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88 限界


シュウは、ゆっくりと息を吐くようにして言った。


「……体が……すごく重いです……」


その声は弱く、普段の彼からは考えられないほど力がなかった。


美歌さんは、まるですべてを見通しているように静かに頷いた。

その表情には驚きも焦りもなく、ただ確信だけが宿っている。


「そうね……だいぶ“遊ばれた”んだと思うわ。

眠れてなかったはずよ。体も心も、かなりすり減ってる」


その言葉は淡々としていたが、不思議と優しさが滲んでいた。


私はすぐにシュウの横へ歩み寄り、

できるだけ穏やかな声で呼びかけた。


「シュウ……カウンターよりテーブルの方が楽だよ。

こっちに座ろ? ……立てる?」


シュウは、まだ少しもうろうとした目を私に向けて言う。


「あぁ……大丈夫。ひとりで歩けるから……」


強がりの声。

だけど足元は明らかにふらついていた。


次の瞬間――


一歩踏み出した途端、

シュウの体がぐらりと大きく傾いた。


「えっ……!」


反射的に腕を伸ばすと、

シュウの全体重がふわりと私の肩にもたれかかってきた。


まるで糸が切れたように、力が入らない身体。

その温度と重さを受け止めた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。


——ここまで限界だったんだ。


店長も慌てて駆け寄る気配がしたが、

私はしっかりとシュウの腕を抱え、支えながら小さく囁いた。


「大丈夫……私がいるから。ゆっくりでいいよ」


シュウは息を整えるように小さく頷いた。


その姿は弱々しくて、でもどこか安心しきったようでもあった。


「大丈夫、しっかりして……」

シュウの腕をそっと支え、ゆっくりとテーブル席の椅子へ導いた。


シュウは、まるで力の抜けた子どものように私に体を預けたまま、

頼りなく椅子へ腰を下ろした。

座らせると同時に、彼の肩がほっと落ちるのが分かる。


その瞬間だった。


シュウの顔から一気に力が抜け、

まぶたが――ゆっくり、ゆっくりと閉じていった。


「シュウ……?」


呼びかけても返事はなく、彼はそのまま深く息を吐きながら、

まるで何時間も限界で耐えていた糸が切れたみたいに、

すぐに静かな眠りへと落ちていった。


疲労が滲んだ表情のまま、彼は完全に眠りの世界へ沈んでいる。


——あっという間に、眠っちゃった。


その様子は、ただ疲れているというレベルではなく、

身体の奥底から限界を迎えていたことをはっきり物語っていた。


私も店長も思わず動きを止め、

寝息を立て始めたシュウをしばらくのあいだ黙って見守ってしまうほどだった。

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