85 カシャ
85
カシャ
席を立とうとしたその瞬間――
そこにはシュウが立っていた。
少し肩をすぼめ、手に病院の領収書らしき紙袋を持っていて、
状況の見えないまま店内をキョロキョロと見回している。
「……あれ? なんでみんな揃ってるの?」
まるで答えを探すように眉を下げ、戸惑いを隠しきれていなかった。
私はすぐに近づいて声をかけた。
「シュウくん、美歌さんが来てくれたの。
もう、大丈夫。安心して」
私の横に立つ美歌さんは、静かに会釈をした。
その存在だけで空気が変わるような、不思議な落ち着きがある。
けれどシュウは、まだ何が何だかわかっていないまま、
無理に元気よくふるまおうとした。
「病院行ってきたけど、異常なしでしたよ。
だから問題ないっす、ほんとに!」
胸を張りながら言うその姿は、
“ほら、何もなかっただろ”
とでも言いたげで、自信満々だった。
その自信が、逆に胸の奥にひっかかって苦しくなる。
――だって、それが“普通”じゃないのを私は知っているから。
私は小さく息を吸い、
美歌さんの言葉を思い出しながら、そっとスマホを取り出した。
画面をタップしてカメラを起動する。
手の中でスマホが少し震えているのがわかった。
(落ち着いて……ひな。
見たものをそのまま撮るだけでいいから)
美歌さんが隣で、ほんのわずかに頷いた気配がした。
「シュウ、ちょっと……こっち向いて」
何気ない風を装って声を掛ける。
振り返ったシュウは、まだ状況に気づかないまま軽く笑っていた。
「ん? どうしたんだよ、ひな――」
カシャ。
静かな店内に、カメラのシャッター音が鋭く響いた。
一瞬、時間が止まったように感じた。
シュウは目を瞬かせ、軽く口を開けたまま固まった。
「……ひな、何撮ってんだよ?」
不満とも不安ともつかない声。
軽く笑おうとして、うまく笑いきれないその顔。
私はスマホを握ったまま、喉がきゅっと乾くのを感じていた。
――ここから、現実が見える。
そんな予感が背中に冷たく走った。




