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78 どうすれば……


「はい、わかりました。今、シュウ……病院に行ってます。店長にも言われて、渋々、って感じで……」

ひなは声を震わせながら報告した。

手に握ったスマートフォンがじんわりと汗で湿っている。

胸の奥がざわざわして、言葉にしようとするたびに息が詰まるようだった。


電話の向こうで、美歌は一瞬だけ黙った。

けれどその沈黙には、焦りや驚きではなく、

すべてを“想定済み”にしているような落ち着きがあった。


「……そう。やっぱりね」

低く、確信を含んだ声が返ってきた。

「多分ね、病院に行っても“なんでもない”って言われるはずよ。


その言葉に、ひなの心臓がきゅっと縮まった。


やっぱりあれは、ただの体調不良なんかじゃない。

昨日から続く、あの違和感。


それが現実だと、美歌の言葉が静かに証明していく。


「じゃあ、どうすれば……」

ひなは喉の奥でやっとの思いで声を絞り出した。


「さっき言った通りよ、ひなちゃん。

写真を撮って、見せてあげて。

今の彼には鏡なんて意味がないの。

自分の目が見せているものは“偽物”だから。

でも、カメラは騙せない。

写真に映る姿を見れば、少しずつ現実が見えてくるはず」


美歌の声は、まるで霧を切り裂く光のようだった。

静かに、けれど絶対の力で、ひなの混乱を包み込んでいく。

その落ち着いた語り口に、ひなはほんの少しだけ呼吸を整えることができた。


「……わかりました。やってみます」


「そう、それでいいの。

今の彼を“救える”のは、あなたしかいないからね。

ひなちゃん、しっかりして。

夜までは大丈夫。だから、私が行くまではあなたが支えてあげて」


「よ、夜までは……?」

思わず問い返したひなの声に、美歌は優しくも意味深なトーンで続けた。


「ええ。夜を越える前に、少し動きがあると思うの。

でも、ひなちゃんは私が行くまでの間。

安心していいわ、私にはすべて見えているから。

あなたがすべきことは一つ――“彼を現実に戻す”ことだけ」


その“見えている”という言葉に、ひなはまた息を呑んだ。

まるで美歌は、今この瞬間も、

病院へ向かうシュウの背中まで見通しているかのような口ぶりだった。

その不思議な確信が、ひなを支えると同時に、

どこかぞっとするような現実味を帯びて響く。


「……はい、わかりました」

声が小さく震えたが、ひなの瞳には決意が宿り始めていた。


「今から支度して、お店に行くからね」

美歌の声が優しく締めくくるように言った。


「よろしくお願いします」


その瞬間、電話の向こうで小さく息を吐く音がして、

まるで全てを見届けたような静けさの中で――

ぷつり、と通話が切れた。


ひなはしばらくの間、スマートフォンを耳に当てたまま動けなかった。

胸の奥では不安と緊張と、そしてかすかな希望が入り混じっていた。

“夜までは大丈夫”

その言葉だけが、彼女の心の奥で何度も繰り返し響いていた――。

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