独房からの脱走
今回は短いです。
「…はぁ」
私は溜め息を吐く。
一人の部屋は、余りにも静かだった。
瑠璃川などという少年が立ち去って、そして、たまが何処かへ連れて行かれて、どの位経ったのだろうか。時計もないこの部屋では、分からない。
チャリ、と、手の内で鍵を弄ぶ。
金属製の鍵は、私の体温を吸い取って、温くなっていた。
瑠璃川少年がいなくなって直ぐに、私達の部屋に、二人の軍人が来た。どうやら、私かたま、どちらか一人を連れて来いという命令だったらしい。何故片方だけなのかは知らない。
その際に、たまは私を庇って立ち塞がり、彼らに従う形で出て行ったのだ。
連れて行かれる直前、彼女は一瞬私の方を振り返り、それから、ふい、と顔を正面に向けた。恐らくは「先に行って」という合図だろう。
どうしよう?先に行くか?
先程から、そんな事ばかりを考えている。
「んー…」
仮に、私がこの鍵で扉を開け、先に脱出したとする。
そうしたら、戻ってきたたまはどうなる?
私が部屋に居ない事で、彼女にはどんな責任が降りかかるだろうか?酷い目に遭わされはしないか。
そうでなくとも、鍵を持つ私が居なくなった部屋に、彼女は再び監禁されるだろう。そうなった時、どうやってたまは部屋から抜け出られるというのか。
逆に、私がこの部屋に留まっていたらどうなるだろうか。
たまが戻ってきたとして、今度は私が連れて行かれるかも知れない。その時になって、彼女にこっそりとこの鍵を受け渡す事は出来ないだろう。
今、たまが何処で何をしているのかは分からないが、連れて行かれた先で、身体検査をされないという保証はどこにもない。そこで鍵が見つかってしまう事だって、大いに有り得る。
そうなれば、最早脱出の望みはない。
「…はぁ」
要するに、どちらを選んでもリスキーなのである。
私は呻いて、本日何度目かも分からない自問自答をする。
しかし、実を言えば、既にある程度心は傾いているのだ。
私一人で先に脱出した方がいい。
そう考える理由は二つ。
一つ目は、二人とも脱出の望みが絶たれるよりはマシだから。
二つ目は、単に私が助かりたいから。
まあ、おおよそ利己的な理由だ。
取ってつけたような一つ目の理由も、決して嘘ではないけれど。
それでも、訳も分からぬままに、訳の分からぬ場所に監禁されるという、極度のストレス状況から逃れたいという思いは、否定出来るものではなかった。
今、その実行を妨げているのは、たまへの負い目と、友人を失う事への恐怖、一人でこのパンデミックを生き抜かなければならなくなるという可能性への恐れである。
しかし、私が此処に留まり続ける事が、たまの望みなのか、という疑問もある。
これは恐らく自惚れではないと思うのだが、たまは、私のために戦ってきたのだろう。怪我も厭わず前線に立ち、夜は見張りをし、先程もああやって危険を引き受けてくれた。
そう考えると、私の生存確率を上げる事こそが、彼女の望みなのでは、という気もしてくるのだ。
…なんか、言い訳がましくて嫌だな。
そんな風に思いながらも、結局、私はこの部屋唯一の出入り口である扉へと、近づいていった。
「この扉、内側からも開けるのに鍵が要るんだな」
「…変なの。後から付けたのかな」
そろそろと、手に持った鍵を鍵穴に差し込む。
カチリ。
瑠璃川少年から受け取った鍵は、呆気ない程容易に鍵穴へと嵌り込み、そして回った。
「開いた…」
「これ、本当にちゃんとした鍵だったんだ」
まあ、(恐らくは)危険を冒してまでこの部屋に来たのに、瑠璃川葵が偽物の鍵を置いていく意味も、ないだろうとは思っていたが。
それでも、この建物の空気には余りに似つかわしくない彼が本物の鍵を持っていたという事実は、何処か私には奇妙な事のように思えた。
「行く、か」
恐る恐る扉を開ける。
外には、今のところ誰もいないように見えた。
「たまは、何処に居るんだろう…」
何処かで、見つけられると良いのだが。
私は、最後に二、三度後ろを振り返ると、躊躇いがちに部屋の外へと足を踏み出した。




