99 不浄霊
「美歌さん……やっぱり、また来ますかね?」
ひなが不安そうにそう尋ねると、美歌はしばらく考えるように目を細め、ゆっくりと息を吐いた。
「――来ると思うわよ。ほぼ間違いなくね。」
ひなは思わず息を呑む。
美歌は続けて、少し声を落としながら説明した。
「あの覗いていた不浄霊……あれはね、ここ最近生まれたものじゃないの。
多分、何十年も前からさまよっている霊なのよ。」
美歌の言葉は淡々としていたが、その内容はひなの背中を冷たく撫でるように重かった。
「それだけ長い時間をさまよっている間にね、あの霊はいろんなものを引き寄せてきたの。
たとえば、事故や病気で突然亡くなってしまって成仏出来なかった霊……。
あるいは、死んだことにすら気づけずにさまよっている人や動物の霊……。
そういう存在たちが、あの不浄霊の“気配”や“声”に導かれるように吸い寄せられて、少しずつまとわりついていく。」
美歌の視線はどこか遠く、まるでその霊たちの姿が見えているかのようだった。
「そうやって長い年月をかけて集まった霊の群れ……。
いわば、不浄霊を核にした“集合体”みたいなものになってしまっているの。
自分が何者なのかもはっきり分からないくせに、妙に“誇り”だけは持っている。
だから――ちょっと追い払ったくらいじゃ、絶対に諦めない。」
ひなの胸がまたぎゅっと締めつけられる。
美歌は静かにうなずいた。
「そうね……あれは、必ず戻ってくるわ。」
「美歌さん……どうして、そこまで分かるんですか?」
ひなは前からずっと気になっていた疑問を、思い切って口にした。
「前にも聞いたんですけど……まだ、内緒なんですか?」
美歌は一瞬、言葉を探すように視線をそらした。
その横顔には、軽い嘘やごまかしではない、何か“重さ”のようなものが滲んでいた。
「……まだね。ごめん。」
静かにそう告げる声には、迷いと覚悟が入り混じっている。
続けて、美歌はひなの方へ向き直り、どこか申し訳なさそうに微笑んだ。
「でもね、理由がないわけじゃないの。いずれ話すって約束する。
今は……そうね、“とある人の末裔”ってことだけ覚えておいて。
それ以上は、まだ言えないの。」
その言い方は、隠しているというより、
“今はまだひなに背負わせたくない”――そんな優しさすら感じられた。
ひなは美歌の表情を見て、それ以上追及することをやめた。
(美歌さんが言うなら……きっと、話せない理由があるんだ。)
そう素直に思えたのだ。
「……わかりました。いつか、言える時が来たら教えてください。」
美歌は小さくうなずいた。
ひなはそんな美歌を見て、
“その時が来たら、ちゃんと聞けばいい”
そう心の中でそっと決めたのだった。




