多くの問題はガーッとやればなんとかなる。1
「うーん、この本も途中で終わっちゃってるな」
ぼやいて、ぼくは読み終わった本をラ~ロと書かれた棚に放り込んだ。
本のタイトルは『リア充が爆発する世界で、それでも愛を叫ぶ13』(全18巻)。
とあるカップルが「世界が滅んでも君を愛してる」なんて言っちゃったばっかりに、世界中のカップルが爆発を起こす世界になってしまって、でもそれでも人を愛することはやめられないんだ、っていうハートフルな物語だ。
「まったくもう! 人間さんってばほんとガサツなんだから。たまには最終巻までちゃんと揃えてほしいんだけど!」
おかしいよね。全18巻だっていうのに、本棚にあるのが13巻までなんてさ。
ソファーにどすんと体を放り出すと、薄く埃が舞う。
ぼくの名前はフルーフ。
万能農業用作業ユニットなんていうちょっと大袈裟な名前の役割をもつ人工生物だ。
窓の外はまだほのかに暗く、半分だけ鏡のようになった窓が顔を映し出した。
自分の姿を見るたびに思うんだけど、ぼくを作ったひとは何を考えていたんだろう。
ぼくの容姿を簡単に言うなら、ふわっふわの毛をもつシロクマだ。
通称ホッキョクグマ。学名ウルサスメリチナス。
この歯は本来なら、野菜をかじるためにあるんじゃないし、手だって細かい作業が得意そうな形をしていない。
さらに言うと、この白い毛なんかも農作業をおこなうたびにすぐに汚れてしまうので、しょっちゅう体を洗わなきゃならない。
シロクマっていうのは本来地球上でもっとも獰猛な肉食獣の一種なのだ。それを農業作業用ユニットのベースにするなんて人間さんってばほんと何を考えていたんだろうね。
こんなに農作業に向いていない農作業用ユニットってぼく以外にいないんじゃないかな。
換気用に開けておいた西の窓から外を眺めていると、あっというまに夏の太陽が昇ってきて眼下の居住区を照らしはじめる。
居住区では定時起動したお掃除ロボットたちが今日もまた時間ぴったりに目を覚まし、いまはもう誰も利用していない広い道路を一生懸命に清掃するために動き出していた。
昔はたくさんの人でにぎわっていたっていう公民館なんかはまるでお掃除ロボットの集会場だ。
もしも彼らに人格というのがあったのなら、きっと賑やかなんだろうけど口も持たない彼らは黙々と規則正しく動き回っているだけだ。
あまりにも正確すぎて性質の悪い前衛芸術にすら見えてくるほどに。
居住区に住んでる人なんてもう誰もいないんだから、止めてあげればいいのかもしれないけれど、止め方を知っている人はもう残っていないので、彼らはメンテナンス用のロボットが壊れるまでずっとこの日課をやめることはないのだろう。
ここは天空島。
汚染された地上から逃げ出した人類が、その最後の時間を安らかに迎えるために建造された、空に浮かぶ人工の島。
じゃあ、そんな島の図書塔で農作業用ユニットであるぼくがなにをしているかっていうと。
「労働前に甘ったるいラブコメを読むのってまったく最高だな!」
それは労働前のささやかな楽しみ。
ぼくは本を読むのが好きだ。
人間文明が生み出した文化のなかで好きなものを挙げなさいって言われたなら、ぼくはすぐに読書って答えるだろう。
コミック、小説、新聞、雑誌にゴルフのレッスン書。
スポーツが道具の進化とともに洗練されていく様子を見るのは好感を覚えるし、写真誌に遺されたかつての人間文明の町並みを見ると思わず感嘆してしまう。
そのなかでも特にお気に入りなのはコミックやライトノベルといった大衆作品だ。それもヒーローが活躍するようなスカッとする話や、笑いの絶えないあっけらかんとしたラブコメがいい。
具体的に言うと、犬耳メイドさんがプルプル震えながら真っ赤な顔でご奉仕してくれたり、お風呂からあがったばかりで肌を上気させた幼馴染とばったり出会ってキャーエッチ! な展開だったりとか、そういった明るくてハッピーでラッキーな妄想こそがぼくが生きるパワーなのだ。
ぼくにとって、ライトノベルの表紙に描かれているわはーっと元気な笑顔を浮かべている女の子は、空疎なため息のなかに現れるエルドラドであり。コミックのなかであらあらうふふとお淑やかに笑っているお姉さんは、荒涼とした現代砂漠のオアシスなのだ。
昔の人は言いました。『それって絵じゃないの?』
ばか!
だったら誰かぼくの前に連れてきてよ!
ポニーテールの似合うボーイッシュな子でも、黒髪ロングの大和なでしこでも、この際地味なメガネっ子だっていい。
偉そうなことを言うならぼくの前に、さあ早く! ハリーハリー! できれば小職は幼馴染を希望するものである!
「あーあ、ぼくもライトノベルみたいな恋とかしてみたいなー。いや、そもそも女の子に会ってみたい!」
この島に残っている最後の人間さんは干物のようなおじいさんだけなので、女の子どころか女性というものを見たことがないのだ。
だからぼくは女の子に会ってみたい――いやここは正直に言おう。
「ぼくも一回くらいおっぱい揉んでみたいな!」
おっと、勘違いしてはいけない。
考えてもみてほしい。
みんなが悲しい顔してるときや、怒っているときにおっぱいなんて揉まないよね?
コミックやライトノベルでおっぱいを揉むような展開っていうのは常に幸せな、日常風景やラブコメ的な展開のなかでおこなわれるものなのだ。
つまり何が言いたいかっていうと、おっぱいを揉むというのは幸せの象徴なのだってこと!
「なんだお前、爬虫類のおっぱいを揉みたいくらいに飢えてたのか……? 仕方ねえな、オレのおっぱいでも揉むか?」
ぼくをからかうように笑ったのは、艶消しされた銀色の表面をを持つトカゲだ。
名前をフリートークという。
大きさはチワワ程度で、ヤモリをずんぐりとさせたような姿形。
いつも踏みつぶしそうになってしまうけど、彼は精密なロボットで、万能サポートユニットって名前のぼくのサポート係だ。
……当時の人間さんは万能ってつけるのが流行だったのかもしれない。
「トカゲはノーサンキュー! だいたい、フリートークってばオス型ロボットだよね!?」
「オスにもおっぱいはあるんだぜ? ……まあ、そんなことはどうでもいい。またこんなところにいたのか。飽きないね、お前さんも」
「だって、この乱雑さっていうのはちょっと許せなくない?」
ぼくが指し示したのは、見わたすかぎりの本、本、本。
その数を見る限り、図書塔という名前は伊達ではないけれど、人類の英知ともいえる蔵書たちは乱雑に積み重ねられていて、ちょっと先人の偉大なる知識に対する敬意が足りないんじゃないかなって光景。
しかも、その蔵書ときたらさっきのライトノベルと一緒で歯抜けだらけ。
歯抜けの作品のみで構成された図書館なんていうのはエンターテイメントという名の人類が生み出した偉大なる文化に対する冒涜の墓場であり、断じて悪なのである。
『濡れた熟女のぬくもり』というエッチな本の横に『老いの神話』というタイトルの哲学書が置かれているあたり、ある意味整頓されているのかもしれないけど!
おかげで農作業ユニットであるぼくが本の整頓って名目で図書塔に出入りできているのだけど、それにしたって限度があると思う。
「お前さんも難儀なやつだな。こんなところで変に妄想せずに仕事のことだけ考えてりゃいいのにさ。
だいたい、整理したって誰が読みに来るってわけでもなかろうに」
フリートークが皮肉気にひひひ、と笑う。
でも、ぼくのほうだって特大のため息をつきたい。
だって、考えてもみてほしい。
ぼくの状況をライトノベルにあてはめたならば、彼の立場に存在すべきなのは美少女アンドロイドじゃないか。
例えば、可愛らしいツインテール妹型アンドロイドが『あはは。お兄ちゃん、今日も農作業がんばって! 妹からのお・ね・が・い!』なんて毎朝笑いかけてくれたなら、ぼくはもう頑張っちゃうのに!
なのにフリートークの姿形はトカゲで、しかも人格は中年男性。
ライトノベルのなかの自称【普通の高校生】な主人公たちは普通にハーレムを作っているというのに、いったいぼくはどうしてこんなところでトカゲに笑われているというんだろうね。おかしいね。
「なるほどそうか。これがリア充爆発しろって感情なのか」
いまのぼくに、さっきの作品の作者の気持ちを答えなさいって問題が出されたなら、満点をたたき出せる自信があるね!
「お前さんさあ……あんまりフィクションに影響されるのはよくないと思うぜ?
だいたい爆発できるほど女性関係が充実してるやつがこの島のどこにいるってんだ」
「それはそうなんだけどさ」
……たぶんこれは代償行為なんだろう。
この島は人類が生み出したゆりかごだ。
人類がその種としての最期を迎えるために生み出した棺桶、心安らかに眠るために用意された約束の大地。
だからこの島にはヒーローは必要とされないし、心が沸き上がるようなことなんて何も起きない。
「おっと時間だ」
フリートークからキンコーンとチャイムが鳴る。
「そろそろ準備しな。楽しい楽しい本業のな」
今日もまた農作業が始まる。
「ぼくにはたまに、君がサポートユニットじゃなくて、監督官のように思えるよ」
カーテンごと窓を閉じると、空中を漂っていたキラキラと陽光を反射していた埃がその姿を消した。
でもそれは見えなくなっただけで、きっといまでもこの場所に降り積もっている。
いつか、ぼくすらも動かなくなったとき、彼らはこの場所を鬱屈と占拠するのだろう。
「つまんねえこと言ってる暇があるなら、自分の役割を忘れねえことだな」
考えてみれば八月も今日が最後。
物語の主人公たちが全力で青春する季節、夏。
改めて考えてみると、いい得も知れない感傷が押し寄せてきて、ぼくはいてもたってもいられない気分になった。
だってさ、この夏いったいぼくは何をしてたっていうんだろう?
……人類文明が崩壊して2000年。
ぼくはコミックやライトノベルといった明るくて楽しい物語こそが、次世代の知的生命体に引き継がれるべき人類の文化だと信じている。




