95 気付き
それでも、私はなんとか腕を上げ、震える指で窓を指し示した。
「……美歌さん、あれ……」
言葉になった瞬間、息が冷たい空気に変わって出ていく。
美歌さんは、ゆっくりと私の方へ視線を向け、
そしてただ柔らかく息を吐いた。
「……ひなちゃんも感じたのね」
その声は、嵐が来ると分かっている人の静かな確信の声だった。
「ひなちゃんにも力がある……そう思っていたけれど、
あなたがここまで感じているなんて……
正直、私の想像を遥かに超えていたみたいね」
美歌さんの言葉が、
恐怖の中でかえって現実味を強くしていき、
私の胸の奥では恐怖と不安が同時に膨らんでいった。
外の女は、まだ微笑んでいた。
“見つけた獲物” を確認するように。
「中には決して入ってこれないから。
ここにいる限り、ひなちゃんたちは安全よ。
……安心してね。今夜が終われば、全部終わるから」
美歌さんはそう静かに言った。
彼女は窓の外の“女”を見つめたまま、
ほんの少しだけ眉を寄せ、かすかにため息をついた。
「これで諦めて帰ってくれれば一番いいんだけど……
どうやら、そうもいかない感じ
冷静すぎるほど落ち着いた声だった。
けれど、私の鼓動はどんどん速くなっていった。
手のひらにはじわりと汗が滲み、
指先は震えっぱなしで、膝は力を失っている。
隣を見ると、店長も同じように息をひそめ、
喉ぼとけが緊張でコクリと上下していた。
ふだんは大人で頼もしい店長がこんなに怯えているのを見て、
余計に胸が締めつけられる。
そのすぐそばで、テーブルにもたれかかっているシュウくんは、
まだ深い眠りの中にいて、
まるでこの世の危機からただひとり切り離されているようだった。
その光景が、
守るべきものがそこにあるという怖さを、余計に強くした。
美歌さんは一歩だけ店の中央に歩み出ると、
静かに目を閉じた。
そして――まるで空気そのものを震わせるように、
低く、ゆっくりと呪文を唱え始めた。
その声は不思議なほど落ち着いていて、
嵐の海に一本だけ灯る灯台みたいに揺らがない。
けれど、その安定感が逆に恐ろしく感じた。
“これから本当に何かが起こるんだ” と、
肌がぴりぴりするくらいに悟らされるから。
私と店長はシュウくんのそばに座り込み、
ただ、呪文の響きと外の気配と、
時間が伸びていくような静けさの中で、
息を殺しながら時が過ぎるのを待つしかなかった。
ふたりの心臓の音だけが、
安全だという言葉とは裏腹に、
恐怖を証明するように鳴り続けていた。




