70 帰り道
店を出ると、夜の空気がひなの頬をやわらかく撫でた。
ファミレスの灯りが背後で小さくなっていく。
街は静かで、車の音もまばら。
ひなはバッグをぎゅっと抱えながら、少し下を向いて歩き始めた。
(美歌さん……結局、何も言わないままだったなぁ)
思い返すたびに、あの柔らかな笑顔が脳裏に浮かぶ。
“味方だから”——その言葉だけが妙に心に残っていた。
不思議と、それだけで少し安心している自分にも気づく。
(やっぱり、全部わかってるんだろうな……)
まるでひなやシュウの心の中を覗いているかのように、
的確な言葉を投げかけてきた美歌。
普通の人とは違う、何かを感じ取っているような——そんな雰囲気がある。
(やっぱり……霊媒師さん、なのかなぁ)
小さく呟いて、苦笑いする。
そう考えれば全部筋が通る。
けれど、なぜそれを“内緒にしておく”のだろう。
あの言い方には、何か特別な理由があるような気もした。
信号待ちの間、スマホの画面に映る自分の顔を見つめる。
(明日から泊まり込みって言ってたけど……何日くらいになるんだろう)
そうなると、家のことも考えなきゃいけない。
(お母さんになんて言おう……外泊なんて、ちゃんと説明できるかな)
夜風が少し冷たくなり、ひなは首をすくめた。
(別に悪いことをするわけじゃないし……きっと大丈夫、だよね)
自分に言い聞かせるように、そっとつぶやく。
でもその胸の奥には、まだ小さな不安がかすかに残っていた。
(なんだろう、この感じ……)
言葉にできない何かが、心の隅に引っかかっている。
それでも、ひなは歩みを止めなかった。
街灯の光に照らされた道を、一歩、また一歩と進みながら、
“明日はどんな日になるんだろう”と、
小さなため息を夜空に溶かすように吐いた。
家の角を曲がるころには、少しだけ心が落ち着いていた。
きっと大丈夫。
美歌さんが味方だと言ってくれたから——。
そう自分に言い聞かせながら、ひなはゆっくりと家のドアを開けた。




