74 何か違う……
「えぇ……シュウ、ちゃんと見えてる?」
ひなは、もう声が震えていた。
まっすぐ立っているのに、シュウの体はどこか“透けて”見えるような気がしてならなかった。
シュウはいつもと変わらぬ笑みで肩をすくめ、
「あぁ、よく見えてるよ。目だけは自信あるから」
と軽く笑ってみせる。
──その言葉に、ひなの胸がぎゅっと締めつけられた。
“見えてる”と言うけど、彼が見ている世界と自分が見ているそれは、きっと違う。
目の前の彼の頬はこけ、唇は乾ききっている。
けれど本人は、自分が健康そのものだと思い込んでいるような目をしていた。
「……待ってて」
ひなは思わず声を出していた。
心臓が早鐘のように鳴り、足が勝手に動いた。
「店長、ちょっといいですか?」
声が少し上ずる。
カウンターの向こうでレジを打っていた店長が顔を上げ、
「どうした? そんな真剣な顔して」
と不思議そうに眉を寄せる。
「シュウくん……なんか、変なんです」
言葉を選ぶ余裕もなく、ひなはそのまま訴えた。
店長は一瞬きょとんとしたが、すぐに真顔になった。
「変って……具合が悪いのか?」
「いえ、そうじゃなくて……なんていうか、顔色もすごく悪くて……昨日より痩せてて……」
自分でもうまく説明できないのがもどかしくて、ひなの声は小さく震えた。
店長は眉をひそめ、バックヤードへと向かった。
「ちょっと見てくる」
ひなはその後ろを追う。
扉を開けると、シュウはいつものようにバックヤードの隅で箱を整理していた。
「シュウくん、どうした? 具合悪いのか?」
店長の低い声に、ひなの心臓がドクンと鳴った。
だがシュウは、ゆっくりと顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「え? 俺、全然平気ですけど?」
その言葉に、店長の表情が一瞬止まる。
「なんだその顔……」と、思わず口をついて出る。
間近で見るシュウは、まるで別人のように痩せ細っていた。
頬骨が浮き出し、首筋には不自然なくぼみができている。
それでも彼は笑顔を崩さない。
まるで、自分がどう見えているのかを理解していないかのように。
「無理しなくてもいいぞ、シュウ。具合悪いなら早退してもいいから」
店長が優しく言うと、シュウはきょとんとした顔をした。
「いや、ほんとに大丈夫ですって。むしろ体軽いですよ」
その言葉を聞いた瞬間、ひなの喉の奥がきゅっと締まった。
軽いなんて嘘だ。
今にも倒れそうなほどの顔をしているのに。
──どうして気づかないの?
──どうして、そんなに笑っていられるの?
ひなは口を開きかけたが、言葉が出なかった。
何を言っても、今のシュウには届かない気がして。
店長も、ひなも、同じ不安を胸に抱えたまま視線を交わす。
バックヤードの空気はいつもより重く、沈黙が不気味なほど長く続いた。
そして、その沈黙の中で、ひなは確信した。
──やっぱり、何かがおかしい。
彼の“目”に映っている世界は、私たちのそれとは違う。




