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52 呼ばれた訳


美歌は、再びシュウの顔をじぃっと見つめていた。

その目は、ただ人を見るというより、

その奥の“何か”を確かめるような静かな深さを持っていた。


「シュウくん、真面目な話ね」


そう言われた瞬間、

空気がわずかに変わった。

さっきまでの柔らかい笑みが、そのまま表情に残っているのに――

その声だけが、どこか重たく響いていた。


「……はい」

思わず姿勢を正して返事をしていた。

自分でも理由はわからない。

けれど、彼女の前では軽い冗談さえ言えない空気があった。


美歌は小さくうなずき、

「何か変わったことがあったら、すぐに言ってね。力になってあげるから」

と穏やかに告げた。


その“力になってあげる”という言葉に、なぜか心がざわつく。

慰めのようでもあり、約束のようでもあり、

まるで何かを“知っている”人が口にする言葉のようだった。


「きっとね、シュウくんに呼ばれたのね」


ふっと柔らかく笑ったその瞬間、

彼女の瞳が光を反射して淡く揺れた。

意味がわからない。

“呼ばれた”とはどういうことだ?

そう思いながらも、

なぜか反論する気にはなれなかった。


そのまま少し沈黙が流れたあと、

美歌は手を軽く上げて言った。


「シュウくん、ボールペンある?」


「えっ? あ、はい」

慌てて胸ポケットからペンを取り出す。

手のひらが少し汗ばんでいるのを自分で感じながら、

差し出す手がわずかに震えていた。


美歌は微笑みながらそれを受け取ると、

目の前のコースターをくるりと裏返し、

さらさらと何かを書き始めた。

筆の音が、やけに耳につく。

ほんの数秒だったが、やけに長く感じられた。


やがてペンを置くと、

そのコースターを両手で持ち、

まるで儀式のように静かに差し出した。


「何時でもいいからね。心配事や不思議なことがあったら、すぐに電話しなさい」


その声は優しい――けれど、どこか“命令”にも似た力を持っていた。

思わず「はい」と答えそうになり、

唇を引き結ぶ。


美歌はシュウの目をじっと見て、

「いい? わかった?」

と、今度は少しだけ強い調子で念を押した。


「……わかりました」


ようやくそれだけを絞り出すと、

美歌はふっと表情を緩めて、

再びあの優しい笑顔に戻った。


「それでいいの。じゃあ、またね」


その声は柔らかく、

まるで子どもを安心させる母親のようだった。

だけど、胸の奥に残ったのは安堵ではなく――

小さな不安のかけらだった。


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