86 どっちが俺……
「シュウ、これ……見て。
これでも“普通”って言えるの?」
震える声でスマホの画面を差し出すと、
シュウは呆れたように肩をすくめた。
「えぇ? まだ言ってんの?
もう大げさだって……見せてみ?」
軽く笑いながらスマホを受け取った――その瞬間。
表情が、音もなく固まった。
視線が画面に貼りつき、瞬きすら止まってしまう。
「……え?」
それだけが、かすれた声で漏れた。
気づいたらシュウはスマホを握り締めたまま、
早足で裏の休憩スペースへ向かっていた。
「ちょ、シュウ!?」
私と店長、美歌さんが後ろからついていくと、
鏡の前に立ったシュウが青ざめた顔でこちらを振り返った。
鏡の中には――いつものシュウがいた。
血色よくて、少しやんちゃそうな、見慣れた顔。
でもスマホ画面の中の“シュウ”は違った。
頬はこけ、目の下は深い隈。
肌の色もくすみ、まるで十年、二十年と歳を重ねたような疲れきった別人の顔。
シュウは鏡とスマホを交互に何度も見比べ、
喉の奥から絞り出すように呟いた。
「……これ……どっちが……本物の俺なんですか?」
その問いは、恐怖と混乱で震えていた。
その瞬間、美歌さんがゆっくり前に歩み出た。
表情は穏やかだけれど、目だけは真剣だった。
「写真のほうが本物よ」
静かだけれど、迷いのない声で言い切った。
「シュウくんが“自分で見ている顔”は全部、偽物。
いま、あなたには“そう見えるように”催眠がかかってるの。
姿を偽らなきゃいけないほど、霊に深く入り込まれているのね」
店の空気が、一瞬で冷えた気がした。
私は思わず息を飲む。
シュウはスマホを持つ手を震わせながら、美歌さんを見つめた。
「……じゃあ……俺、今……」
「大丈夫。今からその催眠を解くからね」
美歌さんは柔らかい声で言った。
トントン、とカウンターの椅子を軽く叩きながら続ける。
「ここに座って。
深呼吸して、力を抜いて。
私が全部導くから、怖がらなくていい」
シュウはゆっくり、まるで力を使い果たしたみたいに、
カウンターの椅子へ腰を下ろした。
美歌さんがそっとその前に立ち、
店内は息をひそめたように静まり返った。
――いよいよ“ほんとうの姿”が現れる。
そんな緊張が、店の空気を張りつめさせていた。




