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21 【見えない糸】

翌朝を迎えた俺は、いつものようにウインドに集中していた。

海の上に出ると、昨夜の出来事や不思議な話も一瞬だけ頭をよぎるものの、風と波に身を任せていると自然と意識はそちらに引き戻される。

ただ、セイルを握る手の奥底には、どこか言い知れぬざわめきが残っていた。


仲間たちと笑い合い、冗談を飛ばしながら、時間はあっという間に過ぎていった。

練習を終える頃には、みんな汗と潮にまみれ、充実した一日の手応えを感じていた。

本来なら、そのまま片づけを済ませ、東京へと車を走らせる予定だった。


だが──ふと胸の中に昨夜の光景が浮かんだ。

温かな灯りに包まれた店内、あのママさんの笑顔、そして深夜まで語り明かした数々の不思議な話。

「また彼女と一緒においで」と言ってくれた言葉が耳に残り、気づけば足は自然とその店の方角を向いていた。


“少しだけでいい、顔を出していこう。昨日のお礼を言わなきゃ──”


そう心の中でつぶやき、俺は東京へ帰る前にハンドルを切り直し、昨夜の店へと向かうことにした。



店の前に立つと、昨夜とはまるで別の場所のように感じられた。

夜の帳の中で柔らかく灯っていたオレンジ色の光は消え、昼の陽射しが店先を照らしている。

繁華街のざわめきの中で、その小さな扉は、ひっそりと息を潜めているようだった。


俺は少し躊躇しながらも、ドアを開けた。

カラン──と鈴の音が鳴り響き、店内に足を踏み入れる。


昨夜のにぎやかな笑い声や囁くような怪談の余韻がまだ残っている気がしたが、昼間の店は静かで落ち着いた空気に包まれていた。

カウンターの奥に立っていたのは、やはりママさんだった。

昼の光に照らされたその姿は、昨夜よりもどこか柔らかく、母のような安心感を漂わせている。


「あら、シュウくん!」

ママさんは目を丸くして、次の瞬間にはぱっと笑顔を浮かべた。

「ほんとに来てくれたのね。夜中にあんなに遅くまで付き合って、疲れてるんじゃない?それとも何か、忘れ物でもしたの?」


俺は軽く頭を下げながら、「違いますよぉ〜

東京に戻る前に、どうしてもお礼が言いたくて」と伝えた。

するとママさんは、手を止めてカウンター越しにじっと俺を見つめ、ふっと優しく笑った。


「律儀ねぇ。あんた、やっぱり呼ばれてここに来たんだと思うわよ」


その言葉に、昨夜聞いた“呼ばれた”という言葉が頭に蘇る。

一瞬、背筋に冷たいものが走ったが、ママさんの柔らかな笑顔がその不安を包み込むように和らげてくれた。


昼間の店は静かで明るい。

でも、俺の胸の中にはまだ昨夜の影が残っていて、何か見えない糸でこの場所とつながっているような気がしてならなかった。

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