表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/114

86 どっちが俺……


「シュウ、これ……見て。

これでも“普通”って言えるの?」


震える声でスマホの画面を差し出すと、

シュウは呆れたように肩をすくめた。


「えぇ? まだ言ってんの?

もう大げさだって……見せてみ?」


軽く笑いながらスマホを受け取った――その瞬間。


表情が、音もなく固まった。

視線が画面に貼りつき、瞬きすら止まってしまう。


「……え?」


それだけが、かすれた声で漏れた。


気づいたらシュウはスマホを握り締めたまま、

早足で裏の休憩スペースへ向かっていた。


「ちょ、シュウ!?」


私と店長、美歌さんが後ろからついていくと、

鏡の前に立ったシュウが青ざめた顔でこちらを振り返った。


鏡の中には――いつものシュウがいた。

血色よくて、少しやんちゃそうな、見慣れた顔。


でもスマホ画面の中の“シュウ”は違った。


頬はこけ、目の下は深い隈。

肌の色もくすみ、まるで十年、二十年と歳を重ねたような疲れきった別人の顔。


シュウは鏡とスマホを交互に何度も見比べ、

喉の奥から絞り出すように呟いた。


「……これ……どっちが……本物の俺なんですか?」


その問いは、恐怖と混乱で震えていた。


その瞬間、美歌さんがゆっくり前に歩み出た。

表情は穏やかだけれど、目だけは真剣だった。


「写真のほうが本物よ」


静かだけれど、迷いのない声で言い切った。


「シュウくんが“自分で見ている顔”は全部、偽物。

いま、あなたには“そう見えるように”催眠がかかってるの。

姿を偽らなきゃいけないほど、霊に深く入り込まれているのね」


店の空気が、一瞬で冷えた気がした。


私は思わず息を飲む。

シュウはスマホを持つ手を震わせながら、美歌さんを見つめた。


「……じゃあ……俺、今……」


「大丈夫。今からその催眠を解くからね」

美歌さんは柔らかい声で言った。


トントン、とカウンターの椅子を軽く叩きながら続ける。


「ここに座って。

深呼吸して、力を抜いて。

私が全部導くから、怖がらなくていい」


シュウはゆっくり、まるで力を使い果たしたみたいに、

カウンターの椅子へ腰を下ろした。


美歌さんがそっとその前に立ち、

店内は息をひそめたように静まり返った。


――いよいよ“ほんとうの姿”が現れる。

そんな緊張が、店の空気を張りつめさせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ