表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/114

90 本番

90


本番


店長が静かに立ち上がり、

いつもの落ち着いた声で私たちに向かって言った。


「コーヒーでも淹れます。

ひなちゃんも美歌さんも、そこに座っててください。

状況を見ながらでいいから、ちょっと一息入れよう。」


その言葉が、張り詰めていた空気をふっと和らげてくれたようで、

私も自然と「はい……」と返事をしていた。


店長が豆を挽く音が心地よく響く中、

私はカップや受け皿を並べて手伝いながら、

店長がぽつりと、少し照れくさそうに言った。


「ひなちゃんは偉いなぁ。」


「え? なんでですかぁ〜?」

思わず笑って聞き返すと、


「だって……好きな人のために、怖がらずにここまでやってるだろ。

普通、なかなかできないよ。」


その言葉に胸が熱くなった。

だけど、私は首を横に振ってしまった。


「こ、怖いに決まってますよぉ……!

体験した事ないし……むしろ怖すぎるくらいですよ……」


「確かにな。」

店長は苦笑しながら、深く頷いた。


そんな何気ないやり取りの中で、

出来上がったばかりのコーヒーの香りがふわりと立ち上がり、

ほんの少し、現実に戻ってきたような感覚になった。


店長、美歌さん、私の三人は

温かいカップを手にしながら、

ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


そこで美歌さんが、改めて真剣な表情になる。


「これからが本番よ。

ひなちゃん、店長……いい?

今夜は“絶対に”扉を開けちゃダメ。

呼ばれても、声がしても、誰かが叩いても。

絶対に、どんな理由があっても開けないこと。」


その声音には、いつもの柔らかさはなく、

一瞬で背筋が伸びるような力強さがあった。


「きっと……不浄霊が現れるわ。

でも心配しなくていい。

この店の中にいれば、絶対に安全だから。」


美歌さんはそう言って、

窓、扉、厨房の裏口――ひとつひとつに

見えない“結界”を貼るかのような動作で

手を軽くかざしていった。


その所作には、素人の私でもわかるほどの

真剣と、経験と、力が宿っていた。


「全部の入り口、閉じたわ。

ここはもう、外よりずっと守られている場所よ。」


そう言う美歌さんの声に、

私も店長も無意識に息を飲んでいた。


それからの時間は、

静かで、長くて、どこか胸がざわつくようなものだったが――


三人でコーヒーをゆっくりと飲みながら、

訪れる“その時”を、確かに覚悟しながら

じっと待ち続けたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ