表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/114

77 落ち着いて……


「美歌さん……シュウがおかしいんです」

ひなの声は震えていた。息を整えようとしても、喉がつまって言葉が途切れ途切れになる。


電話の向こうから、美歌の落ち着いた声がすぐに返ってきた。

「ひなちゃん、どうしたの? シュウくん、やっぱり変だった?」


その声音はまるで、すでにすべてを知っているかのように静かで、

そして不思議なくらいに安心感を与える響きを持っていた。

だけど、その冷静さがかえって怖かった。

まるで“これから起こること”を、美歌だけが正確に理解しているようで――。


「はい……昨日よりも、酷くやつれてて……



「ひなちゃん、多分ね……それは“暗示”にかかっているのよ」

美歌の声は、静かで、それでいて妙に胸の奥に響いた。

その一言が放たれた瞬間、ひなは思わず息をのんだ。

“暗示”――。その言葉の意味をすぐには理解できなかった。


「わかりやすく言えばね、催眠術のようなもの。

自分の姿を本来と違うように見せられているのよ」


電話越しの美歌の声は、まるで遠い場所からひなの心の奥を覗き込むようで、

その口調には一切の迷いがなかった。

まるで、すでにすべての出来事を見てきたかのように、

確信に満ちた“知っている人”の声だった。


「そ、そんな……催眠術って……テレビとかの、ああいうやつですか?」

ひなは混乱しながら問い返した。

頭の中では“非現実的”という言葉が何度も浮かんでは消えた。

だけど、あのシュウの異様な姿を思い出すと――

もう、普通の病気や疲れでは説明がつかない。

何か、もっと違う“見えない力”が働いているとしか思えなかった。


美歌はひなの動揺を見透かすように、

少しだけ優しい息を混ぜながら言葉を続けた。


「落ち着いて、ひなちゃん。怖がらなくていいの。

いい? 今、あなたができることは一つだけ。

その“見えている現実”を、彼に見せること。

彼の目は、今は真実を見ようとしても“見せてもらえていない”状態なの。

だから――写真を撮って、見せてあげて。

そうすれば、きっと何かが変わるから」


その声は、優しいのに、絶対的な力を帯びていた。

まるで、美歌の言葉そのものが“指令”のように、

ひなの胸の奥に染み込んでくる。


「……写真を、撮って……」

ひなは小さくつぶやいた。

手がわずかに震えている。

胸の鼓動が速くなっていく。

でも、なぜかその中に――ほんの少しだけ、

“この人なら本当に何とかしてくれる”という不思議な安心感もあった。


美歌は最後に、穏やかな声で言った。


「ひなちゃん、大丈夫。

私はもう、全部わかっているから。

あなたはただ、彼のそばにいて、真実を見せてあげるだけでいいの。

後は私がなんとかするからね」


その言葉は、夜の闇の中に一筋の光が差し込むようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ