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75 命令だ…


「俺、全然健康なんですけど」

シュウは、いつものように軽く笑ってそう言った。

けれど、その笑顔はどこか空々しくて、頬の下にできた影がやけに濃く見えた。


ひなは思わず口を押さえた。

「そんなはずない……」

喉の奥で小さく声が漏れる。


「バカ、今にも倒れそうな顔してて何言ってるんだ」

店長が少し語気を強めて言った。

普段は穏やかな店長が、声を荒げるのは珍しい。

それだけ、今のシュウの様子が“普通じゃない”ということだった。


ひなも、思わず頷く。

「ほんとに……顔、真っ青だよ。全然元気そうに見えない」


しかしシュウは、まるで何かを信じ込んでいるように首を横に振る。

「いや、本当に平気ですって。ほら、ちゃんと動けるし」

そう言って腕を軽く上げて見せるが、その仕草さえどこかぎこちない。

まるで、自分の体の感覚が少し遅れてついてきているような不自然さがあった。


店長は深く息をついた。

「……とりあえず、病院行ってきな」

低い声には、優しさよりも“命令”の響きが混じっていた。


「え?」と目を丸くするシュウに、店長は眉をひそめたまま続ける。

「命令な。今なら午前の診察に間に合う。早く行け。いいな?」


「で、でも、別に俺……」

弱々しい反論が口をつく。

だがそれ以上に言葉を重ねる前に、店長がピシャリと遮った。


「いいから、早く行け! いいな!」

その声には、怒鳴り声というよりも“怖さ”があった。

何か、言葉にできない不安を押し殺すような強さがあった。


ひなもすぐにその気配を感じ取る。

「そうだよ、シュウ……お願いだから行って。ね?」

言葉の端が震える。

心配で、涙が出そうだった。


「はい……わかりました」

シュウは、観念したようにため息をつき、視線を落とした。

その瞬間、彼の肩が小さく震えたのを、ひなは見逃さなかった。

まるで、寒さでも感じたかのように。


そして、ゆっくりとバックヤードの扉に手をかけた。

「じゃあ、行ってきます」


その背中を見送りながら、ひなの心はざわざわと落ち着かない。

外から差し込む光の中へ歩いていくシュウの姿が、

まるで“透けていく”ように見えたのだ。


店長は小さく息を吐いて腕を組んだ。

「……あれは、やっぱりおかしいな」


ひなは頷きながらも、目が離せなかった。

扉の向こうへ消えていく彼の姿を追い続けながら、

心の奥で、何か取り返しのつかないことが始まっているような気がしていた。

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