84 カラァ〜ン
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店内に、ふわっとあたたかい空気が流れたその瞬間――
不意に店長が大きく息を吸い込み、決断するような声で口を開いた。
「……あのさ、美歌さん。
もし良かったら、うちの店、今夜使ってもらってもいいですよ」
私と美歌さんが同時に店長を見た。
店長は照れくさそうに頭をかきながら、それでも真剣な目をして続けた。
「ここなら夜ご飯は俺が作れるし、
寝るスペースだってある。事務所は狭いけど横になれるしな。
ひなちゃんのご両親も、“店なら安心だろ”って思うはずだし……
な? ひなちゃん」
そう言って、店長は優しい笑顔で私の方を見る。
いつもの冗談っぽさではない、
“守りたい”って気持ちが全部滲み出た、本気の笑顔だった。
胸の奥がジワっと熱くなる。
「店長……」
その一言しか出てこなかった。
なんだろう、涙が出そうになるくらい嬉しかった。
店長は私の表情を見て、逆に照れたように肩をすくめた。
「いつもさ、2人は店のために頑張ってくれてるだろ?
だったら、困ってるときくらい……俺も協力させてくれよ」
その言葉は不意打ちのように胸に響いた。
“頼っていいんだ”
“守ってくれるんだ”
そんなあたたかさでいっぱいになった。
「店長……本当に……ありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。
その背中を、店長は何も言わずにただ見守ってくれていた。
隣で美歌さんも、ふわっと微笑んでつぶやいた。
「……いいお店ですね。
こういう場所があるなら、なおさら安心して進められそう」
なんだか誇らしくて、胸が締めつけられるほど嬉しい言葉だった。
そんな穏やかで、しんと静かな空気の中――
ガラッ!
裏の扉が勢いよく開いた。
「店長〜! クローズになってますよぉー!!」
店内に響き渡った、やけに明るいシュウの声。
その声は、さっきまでの神妙な空気を一気に揺らした。
私と店長と美歌さんは、同じタイミングで振り返った。
病院帰りのシュウが、
まるで何事もなかったかのように立っていた――
その姿は、ひどくやつれている“ひなの目には”さらに異様に見えて。
でも、本人はまだ全く気づいていない様子で、
のほほんとした笑顔すら浮かべていた。
「……シュウくん、戻ってきたんだね」
美歌さんが静かに言う。
その声には、これから始まる“本番”への緊張がちらりと混じっていた。
そして私は、とっさに胸の前でギュッと手を握った。
――ここからが、本当の始まりなんだ。
そんな予感が、確かに走った。




