59 だれ?
通話がつながると、スマホの画面にひなの顔が映し出された。
柔らかな照明に照らされたその笑顔は、昼間よりもどこか落ち着いていて、
見ているだけで胸の奥がほっと温かくなった。
「なんか、テレビ電話も新鮮だね」
俺がそう言って笑うと、ひなも同じように微笑んだ。
「うん、なんかね。シュウの部屋、思ってたよりきれいじゃん」
軽口を交わしながら、
ふたりの会話は自然と今日の出来事や旅行の話に移っていった。
ひなの声を聞いていると、不思議と体のだるさも少しずつ和らいでいく気がした。
「そういえばさ、温泉の近くに美味しいカフェあるらしいよ」
「へぇ〜、それは楽しみだなぁ」
笑いながら話しているうちに、
ふと、ひなの顔の表情が少しだけ変わった。
「……ねぇ、シュウ」
「ん?」
「誰かいる?」
その一言に、俺は一瞬固まった。
「え? いるって、何が?」
「今、後ろでなんか音した。子供の声みたいな……」
言われて思わず後ろを振り返る。
部屋は、いつも通りの静けさ。
カーテンがエアコンの風にゆらゆらと揺れているだけだった。
「いやいや、俺一人だよ」
苦笑いしながらスマホを持ち上げ、
カメラをぐるりと部屋の中へ向ける。
「ほら、誰もいないでしょ?」
画面越しに部屋を映しながら、
俺は冗談っぽく笑ってみせた。
ひなは黙ったまま画面をじっと見ていた。
その表情は、どこか真剣で、少しだけ怯えているようにも見えた。
「……そう、だよね。気のせい、かな」
「だって、いるわけないじゃん」
そう言って笑う俺の声が、なぜか少し上ずっていた。
ひながふっと微笑む。
でもその笑顔の奥に、
まだ消えきらない小さな不安の影があった。
部屋のどこかで、
エアコンの風に吊るされたストラップが、
かすかに揺れる音を立てていた。




