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A国から逃げ隊  作者: 瓜
31/35

取引

「やぁ、こんにちは」


 何の前触れもなく監獄の扉が開かれ、そこから、ひょっこりと少年が顔を出す。

 かっちりとした服を着ているが、何処となく軽薄そうな印象を受ける少年だ。


「…どちら様で?」


 私は、咄嗟にたまを後ろにやり、少年の顔を凝視する。

 少年は、真意の読めない表情を浮かべている。


 何者だ?


 あくまで見た目の印象に過ぎないが、彼は軍の関係者や、まして軍人には見えない。

 全体的に線が細く、扉に掛けられた手は白い。「かっちりとした服」も、制服やスーツというよりは、お坊っちゃま風の衣装に思える。

 そんな人間が、何故こんな所に来たんだ?金持ちの道楽か何かか?


 私達がそんな風に訝っていると、少年は困ったように口を開いた。


「そんなに警戒しないでよ。入っていいかな?」

「話があるんだ。多分、君達にとってもそんなに悪い内容じゃないと思うんだけど…」


 私は、たまと顔を見合わせる。


「…どうしよ?」

「うーん…」


「…取り敢えず、入れてみない?」


 たまは小さい声で、私にそう囁いてくる。


「ん……」


 …まあ、確かにそうした方がいいか。

 仮に、彼が軍の関係者だとしたら、私達にはどうしようもないし、違うとしたら、何かしらの協力関係を結べるかも知れない。


「いいよ」


 私は少年に向き直り、一言、そう言う。


「ふふ、ありがと」


 少年は人懐っこい笑みを浮かべ、静かに部屋に入ってくる。

 彼は振り返る事なく、後ろ手でそっと扉を閉めた。


「あんまり時間がないから、手短に話させて貰うよ」


 少年は、急に真面目な顔になって言った。


「突然で悪いけど、君達には、僕の所属する『旅団』という組織に協力して欲しいんだ」

「勿論、見返りは用意するから」


「…はぁ?」


 私は、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


 組織に協力して欲しい?

 組織というのは、まあ、分かる。この状況だし、そういうものが出来上がっていたとしてもおかしくはない。単に私達が知らなかっただけの話だろう。


 だが、一体何故私達に?

 私達でなくとも、もっと役に立ちそうな人間など、幾らでもいるじゃないか。それとも、私達に頼らざるを得ない程、この国は壊滅的な状態に置かれているのか?


 それに、何故こんな場所で?

「時間がない」などの口振りから言って、『此処に駐留している軍隊』と『旅団』は、どうやら別組織のようだが。


 私は、怪訝な表情を隠そうともせず、思った事を全て捲し立てる。

 流石に、此方の命がかかっている状況で友好的な対応をする程、私もお人好しではないのだ。


 私の言葉に続けて、たまも言う。


「貴方、さっき、この部屋の鍵を開けたよね?」

「…どうしてそんな事が出来たのかな?」


「勿論、鍵を盗んだとか、ピッキングしたとか、色々方法はあるのかも知れないけどさ」


「私達からしたら、貴方がそもそも軍の関係者だって可能性が、一番高いよ」


 それを聞いて、少年は満足気に笑う。


「やっぱり、この部屋に来て正解だったよ」

「安心して。別に僕は、魔女裁判のためなんかに来たんじゃないから」


「…この部屋の鍵は、元々持っていたのさ」


 彼は、悪戯っぽく微笑みながら、チャリ、と鈍く光る鍵を掲げた。


「ふーん、そっか…」

「で、貴方は何者なんだ?」


 私は尋ねる。

 何故、彼は此処の鍵を持っているんだ?どうやって、あの鍵を持つに至ったんだ?

 一先ず少年の言葉を信じるにしても、彼が何者で、何の目的あって此処に来たのか、その一端だけでも知っておきたい。


「僕? この建物の、()所有者の息子だよ」


 少年は、何の疚しさもない声音で、そう名乗った。


 私は、彼が天下の大嘘吐きでもない限りは、本当の事を言っているのではないかと思った。

 まあ、都合が良過ぎて、俄かには信じ難いけれど。


「元、ねぇ……」


「今、この建物は知っての通り、B国軍に接収されてるからね」


 この建物の元所有者の息子、か。

 この建物は相当立地も良いし、大きかった。

 そう考えると、彼の親は所謂富裕層なのだろう。だとすれば、彼が上等な服を着ているのも頷ける。


「…ああ。そういえば、まだ名乗っていなかったかな。これは失礼」

「僕は、『瑠璃川るりかわ あおい』っていうんだ」


 私達が黙り込んでいると、少年は、ふと思い出したかのように自己紹介をする。


「瑠璃川葵君、っていうんだ。私は……」


「君は『さき』。そっちの君は『たま』でしょ? 知ってるよ」


 私が名乗ろうとする声を遮って、瑠璃川葵という名前らしい少年は言った。

 その顔には、超越的な色が浮かんでいる。


「…なんで知ってるのかな?」


 たまは、猜疑の滲んだ声で問いかける。

 まあ、名乗ってもいないのに向こうが自分の名前を知っていたら、怪しむのは当然である。


「え、だって君達、互いに名前で呼び合ってたでしょ?」


 瑠璃川少年は、あっけらかんとした声で答える。

 まるで、「なんでそんな当たり前の事を訊くの?」と言わんばかりだ。


「盗聴してたのか」


「盗聴とは人聞きの悪い。ただ、この部屋に、こっそり取り付けた発信機から送られた音声データを、受信していただけの事さ」


「それを盗聴っていうんだよ」


 私は少し大袈裟に溜め息を吐いてみせるが、彼が気にした様子はない。


 まあ、ここでどうのこうの言っても仕方ないな。

 それよりも、瑠璃川葵の要求とやらを聞いてみようじゃないか。


「ま、いいや」

「で、結局、貴方は私達に一体何の用なんだ?」


「ああ、それはね」

「君達に、調査して欲しい情報があるんだ」


「…情報?」


 私は尋ね返す。

 一寸、予想外の頼みだった。


「うん。『ベクトル発生装置』のある場所を調べて欲しい」


 …ベクトル発生装置?何だそれは。

 たまもそう思ったのか、すかさず瑠璃川葵に尋ねている。


「ベクトル発生装置って?」


「一言で言うと、ゾンビを操るために必要な装置さ」

「僕達は、何としてもそれを探し出して、破壊しなくちゃいけないんだ」


「ふぅん……」

「その調査を、私達に頼むんだ?会って間もない私達に?」


 たまは、少し可笑しそうに笑う。

 まるで、「瑠璃川葵は少々短慮なんじゃないか」とでも言いたげに。

 まあ私も、その意見には概ね同意だった。


「会って間もない君達だからこそ、頼むんだよ」


 しかし、瑠璃川葵は、堂々とそう言い切ってみせる。


「そもそも、僕達が『ベクトル発生装置』の在り処を探しているという事は、B国側も察知している筈だ」

「だから、君達が向こうにこの話を漏らしてしまったところで、そんなに不都合な事にはならないのさ」


「それに、この任務は危険なんだ。『旅団』の人間には任せたくない」


「末端工作員なら、万が一捕まって拷問とかされても、吐く情報がないからいいけど、『旅団』中枢の人間だと、捕まった時のリスクが大きいからね」


「私達は、使い捨ての駒って事?」


 たまは、若干不快そうな顔で言う。


「そ」

「でも勘違いしないで欲しいのが、僕は別に、君達を軽んじている訳じゃないって事さ」


「へぇ?」


 彼は、中々面白い事を言うな。

 使い捨ての駒なのに、軽んじている訳ではない、だなんて。


「僕は、君達を買ってこの話を持ち掛けているんだよ」

「この建物に囚われている人間の中では、君達が一番冷静なんだ。他の人達は、混乱したり消耗したりしていて、ちょっと協力して貰えそうにないからね」


「そもそも、『使い捨ての駒』は言い方が良くないよ」

「どちらかと言えば、僕は君達の事を『傭兵』として見ているんだ」


「成る程ね」


「それにね、僕は、君達を結構信用しているんだよ?」


 瑠璃川少年は、戯けた調子で言う。


「なんで?」


 別に此方は、彼に信用されるような事をした覚えがないが。


「だって、そっちの君…たま、さんは、感染者でしょう?」


「……!」

「…さぁ、何の事かなぁ?」


 たまはとぼける。

 それを見て私は、この人は本当に頭が良いんだな、と思う。


「あれー、違った?」


「たま、さんに襲われた直後、さきさんが『狂言か』って安心してたからさ」

「狂言じゃない可能性を見越していたからこその『狂言か』だと思ったんだけど……」


「あと、『見られてたらどうするつもりだったんだ』とか言ってたし」

「『見られたら困る芝居』っておかしいな、って思ったんだよねー」


 あれ、失言だったか。全部私じゃん。

 …まあ確かに、急にゾンビの真似で襲いかかられたら、「狂言か」よりも先に驚くし、「何?」とか「いきなりどうした?」とか訊くよな。たまには、本当に申し訳ない事をしてしまった。


 たまは、観念したように溜め息を吐き、小さな声で認めた。


「…うん、そうだよ。私、ゾンビなんだよ」


 私は、そこで咄嗟に謝る。足を引っ張ってしまって済まなかった、と。


「ごめん」


 たまは、私の謝罪に対し、首を横に振って微笑む。


「さきの気にする事じゃないよ。そもそも、急に狂言を始めたのは私だしね」


「そーそー。そもそも、君達が狂言をしてみせたからこそ、そして、それが『狂言だ』と、はっきり明かされたからこそ──僕は君達に取引を持ち掛けた訳だしね」


 確かに、私があれは狂言だと明かさなかったら──たまが本当にゾンビ化したのだと思われた侭だったら、多分、この部屋は放置されていただろう。

 たかが1、2体のゾンビを解放したところで、直ぐに撃ち殺されて終わりである。それなら、わざわざ扉を開けに行く意味もない。


「ま、結果オーライって事で」

「で、だ。話を戻すけど、君達は、この話に乗る気はあるかい」


 瑠璃川葵はそんな風に問いかけてくるが、彼の瞳の中には、既に交渉成立を確信したような余裕がちらついていた。


「うーん。それは、『見返り』の内容にもよるかな」


 たまは、一瞬私を見遣り、言う。


「そりゃー、当然、破格のものを用意してるよ」


 瑠璃川少年は自信に満ちた笑みを浮かべる。

 それは、中々様になる表情だった。きっと、彼の精神の根底にあるものは、中華的な自信なのだろう。


「僕に協力してくれたら、君達をこの国から逃がしてあげる」


「は…!?」


「勿論、冗談でも何でもないよ。君達、天原港を目指してたんでしょ?」


「何でそれを」


「…それを話してる時間はないよ」

「今──仲間にこの建物の監視カメラをチェックして貰って、看守が近づいてきたら教えてくれるよう頼んでおいたんだけどね──そろそろ、彼がこっちに来るみたいだから」


「どうする?」

「僕はもう行くけど、もし君達が頷いてくれるのなら、此処の鍵を置いていってあげるよ」


 瑠璃川葵は、そう捲し立てる。


 決断の時だ。

 お膳立てされたようで、余りいい気分ではなかったが、ここでやいのやいの言っても仕方ない。

 私は、ちらりとたまに目配せをしてから、意を決して答えた。


「…分かった」


「あは」

「交渉成立だね」


 瑠璃川少年はそう言って笑うと、鍵を差し出してくる。

 私は手を伸ばし、それを受け取った。掌に触れた鍵は、冷たかった。


「それじゃあ」

「君達が無事にこの建物から脱出出来たら、迎えを遣るよ」


 そんな言葉と共に、瑠璃川葵は此方に背を向ける。

「迎えを遣る」というと耳触りが良いが、要するに、「この建物の周りは監視しているから、メリットだけ享受して逃げようとしても無駄だぞ」という事だろう。

 だが、僅かでも脱出の糸口を掴めただけ、マシというものだ。


「それまでに『ベクトル発生装置』の場所について、ある程度の手がかりを掴んでくれてると有り難いけど、無理だったとしても、まあいいや」


 瑠璃川葵はノブに手を掛け、扉を押し開ける。

 外には、まだ人は居ないようだ。


「…じゃあね。また、合流出来る事を祈るよ」


 バタン。

 そうして、目の前で扉が閉まった。

ちょっと本編だけでは分かりづらいので、瑠璃川葵の思考回路の捕捉をば。

箇条書きで失礼。


⑴瑞穂たまは感染者→二人は確実にクチナシシティ外部から来た人間であり、B国に保護もされていない=B国と関係していない=信用出来る

※瑠璃川葵の所属する『旅団』と『B国』は対立関係にあるため


⑵狂言だった→自分達の監視の程度を測れるくらいには冷静である


上記二つの合わせ技です。

⑴だけだと「ゾンビ1、2体解放したところで、あまりメリットはないし…」と考えたでしょうし、⑵だけでも「でも、本当に信用出来るのか?」と踏み止まったかも知れません。

あと、本編では使われませんでしたが、「瑞穂たまは感染者」という事を知っていれば、二人に取引を断られそうになった時に脅せる、という下衆な発想もあったかも知れない。

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