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97 怖さ


私は胸の奥がざわざわするのを抑えきれず、

美歌さんの袖をそっとつまんだ。


「……美歌さん、あの霊って……また来るんですか?」


声が震えているのが自分でもわかった。

聞きたくない答えを、聞かなきゃいけない時のあの感覚。


美歌さんは、すぐには答えず、

少しだけ目を伏せて呼吸を整えたあと、静かに言った。


「――来るわね。

ほぼ確実に。

でも次が“最後”になるはずよ。

向こうも何かを企んでいる……

その気配があったから。」


その言葉に、店の空気がまたひんやりと冷たくなる。

店長は思わず肩をすくめながら、真剣な声で尋ねた。


「じゃあ……私たちはどうすればいいんです?

どうシュウくんを守れば……」


店長の声にも、抑えきれない不安が滲んでいた。

あの強気な店長が、こんな声を出すなんて初めて見た。


美歌さんは、そんな店長を落ち着かせるように、

ゆっくりと顔を上げ、穏やかな声で言った。


「店長さんは、シュウくんのすぐ近くにいてあげて。

体を動かしたり、何かをする必要はないわ。

ただ――守るの。」


店長は眉を寄せ、ますます困惑したように首をかしげた。


「守るって……なにをすれば……

どうすればいいんですか?」


美歌さんは、そんな店長に一歩近づき、

優しく、だけど力強い声で続けた。


「手を握ってあげて。

そして心の中で、

“大丈夫、大丈夫”って

途切れずに唱え続けてあげて。

それだけでいいの。

言葉には想像以上の力があるから。」


その言葉は、まるで店の中の空気を温めるように穏やかで、

それでいて霊に立ち向かうための

静かな“武器”を手渡されたような感覚だった。


店長は小さく息を飲み、

こくりと真剣に頷いた。


私も、胸の奥にまだ冷たい不安を抱えながら、

美歌さんの言葉をしっかりと噛みしめていた。


店長への説明が終わったあと、

美歌さんはゆっくりと私の方へ向き直った。


その表情は、さっきまでよりずっと厳しく、

そしてどこか覚悟を決めた人だけが持つ

澄んだ目をしていた。


胸の奥がきゅっと締めつけられるように痛む。

まさか――私にも何かあるの?


不安で喉が渇くのを感じながら、

思わず声が漏れた。


「……私は?

私は、どうすればいいんですか?」


すると美歌さんは、少しだけ目を細めて

私をじっと見つめた。

まるで、すでにわかっていた答えを

どう伝えるか選んでいるような目。


そして静かに言った。


「ひなちゃんは、思っていた以上に……

――力があるみたいね。」


その一言で、心臓がドクッと跳ねた。

力? 私が?

そんなこと、一度も考えたことなんてない。


美歌さんは続ける。


「だから……

憑依される可能性がある。

ひなちゃんは“見えるだけ”の子じゃない。

感じ取ってしまう子は、狙われやすいの。」


空気が一瞬で冷えた。

背中を氷でなぞられたような恐怖が走る。


「もし憑依されたら、自分との戦いになるわ。

その時は、周りの声も表情も、全部利用される。

幻も見せられるし、心の隙につけこんでくる。

でも――」


美歌さんは、私の両肩にそっと手を置いた。

その手は不思議と温かかった。


「信念をしっかり持って。

絶対に惑わされちゃダメ。

いい? ひなちゃんが自分を見失うと

一瞬で持っていかれるわ。」


息が浅くなっていく。

怖くて、足先が冷たくなっていく。


けれど、美歌さんは

はっきりと、揺るぎのない声音で言った。


「たとえ憑依されても――

ひなちゃんが“絶対に忘れちゃいけないこと”がある。」


私はごくりと唾を飲み込んだ。


「……なんですか?」


「私がシュウくんを守る。

ひなちゃんはそれを信じて。

その思いだけは絶対手放しちゃダメ。

たとえ心を揺さぶられても、

どんな幻を見せられても、

それだけは強く握っていて。」


胸が熱くなった。

涙がにじみそうになるのを必死で堪える。


怖いけど……

逃げられない。


「……はい。

わかりました。」


自分でも驚くくらい弱い声だったけれど、

その言葉にはしっかりと覚悟が宿っていた。


美歌さんは満足そうに、

安心させるように優しく微笑んだ。


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