笑った。


「フルーフさんは”なぜ”ばかりやね」


 フリートークがたまに同じように笑うけれど、フリートークのそれが父性だとすれば彼女のそれは母性を思わせる笑みだ。

 ぼくは気恥ずかしくなって、


「フルーフさんはやめてほしいな。フルーフでいいよ」


 って言うのが精いっぱいになってしまう。


「じゃあ、うちもペチカって呼んでくれんかね。さっきからメルペチカさーん、メルペチカさーんって呼ばれるたびに鼻のあたりがムズムズしちゃってるんよ。――わぷっ!」


 また風が吹いた。

 温かい最後の夏の風がちょっとだけ湿っぽく、ぼくたちを荒々しくたたいて去っていった。

 残されたのは全身の毛をぼさぼさにしたぼくと、髪の毛をぼさぼさにしたペチカ。


 お互いにひどい状態になってしまって、思わず顔を見合せてしまって、どちらからともなく笑い声があがった。


「ペチカ。さっき、君はぼくに地上に来ないかって誘ってくれたけど、君のほうこそずっとここにいてもいいんだよ」


 その言葉はぼくの全身の勇気を振り絞ったものだったのだけれど、彼女は「ごめんね」と首を横に振った。


「うちには夢があるんよ」


「夢?」


「そう、夢! うちは犬人(バウループ)っていう種族なんやけど、そのせいかな? 縄張り意識が強いんよ。こう……ぐわーって自分の手を伸ばしたくなるっていうか――」


 あはは、と笑った。


「さっき言ったプニふらみたいに世界を征服したいんよ!」


 それは屈託のない笑顔で、ぼくは思わずかわいいなって見とれてしまった。


「それは大きな夢だね」


「おのれ、鼻で笑いおったな?」


「いやいや、そんなことないよ。ぼくには夢なんてまったくなかったから、すごいなって思ったんだ」


「え? ずっこい! うちにだけ夢を言わせておいて、フルーフは自分の夢を語らないつもりなんかね!?」


「いつのまに、ぼくも夢を語ることになっちゃってるの!?」


 この世界には無茶ぶりを要求してくるひとがとても多い。

 でも、そういう強引さは嫌いじゃない。ぶーっとほっぺたを膨らませたペチカを見てちょっと考える。


 ――おっぱいがもみたい。


 おお、神よ!

 この雰囲気のなかでそのような言葉を吐けとおっしゃられるのですか!?

 断じて否! 否である!


「……やっぱり、わかんないな」


「ふーん、そっか。フルーフはうちだけ言わせておいて逃げるってわけなんやね」


「いやいや、そんな気は……そんなこと、考えたこともなかったから」


 ペチカがふーん、と首をかしげて やがて右手の小指をぼくに向かって伸ばす。


「じゃあ約束しよ? 次に会う時にはぜったい教えてくれるって」


 次にぼくたちが会うのはいつになるんだろう?

 もしかすると、これが最後になるのかもしれない。


 でも、そんなことは関係ない。


 小指と小指のランデブー。

 それは指切りげんまんという人間文明の残した微笑ましい約束の儀式。


 ぼくはその契約をいつか果たすために、ちゃんと他人様に言えるような夢を考えようってそう思ったんだ。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 図書塔への帰り道。

 しばらくこの景色を見ていたいというペチカと別れて、ぼくは一人が歩いていると、道のまんなかに銀色のトカゲが一匹、仁王立ちしていた。


「どうしたんだいフリートーク、こんなところで。朝日が出てきて温かくなったから動けるようになったの?」


「……なあ、フルーフよ」


 その声色は珍しく神妙なものだった。

 手を伸ばすと、よじよじとトカゲ特有の滑らかさでぼくの肩にまで登ってくる。


「聞きたいんだが、行きたいと思うか?」


「地上にってこと? どうだろうね。ちょっと心が引かれるけど……爪のほんの先っぽの、カケラのぶんくらいのちょっとさかな」


 賢い狐は手の届かないところにあるブドウに対して「食べてやるものか」って言っちゃうよね。

 でもそれって本当に賢いのかな?

 いつまでも届かない場所に向かって跳び続ける狐と、それを笑う狐。

 どっちもブドウが手に入らないとして、ほんとにカッコイイのはどっちだろう。


「そうか。まあ、そうだよな」


 別にそれは誰につぶやいたわけでもないのだろうけど、彼の声はなぜかぼくの耳にずしりと重く残った。

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